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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その2 檻の中の少女
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第33話 瑠璃の過去

 約束の水曜日。


 私は近所のおもちゃ屋さんで、美紀さんが来るのを待っていた。

 前日電話して待ち合わせ場所を決める時、どこで待ち合わせるかという話になった時とっさに出たのがここだった。


「あれ? 玲美、こんなところで何してんだ?」


 誰かと思って振り向いたら、謙輔だった。

 謙輔こそ、おもちゃ屋さんに何の用事何だろう?


「予約してあったゲームが届いたって電話あったからさ」

「何のゲーム買ったの?」

「アーマーレンジャーの最新作だ。合体技とかも増えたらしいぞ」


 買ったばかりのゲームが入った袋を持って、謙輔は上機嫌。

 アーマーレンジャーって、テレビでやってる戦隊ものだよね。

 たしか、色がブラック、ホワイト、グリーン、ピンク、バイオレットという今までにない色の配色が話題を呼んだんだっけ。


「悠太郎を待ってるのか?」

「今日は違うよ。校外学習の時、私達の班に瑠璃っていう子いたでしょ? 今待ってるのは、その子のお姉さんだよ」

「瑠璃? ああ、あの不良っぽい女か」


 お前が言うな。


「お前……まさか、また面倒事に首突っ込んでるんじゃないだろうな」

「そ、そんな事無いよ」

「……ま、いいか。何か困った事があったら俺に言えよ。俺は、お前の頼れる友達なんだからな」


 そう言って、私の肩を叩く謙輔。

 そういえば、こうして謙輔と二人でおしゃべりするのは久し振りだね。

 あの一件以来、なんだか気まずくて、二人きりで話したりすることは無かった気がする。

 何か困った事あったらか……。あるんだけど、謙輔に話して解決する事じゃないし、無駄に心配掛けるわけにもいかないよね。


 謙輔と別れてしばらくして、美紀さんがやってきた。


「ごめんなさい、待たせちゃった?」

「大丈夫ですよ。美紀さんこそ、せっかくのお休みの日にごめんなさい」

「いえいえ。何か飲む?」


 美紀さんは自販機で私にレモンティーを買ってくれた。


「じゃあ、行きましょうか」


 私は美紀さんに連れられ、彼女の住む家へ向かった。


***


「ごめんなさいね、ちょっと散らかってるけど」


 美紀さんの住むアパートは、キッチンと部屋が一つだけの簡素な部屋だった。

 最低限の生活ができる部屋って感じ。

 うん……、たしかにちょっと散らかってるかも。


「その辺に座ってて」


 美紀さんは何やらごそごそと探しているみたいだった。

 何を探してるのかな?

 とりあえず、空いている場所に座る。


「あったあった。これ、瑠璃の小さい頃の写真が入ったアルバムなの。あの家に置いておくと捨てられかねないから、ここに保管してあるのよ」

「見てもいいですか?」

「もちろん」


 ページを開くと、そこには幼稚園くらいの頃の瑠璃が写っていた。

 そして、小学校入学。隣に居るのは美紀さんかな?

 瑠璃の母親も、この頃は健康そうで優しそうな笑顔を見せている。


 見ていて気になった事がある。

 それは、幼い瑠璃を抱き上げている男性の写真。

 この前見た瑠璃の父親とは違う、もっと優しそうな顔をした男性だ。

 ここから数年が経って、あんな醜悪な顔になるとは思えない……。


「美紀さん、この写真の人は?」

「その人は、坂本清太(さかもとせいた)さん。瑠璃の本当の父親(・・・・・・・・)よ……」


 ────本当の父親?

 “瑠璃の”ってどういう事?

 瑠璃の父親なら、美紀さんにとっても父親なんじゃないの?


「ちょっと複雑なんだけどね……。私は清太さんの娘じゃなくて、母・恵子の連れ子。瑠璃の本当のお母さんは、あの子が物心つく前に亡くなってしまっていて、それで清太さんは私の母と再婚したの」

「じゃあ、美紀さんは瑠璃の本当のお姉さんじゃないの?」

「私としては本当の姉のつもりでいるけどね……、血は繋がっていないわ」

「そっか……」


 ちょっとどころじゃない、ここまででも相当複雑だ。

 私の頭、付いていけるだろうか。


「最初の頃は、母も優しくて私達は幸せな家族だったわ……清太さんが事故で亡くなるまではね……」


 美紀さんは、そう言ってギュッと目を瞑った。


「私が中学三年生の頃……、瑠璃にとっては小学五年生の頃ね、母があの男と再婚したの」

「あの男って、この前の……」

「そう……、小柳兼久。私達にとって悪夢の始まりで、全ての元凶の男……」


 ちょっと待って。頭の中を整理してみる。

 つまり、瑠璃のお父さんとお母さんはどちらも本当の両親じゃ無くて、美紀さんも本当のお姉さんじゃないって事か。

 それって……あの家には、それぞれ他人同士しか居ないって事に……。

 かなり異常な状態なんじゃないだろうか……。


「あの男が来てから、私達に対する虐待が始まったの。母も変わってしまった。あの男と一緒に私達を虐待するようになった……。でも幼い瑠璃にそんな酷い事はさせないって、私はずっとあの子を庇って耐えてきた。あの子は私にとって本当の妹……ずっとあの子を虐待から庇い続けるつもりだった……。だけど……」

