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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その2 檻の中の少女
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第37話 花火

 あれから瑠璃がどうなったのかわからないまま数日が過ぎた。


 今回の件で、瑠璃の両親は逮捕されてしまった。

 そうなると、彼女を面倒見てくれる人もいなくなってしまうわけで……もしかすると、転校するという事になっているのかもしれない。


 瑠璃の事を考えると、こうする事が本当に最善だったのかわかんなくなる。

 虐待に耐えてでも、あの子は転校したくなかったかもしれないのに……。


「よし、席に着け」


 美野先生が教室に入ってきた。

 今日も朝のホームルームが始まる。


「えーっと、お前達に一つ報告がある」


 美野先生は教壇に手を付いて真剣なまなざしで生徒達を見た。


 ああ、やっぱり瑠璃は転校しちゃうんだ……。

 私の中学に入っての初めての友達。

 出会いは最悪だったけど、一緒に遊んだり、学校で過ごしたり、短い間だったけど、私の中に瑠璃との思い出がいっぱい広がってきた。

 あの時、兼久の暴力から私を庇おうとしてくれた瑠璃……思い出しただけでも目頭が熱くなってくる。


「まず、何を見ても驚くな。他のクラスに迷惑になるから、大きな声も上げるなよ。ほら、入れ」


 教室の扉が開いた。

 そこに居たのは、あちこち包帯だらけで……だけど、もう痣を隠す事も無く真っ白な夏服に身を包んだ瑠璃。

 あの長かったスカートも、普通の長さのスカートになっていた。


 そんな彼女を見てざわつく教室内。

 私も思わず「瑠璃!」って声を上げそうになったけど、必死に両手で口をふさいだ。


 教壇の前に立ち、瑠璃は私達を一瞥すると大きく頭を下げた。


「いろいろあって、名前が坂本(さかもと)瑠璃になりました。今日から改めてよろしくお願いします」


 先生が拍手をし、私達も拍手をする。

 鳴り響く拍手の中、瑠璃は照れくさそうに頭を掻いていた。


「あとは、趣味と好きなタイプだな」

「……は?」

「“は”じゃねえよ。お前、入学式の日、自己紹介せずに出て行ったじゃないか」

「そ、それはそうっスけど……今更?」


 あたふたと慌てる瑠璃に、それを見てニヤリと笑う美野先生。


「早く言わんと、項目増やすぞ」

「わ、わかりました! えっと、趣味は……勉強すること……」

「不良の癖に成績いいもんな、お前」

「う……べ、別にいいじゃないっスか! す、好きなタイプは……勇気とガッツがあって優しい人です!」


 顔を真っ赤にして自己紹介を終えた瑠璃に、大きな拍手が巻き起こった。

 器用な男子が、口に指を入れてピーピー鳴らしてる。

 あれ、どうやってやるんだろうね。私には何度やっても上手くできなかった、あれ。


「ほら、静かにしろ。じゃあ、こや……坂本は席に着け。これで今日のホームルームは終わりだ」


 美野先生が出ていき、英語の先生が入ってきた。


 瑠璃が戻ってきて、あの頃と同じ、変わらない日常が再び始まる────。


***


 瑠璃の話によると、あれから兼久は余罪が発覚して有罪が確定し、恵子さんは執行猶予つきの有罪判決が出たらしい。


 彼女の事は亡くなった本当のお父さんの両親、つまり瑠璃の祖父母がみる事になったみたいなんだけど、その祖父母の家は、このS県H市から結構離れた場所にあるみたいで、このままだと彼女の転校は免れなかった。

