第31話 決戦は日曜日(1)
「それにしても、短時間でよくこんなに資料を集めたな」
「全部インターネットからのコピペですよ。もっと事情がわかっていて時間があれば、もう少しちゃんとしたものが集められたかも知れません」
悠太郎は順の持ってきたバインダーを見ていた。
それにしても……。
「順って、見た目は変わっても喋り方は変わらないんだね」
「こればかりは癖ですからね……」
「わたしと二人きりの時でもこうなんだよ。直してって言ってるのに……」
この堅苦しい喋り方は、順のアイデンティティー的な何かなんだろうか。
ああ、でも、チャラチャラした感じで話す順とか、ちょっと想像できないかも。
「じゃあ、日曜日の夕方、小柳の家に行ってみるか」
「そうだね」
「ちょっと待ってください。夕方だと、近所の人達も夕食の準備で忙しくないですか?」
あ────。
そう言われてみればそうだ! 瑠璃の家に行く事ばかり考えてたから、そこまで考えて無かったよ……。
「悠太郎……」
「参ったな……、その日の部活は、休めそうも無いぞ……」
「大丈夫、わたし達が付いて行くから」
私が悠太郎を困った顔で見ていると、由美が任せなさいと言わんばかりの顔で胸を張っていた。
順も一緒に付いてきてくれるらしい。
「でも、二人ともせっかくの日曜日なのに……いいの?」
「僕は構いませんよ。女性二人で行かせるのも、何かあったら危ないですからね」
「小柳さんは、わたしにとってももう友達なんだよ。友達が苦しんでいるかもしれないのに、ほっておくなんてできないでしょ?」
「順……由美……。ありがとう」
結局、日曜日は午前のうちに瑠璃の家に行く事になった。
悠太郎は、とりあえず部活に専念。
「行けなくてごめんな……」
「部活の試合が近いんだもん。仕方ないよ」
私がそう言っても、なんだか肩を落としている悠太郎。
「せっかく、お前が頼ってくれたのに……」
ああ、そう言う事ね……。あとで、何かフォローしておかなくちゃ。
「もうすぐ七時だ。そろそろ帰らないとね」
「そうですね。じゃあ、また日曜日に集まりましょう」
今日の話し合いは、ここまででお開きになった。
帰る時、玄関まで降りてきた里奈ちゃんが寂しそうな顔をしていた。
ごめんね里奈ちゃん。また今度、一緒にゲームしようね。
結構遅い時間になっちゃったけど、悠太郎が家まで送ってくれたお蔭でお母さんには怒られずに済んだ。
お礼にご飯食べてく?って聞いたら、今日は悠太郎のお母さんが家に帰ってきてるんだって。
ご飯を食べて、後片付けを手伝って、私はお風呂に入った。
自分の何ともなっていない肌をふと見てみる。
瑠璃は、あちこちに黒ずんだ痣がいっぱいあった。
打撲の時にできるような痣。
私も、やんちゃして青痣くらいならできた事はある。
押すと痛いあの痣。
それよりも酷い痣が、瑠璃の全身にあったんだ。
瑠璃は、どれだけ苦しかったんだろう……。
どれだけ痛かったんだろう……。
どれだけ辛い思いをしたんだろう……。
……。
***
日曜日の朝、私は待ち合わせ場所の中学校の近くのコンビニに来ていた。
念のため、由美達が来るまで、持ってきた地図を再確認。
東にある山の手前。
あの坂道を登る前にあるところだと思う。
小柳って言う苗字自体はそう無いから、表札を見て行けばきっと見つかるね。
「玲美、お待たせ」
「あ、由美、順」
由美と順がやってきた。
改めてみると、なんという美男美女のカップル。
こんな中に私が紛れ込んじゃっていいんだろうか。
「なに面白い顔してるの」
「どうせ私は面白い顔ですよ……」
「玲美さん、小柳さんの家の場所はわかってるんです?」
「うん。意外と私達が通ってる中学校に近かったんだ」
私は順に地図を見せた。
「玲美ったら凄いねー。地図見れるんだ」
「ま、まあね!」
村瀬先輩に場所を教えてもらったとは言えない。
「では、早速向かいましょうか。その家に行って、まずは呼び鈴を押してみましょう」
順が地図を持って先頭を歩き始めた。
由美の方を見ると、そんな順の背中を嬉しそうに見つめていた。
別にイメチェンしたからってわけじゃないんだけど、順も男の子だったんだな。
由美が彼を好きになったのも、何となくわかったよ。
******
何日経ったんだろう……。
まだ、少し顔が痛む。
部屋はずっとカーテンが閉められているので、時間の感覚も狂ってきたように思う。
あたしは引き出しにある手鏡を取り出した。
顔のところどころが赤黒くなっている。それに、まだ少し腫れている。
これじゃあ外には出してもらえないな……。
折れてしまった歯がすきっ歯になっていて、自分の顔なのになんだか笑えた。
「……起きてたの?」
恵子さんだ。
あたしは恵子さんの顔を見ただけで、無条件に体が震えるようになってしまった。
でも、なぜか心はそれに追い付いていない。
今だって、こうやって頭の中は意外に冷静だったりする。
「ご飯、ここに置いておくから……」
恵子さんは、ご飯を勉強机の上に置いた。
カーテンの向こうが少し明るい。
今は昼くらいだろうか。
「あの人……いくら何でもやり過ぎだわ……」
あたしの顔を見た恵子さんは、ぽつりとそんな事を呟いた。
体が震えてしまっているあたしには、その言葉に対して返事をする事もできない。
顔の筋肉も、なんだか震えて上手く動かせない感じだ。
その時、部屋にベルの音が響いた。
誰か来たんだろうか?
