第34話 できる事と、できない事
大島先生に案内されたのは、職員室では無く、教室より少し狭い部屋だった。
「普段は来客対応で使ってるんだが、こんな時間に来る来客も居ないからな。まあ、座れ」
ふかふかのソファー。
校内にも、にこんな部屋あったんだ。
「あら、日高さんじゃない?」
「中山先生、お久しぶりです」
大島先生と共に『いじめの相談窓口』を担当している中山先生。
中山先生は、私にお茶を出してくれた。
小学校でこうしてお茶を飲むのって、なんだか変な感じ。
「じゃあ、大島先生、私は生徒達のところへ行ってきます」
「すみませんね。私も後から行きますので」
中山先生は、私に手を振ってから部屋を出て行った。
「さて……と。虐待についてだったか。まさかお前、虐待に遭ってるのか?」
「私じゃないです。私の友達なんです……。どこから話したらいいんだろう……」
「何でもいい。話したい事から話せ。卒業しても、お前は俺の生徒だ。最後までちゃんと聞いてやる」
「先生……」
中山先生の出してくれたお茶を飲んで一息つく。
瑠璃が虐待を受けてるってわかってから余計に、私の頭と体が別々に行動しているような、そんな変な感覚に陥っている感じがする。
助けたい、とにかく私は瑠璃を助けたい。
でも、すぐに助けられないもどかしさ。
頭の中では凄く焦っているんだけど、行動がそれに伴わないもどかしさ。
「私の……、中学校に入って最初にできた友達が……両親の虐待で苦しんでいて……、でも、その両親っていうのは本当の両親じゃ無くて……」
「うん」
「その子、突然倒れたんです。体育の授業で熱中症で……その時、全身に痣を見て……」
「うん」
「私……、最初はその子、苛めに遭ってるんじゃないかって思ったんです。でも、そうじゃなかったみたいで……」
「そうか」
「今日、その子のお姉さんに会ってきたんです。そこで全部話を聞きました。お姉さんも本当のお姉さんじゃ無くて……それで……」
私は、物事の順序を全く考えずに、大島先生に話したい事から先に話して行った。
先生は、それをただ相槌を打ちながら聞いていてくれた。
ただそれだけなのに、先生が私の目を見てただ相槌を打って聞いてくれる事が、今の私にとってはもの凄く心を落ち着かせた。
そして、私はお姉さんがされたということ以外の事実を先生に伝えた。
「……まあ、色々とショックだったんだな。全く……、とんでもない家庭があったもんだ」
「私はその子を……、瑠璃を助けたいんです……。でも、何もしてあげられなくて……」
コップを持つ手が震えていた。
私がしてる事って何なんだろうって、急に思えてきた。
他所の家庭の事情に首を突っ込んで、私みたいな子供に何かできるわけがない。
だからこそ、こうして大人を頼る事が大事だと思ったのに、私が今している行動って、私が自己満足の為にしているだけなんじゃないのかって考えが急に沸いてきて、そんな自己満足の行動に友達も巻き込んで、逆に迷惑を広げているだけなんじゃないのだろうか……。
「私……何やってんだろ……。ねえ、先生……」
「お前は、昔から考えるよりも先に行動してしまうタイプだな」
たぶん、前世の私の性格とかが今の私にも影響してるんだと思う。
あの人も、以前見た記憶の中だとそんな感じだったから……。
「……けどな、そんなお前に救われた奴らだっている事を、先生は知ってるぞ」
そう言って、先生は手の平を私の頭の上に置いた。
大人の手ってやっぱり大きい。
「お前の根底にあるのは、とにかく助けたいって気持ちだ。それは悪い事じゃない。ただ、今回は、それだけではどうしようもない事だったというだけだ。そういう事は、これからお前が大きくなって行く過程でいくらでも出てくる」
「先生……」
「お前はどうしたい? その瑠璃って子を助けたいんだろ? 助けるっていうのは、何も悪い奴らをやっつける事だけじゃ無い」
「え……?」
先生は「ちょっと待ってろ」と言って部屋を出て行った。
取り残された私は、とりあえずお茶を飲んで心を落ち着かせる事にした。
しばらくして大島先生は、なにやら箱を持って部屋に戻ってきた。