 そこで手を上げたのが美紀さん。

 瑠璃は今まで通りあの家で、美紀さんと暮らす事になった。


 で、今日は日曜日。

 私と由美は、瑠璃の家のお掃除を手伝いに来ました。


「悪いな二人とも、掃除なんか手伝ってもらっちゃって」

「友達なんだから気にしなくていいよ。そうだ、私達も瑠璃のお父さんとお母さんに手を合わさせてもらってもいい?」

「え? うん、いいけど……こっちの部屋だ」


 瑠璃に案内されて、位牌の置いてある部屋に通してもらった。

 私と由美は、位牌に手を合わせ目を瞑った。


「さて、瑠璃のお父さんとお母さんに挨拶も済んだし、掃除がんばろう!」

「うん!」


 由美は早速頭にほっかむりを付けて、雑巾片手に走って行った。

 私も準備して……と、まずはリビングにある瓶とかゴミから片付けていこうかな。


 そう考えていると、突然背後から誰かにギュッと抱きしめられた。


「うん? 瑠璃……?」

「こんな……こんな小さな体で、あたしをあいつから守ってくれたんだな……」


 解放されて振り返ると、瑠璃が泣いていた。


「ありがとう、玲美……こんなあたしだけど……これからも友達でいてくれる……?」


 そんなの、答えるまでもないじゃないか。

 今度は私が瑠璃をギュッと抱きしめた。


「ずっと友達だよ、瑠璃」

「玲美……あたし……、あたし……」


 私はそのまま、瑠璃が泣きやむまでずっと背中をさすっていた。

 頭を撫でたかったけど、もうちょっと屈んでくれないと背が届かん。


***


 一通り掃除も終わって、私達は瑠璃の家の縁側で休んでいた。


「お掃除お疲れさま」


 美紀さんが麦茶を持ってきてくれた。

 動いた後の冷えた麦茶は美味しいね。


 夕方とはいえ、外は夏の蒸し暑さ。

 庭の木で、セミが大きな声で鳴いている。


「こんなにたくさん掃除したのって久し振り、良い運動にもなったよ」


 由美が、ポニーテールのリボンをほどいて言った。

 私も髪留めはずそっと。

 涼しい風が、私達の髪を揺らして行く。


「ねえ、坂本さん」

「なんだ?」

「わたしも玲美みたいに、あなたの事を瑠璃って呼んでいい?」

「そんなのはもちろん、全然OKだよ。あたしもあんたの事、由美って呼んでいいか?」

「もちろん!」


 由美と瑠璃は笑っていた。

 私もそんな二人に釣られて笑う。

 美紀さんも笑っていた。


「おーい、瑠璃! そこに居るのか!?」


 塀の向こうから聞こえる声。

 この声は、村瀬先輩だ。


「花火買ってきたぜ! 夏と言ったらやっぱこれだろ!」


 村瀬先輩が花火をやるというので、私達は河川敷に向かう事になった。

 私と由美は一度家に戻り、お母さんに花火をしに行くことを報告。

 ついでに悠太郎達にも電話して呼んじゃおうか。


***


 河川敷で繰り広げられる、プチ花火大会。

 近所迷惑にならないように、あまり音の大きなものやロケット花火は含まれていないらしい。

 この人達、本当に不良なんだろうか。


「夏っぽい恰好した瑠璃を見るのは初めてだねぇ」

「樫本さん、お久しぶりです。スカートありがとうございました」


 この人は、この不良グループのOBみたいなものなんだって。

 瑠璃の長いスカートは、この人からのお下がりだったんだね。

 一応、今回は保護者的役割で来てくれたみたい。


「もう着ないんだったら捨てちゃっていいんだよ」

「とんでもない! あれはあたしの家宝です! あれが無かったら、あたし……」

「まあ、良いダチに巡り会えたみたいだし、これからもがんばんな!」


 樫本さんは私達を見てニッと笑いながらウインクをした。

 クルンクルンのパーマで、ちょっと強面の人だと思ってたけど、結構いい人そうだ。


「なんで狂犬まで居るんだよ……」

「別にいいじゃないっスか。玲美に呼ばれたんスよ。あと、狂犬っていうのやめてください」


 謙輔は、両手に持った花火をクルクルと回していた。

 村瀬先輩も対抗するように、両手に花火を持っている。

 二人とも、あんな事してたら火傷するよ。


「悠太郎は線香花火が好きなんだね。ちょっと意外だわ」

「どれだけ長く落とさずにいられるか、よく弟とも勝負してたんだ。そうだ、玲美、これで勝負しないか?」

「ほんと、悠太郎って勝負事好きだよね……別にいいけどさ」


 火を着けて、勝負開始。

 線香花火を長くもたせるのって、結構難しいんだよね。

 揺らしたら駄目だし、かと言って、じっとしてても落ちそうな気がする。

 そうこう言ってるうちに、既に落ちそうな線香花火の玉。

 悠太郎の方は、大きめながらも既にパチパチとメインのところに差し掛かったっぽい。


「玲美、何やってんだ?」

「うわ!」


 突然瑠璃に声を掛けられてビクッとした瞬間、私の線香花火の玉は落ちてしまった。

 そんな私を見て不敵な笑みを浮かべる悠太郎。

 こいつ……、本当に私の彼氏なんだろうか。


「楽しいな、玲美」

「そうだね。こうやってみんなで集まって遊ぶのは楽しいよ」


 私服でも、相変わらずあちこち包帯だらけの瑠璃。

 痛々しいその姿とは裏腹に、彼女は本当に心から楽しんでいるようだった。


 由美と順は、二人で花火を楽しんでるみたい。

 あっちは勝負なんてせずに、本当にカップルで楽しんでますって感じがする。

 悠太郎ってイケメンだけど、こういうところは子供(ガキ)なんだよね。

 ま、私達はまだ子供だから、いいんだけど。


「そういえばさ」

「ん?」

「もうすぐ、期末テストだよな」

「んげ!?」


 せっかく楽しい気分だったのに、急に現実に戻されるその言葉。

 また社会と理科に、私は苦しめられるのか。


 理科なんて、最近よくわからん記号を使い出したし、いよいよ人類に考えられる範疇を越えてきたと思う。


「なんちゅう声を出してんだ……。まあ、わかんないとこあったら、あたしが教えてやるよ」

「不良のくせに……! 不良のくせにぃいい!」


 暑い夏の日、虫達の声が響く夜。

 こうしてみんなで楽しんだ花火を、きっと私は大人になっても忘れないだろう。

お読みいただいて、ありがとうございます。


『檻の中の少女』はこれでおしまいです。

次は、閑話を挟んでから新章に入ります。

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