「ちょっと出てくるから、あんたはここで大人しくしてなさい」
そう言うと、恵子さんは部屋を出て行った。
あたしの体の震えも収まって行った。
******
「順、いいよ。私が押す」
私達は、『小柳』と書いてある表札の家の前に立っていた。
少し古い感じがする家なのに、表札は何故か真新しく見える。
私は少しだけ緊張しながら、呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると、中からお母さんぐらいの歳っぽい女性が出てきた。
瑠璃のお母さんなんだろうか。
「……何か、ご用ですか?」
その人を見た時、私の頭の中は一瞬固まってしまった。
恵利佳のお母さんを見た時の比じゃない……、何とも言えない違和感。
「私達……、瑠璃さんのクラスメイトです」
それを聞いて、傍目に見ても気まずそうな顔をする瑠璃のお母さん。
その顔は不健康にやつれ、目の下はクマだらけだ。
これを見て、この家に何も無いだなんて誰が言えるだろうか。
「瑠璃さん、ずっと休んでるから大丈夫かと思って……」
瑠璃のお母さんは、私から目を逸らすだけで何も言おうとしない。
私は幼い頃、両親から人と話す時は必ず相手の目を見るように教わった。
絶対に目を合わせようとしないこの人は、間違いなく何かやましい事があるんだ。
「……瑠璃は…………その……風邪で……」
「瑠璃は……、本当に風邪なんですか!?」
思わずでかい声が出てしまった。
それを聞いて、瑠璃のお母さんは体をビクッと震わせた。
頭の中に、何か……私の中の直感が、この人は絶対にまともな親じゃないと告げている。
「玲美……もういいよ」
由美が、私の体を掴んだ。
気が付くと、私はお母さんのかなり前にまで迫っていた。
「今日は、帰ろう……!」
それは、普段の優しい由美からは想像もできないほど、響くような低い声だった。
私を掴む腕の力にも力が入っているのがわかる。
「私達……、瑠璃が休んでいる限り、また来ますから」
お母さんは最後まで私と目を合わせる事は無く、何も言わずに家の中へと戻って行った。
***
「玲美さん、あれはもう……近所の人達に聞くまでも無さそうですね」
「うん……。でも、一応聞くよ。事実をきちんと確認したら、次は瑠璃を助ける事を考えないと……」
虐待であってほしくなかった。
瑠璃の家は、外はこんなにも明るいというのに全ての部屋のカーテンが閉まっていた。
あんな真っ暗な中に、瑠璃はずっと居るんだ。
あの中で、瑠璃はずっと苦しんでいるんだ。
「玲美……、止めちゃってごめん……。でも……」
由美は、今にも泣きそうな表情だった。
わかってる。あそこで私が怒って暴れても、瑠璃の事が解決するわけじゃない。
それどころか、状況が悪化するだけだ。
止めてくれて、ありがとう……由美……。
「さ、次は近所の人にも聞いてみましょう」
順は、そんな私達を見て、努めて明るく振舞ってくれた。
そうだね。こんな事でいちいち立ち止まっていられない。
今は、私達にできる事からやっていかないと。
まだ時間は正午前。日曜日は始まったばかりだ。
お読みいただいて、ありがとうございました。




