第32話 決戦は日曜日(2)
お昼も過ぎて、私達はハンバーガーショップに来ていた。
「明らかに皆さん、あの家と関わりたくない感じですね」
順の言う通り、近所の人達はどこかよそよそしい感じだった。
そもそも話を聞いてくれる人自体が少なくて、もし聞いてくれたとしても、小柳の名前を出した途端に露骨に嫌な顔をされる。
そうして結局大した話も聞けずに、時間だけが無駄に過ぎて行く。
「どうしようね……」
ポテトを一つ摘まんで、何かいい方法が無いか考える。
ここから夕方まで、もう一度近所の人達に聞き込みをしてみる?
でも、周辺の家の人は大体聞き終わっちゃったし、これ以上はあまり意味が無さそうだ。
本当は、瑠璃から直接話が聞けたらいいんだけど……。
結局この後、少し聞きこみをした後、私達は解散する事にした。
順はもう一度虐待について調べてみると言い、由美もそのお手伝いをするらしい。
私も私なりに、できる事を探さなくちゃ。
河川敷に行って、村瀬先輩に相談してみてもいいかも知れない。
あの人、なんだかんだ言って先輩だし、瑠璃との付き合いは私達より長いもんね。
***
家に帰り夕方過ぎ、チャイムの音が響いて玄関を開けると、そこには悠太郎がいた。
「あれ? 悠太郎、なんで?」
「もしかして帰ってきてるかと思ってさ、一応寄ってみたんだ。小柳の家には行ってみたのか?」
「ああ、うん……その事なんだけど……」
話が長くなりそうだったので、私は悠太郎を部屋に入れる事にした。
とりあえず、今日あった事を悠太郎にも話す。
「結局、虐待があるとは思うけど、その証拠は掴めなかったって事か」
「そうなんだよね……」
「それにしても、由美が止めてくれてよかったな」
「すんませんした……」
今回の事は、学校で起こってる事ならまだしも、家庭内で起こってる事だ。
私達にできる事なんて、あまり無いのはわかってたけど……、それでも私は友達の為に何か行動を起こしたい。
私のしている事は、大きなお世話かもしれないし、ただのエゴかもしれないけど……。
「もう一度、俺と見に行ってみるか?」
「え?」
「もともと、俺と夕方頃見に行くつもりだったろ?」
「そうだけど……」
考えていても仕方ないか。
悠太郎もこう言ってくれているし、悩んでいるなら行動してしまおう。
「じゃあ、行こっか」
「おう」
もう一度、今度は悠太郎と瑠璃の家に向かう。
何も変わらないかもしれないけど、行動する事で何か変わる事もあるかもしれない。
***
再び瑠璃の家の前。
「虐待があれば、何か大きな物音聞こえてくるはずなんだがな……」
「そうだね……」
見た感じ、電気は点いているみたいなんだけど、これといった動きも無い。
「ごめんね悠太郎……部活が終わった後で疲れてるでしょ?」
「そんな事気にするなよ。俺はお前が納得するまで付き合ってやるからさ」
悠太郎はそう言って、私の頭を撫でた。
おない歳なのに、まるで子供扱いされているみたいだ。
しばらく待っていると、遠くから女性が歩いてくるのが見えた。
ただの通行人だろうと思っていたら、その女性は瑠璃の家の前で立ち止まった。
そして、私達と同じように瑠璃の家を見ているようだった。
「もしかして、小柳の関係者か?」
「ちょっと聞いてみようか」
私達はその女性に近付いた。
女性も私達に気付いて、ちょっと驚いたような顔をしている。
「あの、私達、小柳瑠璃さんのクラスメイトなんです。私は日高玲美って言います」
「僕は伊藤悠太郎です」
「あなた達、瑠璃の……? そう……、私は瑠璃の姉です。美紀って言います。妹がいつもお世話になっています」
その大人しそうな感じの女性は、瑠璃のお姉さんだった。
瑠璃とは正反対で丁寧な感じの女性。
瑠璃に、こんなお姉さんがいたなんて知らなかった。
「あの……ちょっと聞きたいんですけど、私、瑠璃さんの体にたくさんの痣を見ちゃったんです」
「たくさんの……痣……?」
「学校も休んでるし、もしかして虐待に遭ってるのかと思って心配で……」
「そう……。やっぱり瑠璃も……」
お姉さんは何か考え込んでいるようだった。
「……実は、私もその事が心配でここに来たの。あなた達の言う通り、妹は虐待に遭っている。なぜなら、私もここに居た時は虐待に遭っていたのだから……」
お姉さんのその証言で、思いがけず虐待の確証が得られた。
そして、お姉さんもかつて虐待に遭っていたという。
もっと詳しく話を聞こうと思ったその時、背後に足音が聞こえた。
お姉さんは私達の後ろを見て、顔を青ざめている。
「誰かと思ったら、美紀じゃねえか」
背後から低く響くドスの利いたような声。
振り向くと、そこにはいかにもガラの悪い感じの男の人が立っていた。
悠太郎が私達を庇うように前に出る。
「お……お父……さん……」
お姉さんは、怯えたようにそう言った。
お父さん……つまり、この人が瑠璃の父親……?