「美紀さん……、大丈夫ですか?」


 美紀さんは震える体を両手で抱き締めていた。

 私はどうしたらいいのかわからなくて、ただ美紀さんの背中をさすっていた。


「……ありがとう、ごめんね。……女同士だから言うけど、兼久による虐待は暴力だけじゃなくなっていったの……。あいつは、そのうちに私の体を求めるようになってきた……。逆らうと殴られた。でも、瑠璃には絶対に手を出させないと我慢してきた……。でも……、怖くて……私は……」


 私も一応性教育は受けてきたから、美紀さんがされてきた事がどんなに怖い事かわかる。

 まして、相手はあの男だ。きっと、美紀さんは心も体もボロボロだったんだ……。


「私は我が身可愛さに、中学を卒業すると同時に瑠璃を残してあの家を逃げ出してしまった……。残された瑠璃が、どんな酷い目にあうのかも考えずに……、姉として失格だわ……」


 悠太郎に聞かれた時も自分の事を弱虫って言ってたけど、そんなの誰だって逃げたくなるよ。

 それでも美紀さんは耐えた方だと思う。

 卒業するまで辛かったはずなのに、それまでずっと……。


「……まさか、瑠璃も美紀さんのような虐待を!?」

「それは、たぶん大丈夫だと思う。校外学習だったかしら? あの時、瑠璃にお弁当を持たせた時に聞いたの。そういうのは無いって言ってたわ」

「あの時のお弁当は、美紀さんが作ってあげたお弁当だったんですね」

「あの子、急いでいたみたいだったけど、私も心配だったから呼び止めちゃって、悪い事しちゃったわ。あなた達との校外学習、よっぽど楽しみにしてたのね。遅れちゃうって急いでたから」


 とりあえず、性的な虐待は無いみたいで良かった。

 それにしても、あの兼久という男……なんて酷い奴なんだ。

 私が男だったら、絶対にあんな奴ぶん殴ってた。今だけ前世の性別に戻ってくれないかな……。


「あの家は、元々は清太さんと瑠璃の家なの。今ではあの家が、瑠璃にとって唯一の本当の家族みたいなものね……」


 美紀さんはそう言うと、自嘲気味に笑った。


「瑠璃は強いです……。私だったら、きっととっくに心が折れちゃってます。でも、瑠璃ももう、そんなにもたないのかも知れない……」

「どういう事?」

「最近続けて学校を休んでるんです。虐待があるのに、体調が悪いからってそんな家で休んでいたら……それに、風邪で休んでるって聞いたけど、そんなの私には信じられない。何かあったんじゃないかって……」


 それを聞いた美紀さんの顔は、青ざめていた。


「私も……、覚悟を決めなくてはいけないみたいね……」


 バッグから携帯を取り出し、美紀さんが電話を掛けたのは児童相談所。


 美紀さんにとっては、あの男の事だけではなく、自分の母親の事も言わなくてはならなくなる。

 覚悟と言うのは、肉親を告発する事……。


 私は美紀さんの電話を、黙って聞いていた。


***


 帰り道。

 私にも、何かやれる事は無いかとずっと考えていた。


 気が付くと、なんとなく足が小学校の方に向いていたみたいで、校庭をふと懐かしく眺めていた。

 私達にとって、辛い事もあったけど楽しい事もあった小学校。

 卒業する時は、泣いたりもしたけど、最後にはみんな笑顔だった。


 小学生時代からずっと、複雑な家の環境の中で育って来た瑠璃。

 彼女は、一体どんな気持ちで小学校を卒業したのだろう……。


「なんだ? 何か忘れ物でもあったのか?」


 校門の前に居る私に、懐かしい声が聞こえてきた。


大島(おおしま)先生!?」

「ん? お前、日高じゃないか」

「お久しぶりです」

「おう、元気だったか?」


 大島先生は、私の小学生の頃の担任の先生。

 最初は頼りない先生だと思っていたけど、恵利佳の一件以来いじめ相談窓口を開き、日々生徒達の相談を聞く立派な先生になっていた。


 もしかして、大島先生なら虐待の事も────。


「先生、相談したい事があるんですけど……」

「どうした……中学校で苛めにでもあったか?」

「私の事じゃ無くて、友達の事で……苛めじゃなくて、虐待についてです」

「……わかった。ここじゃなんだから、校内で話を聞こう」


 もう、私達子供だけでは瑠璃を救う事は出来ない。

 今の私にできる事は、もっと大人達に頼る事だ。


 卒業してから数ヵ月しか経っていない校舎を懐かしみながら、私は大島先生の後に続いた。

お読みいただいて、ありがとうございました。

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