「校長室からくすねてきた」
大島先生が小脇に抱えていたのはクッキーの箱だった。
ついでに、お茶のお代わりも持ってきてくれた。
「あとで校長先生に怒られますよ」
「黙っていればばれんよ」
そう言って、バリバリとクッキーを食べ始める大島先生。
私もナッツが付いたクッキーをいただいた。
「さて、話の続きだ。お前の話によると、そのお姉さんが今日、児童相談所に電話したんだろ?」
「はい」
「今できる中ではそれが最善だ。上手く行けば、それで虐待の件は終わる。児童相談所の連中も忙しいから、そうすぐに解決するかどうかわからないけどな」
「そんな……すぐにでも終わらせないと、きっと瑠璃は今でも苦しんでます!」
「お前の気持ちはわかる。だが、虐待なんてのはお前が知らないだけで、その地域で何件も起こってるんだ」
その言葉を聞いて、私は愕然としてしまった。
そうだ……私は、自分が見たものが全てだと考えてしまうところがあるけど、瑠璃だけが特別ってわけが無いじゃない。
他にも苦しんでる人達はいっぱいいるんだ。当たり前の事だ。
でも……、今の私にとっては瑠璃の虐待の件が全てだった。
「どんな形であれ、いずれ虐待は終わる。それはすぐかもしれないし、もっと先かもしれない」
先生は、まっすぐに私を見つめて言った。
「だが、虐待と言うのは、それが片付いて終わりかと言ったらそうじゃない」
「……どういうことですか?」
「虐待は連鎖する。例えば、虐待を受けて育った子が母親になったとしよう。すると、かなりの確率で、その子は自分の子を虐待するようになる」
「え……!?」
「なぜそうなるかわかるか? 虐待を受けるのは主に多感な子供の時期だ。そうやって育てられた子供はな、親の愛情を知らないし、自分がされた育てられ方しか知らずに育つ。だから、自分の子供もそうやって自分がされたように育ててしまう……悲しい連鎖だな」
先生の話を聞いて、私はなんだかゾッとするものがあった。
瑠璃は……虐待から解放されたとしても、その鎖はずっと彼女を縛り続ける事になる。
「これは、あくまでもそうなる確率が高いというだけの話だ。じゃあ、話を元に戻すか。先生は、お前に悪い奴らをやっつける事だけが、助けるという事じゃないと言ったな?」
「はい」
「虐待から救われた後、その友達の心を癒やしてやる事……それも、充分に助けるという事になるんじゃないのか?」
────大島先生のその言葉に、私の前に一つの光が現れたような感じがした。
そうだ、私にもしてあげられる事はある。それは、瑠璃の心のケアをしてやる事だ。
「先生……私……、がんばります!」
「おう、頑張れ!」
私は大島先生に心から礼をした。
「日高……、大人になっても、今のその心を大事にしろよ」
「はい!」
先生は、「俺みたいな駄目な大人になるなよ」と苦笑していたけど、そんな事は無いと思う。
たしかに最初は頼りない先生だと思っていたけど、今は、子供達をいじめから守る為に必死に動いている。
この先生の凄いところは、子供のどんな話でも聞いて、どうすればいいかを示してくれる事だ。
いじめをしている子供を叱って終わりでは無い。
私は、この先生の教え子で本当に良かった。
この時、心からそう思った。
***
家に帰ってきた私は、自分の部屋でずっとあの箱を眺めていた。
先生が持ってきたクッキーの箱を見て思い出したってわけじゃないけど、前世の彼が私に託したメモや両親の似顔絵が入っていた、あの洋菓子の箱だ。
辛い時、なぜかこの箱を見ていると、不思議と勇気が沸いてくる。
私はきっと、瑠璃を悲しみの連鎖から救って見せる。
心に傷を負った瑠璃を助けるには、色々な困難が待ち受けているかもしれない。
それを乗り越えていくには、どんな結果になっても絶対に助けるという勇気が必要だ。
瑠璃は知り合ってまだ数ヵ月だけど、私にとってはもう大事な友達なんだ。
だから、私は、大事な友達を助ける為に、もう一度この箱に祈る。
私に、勇気をくださいと────。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