「おう、元気にしてるか?」
「お父……さんは……、相変わらず……そんな……」
瑠璃のお父さんから、お酒の臭いが漂ってきた。
この人……、酔っぱらってるのか?
「なんだ? おめえ達は」
「私達は瑠璃さんのクラスメイトです」
「ほう……」
「ずっと瑠璃さんが休んでるので、心配して来ました」
「あいつはしばらく休む。学校にもそう伝えてあるはずだ」
「……だろ……!」
こいつだ……。
こいつが瑠璃を苦しめてるんだ……!
「お前が瑠璃を虐待したからだろうが!!」
「やめろ! 玲美!」
私を見降ろすように睨みつけてくる瑠璃の父親。
私も負けじと睨み返す。
悠太郎は私の前に出て、下がるようにと体を押し付けてくる。
「……チッ! どこで聞いたか知らんが、あいつは風邪をひいて寝込んでるだけだ」
「嘘言うな! 私は瑠璃の体にたくさんの痣を見たぞ!」
「……このガキぃ……!!」
私達に拳を振り上げる瑠璃の父親。
この手だ……。
この手で、こいつは瑠璃を殴ってきたんだ!
「おっさん……、俺の大事な彼女に手を上げるってなら、俺も容赦はしないぞ」
悠太郎がそう言った途端、お姉さんが私達を止めに入った。
「やめて、お父さん! あなた達もやめなさい!」
「……クソッ! 今日は厄日だ!」
お姉さんに止められた瑠璃の父親は、そう怒鳴りながら家に入って行った。
そして、家の中から何かが割れる音が次々と鳴り響いた。
「危険な事は止めてちょうだい! あいつは……あなた達のような子供でも容赦しないんだから!」
お姉さんに怒られてしまった。
でも……言わずにはいられなかったんだ……。
あいつが……あいつが……!
瑠璃にあんなにもいっぱいの痣を付けたんだ……!
「……うぐっ……ひっく……」
無力な私は泣く事しかできない。
敵を前にして、何もできなかった私は……。
「ごめんなさい……。言い過ぎたわ。あなた、本当に瑠璃の友達なのね」
「私も……ごめんなさい……」
お姉さんは、ハンカチを取り出して私の目を拭いてくれた。
お姉さん、なんだか由美みたいだ。
悠太郎は、そんな私の頭をずっと撫でている。
「美紀さんは、今この家に住んでいるんですか? さっき、“この家に居た時は”って言っていましたよね?」
「今は一人暮らししてるの。中学を出てすぐ、働ける場所を見つけたから」
「そうなんですか。やはり虐待が怖くて……?」
「……その通りよ。私は……、妹がこの後虐待されるとわかっていて逃げたの。……弱虫な姉だわ」
悠太郎の質問に答え、お姉さんは俯いてしまった。
この人も虐待を受けていたんだ。
あの男の虐待をずっと……。
「日高さんに伊藤君だったわね。妹の……瑠璃の為にありがとう。今日はもう帰りなさい」
「ごめんなさい……お姉さん」
「大丈夫よ」
「あの……私達、瑠璃を助けたいんです。お話聞かせてもらえますか?」
「……わかったわ。今日はもう遅いし、次の水曜日、仕事が休みだからその時でもいい?」
「お願いします」
お姉さんは、電話番号が書いてあるメモを私にくれた。
「火曜日、一度ここに電話して。どこで待ち合わせるか、その時にでも話しましょう」
この後、瑠璃の家から大きな物音が響く事は無かった。
何かあれば、外に居る私達が通報するとわかっているからか、怖いほど静かだった。
悠太郎がとりあえず帰ろうと言い、私達は帰る事にした。
次の水曜日、お姉さんと再び会って、私はそこで瑠璃の家のとんでもない事情を聞く事になる。
お読みいただいて、ありがとうございました。




