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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その2 檻の中の少女
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第30話 話し合い

 翌日の放課後。

 家に帰って着替えると、私はさっそく由美の家へと向かった。


「あら、玲美ちゃんいらっしゃい」

「こんにちは、おばさん」

「早かったね。上がって上がって」


 由美に連れられて、裏手の階段を上がる。


「今日は妹もいるから、うるさかったら言ってね」

里奈(りな)ちゃんも?」


 由美の部屋に入ると、たくさんの熊のぬいぐるみがお出迎えしてくれた。


「ぬいぐるみ、前に来た時より増えてない?」

「最近、自分でも作り始めたんだよ」

「マジで!?」


 由美の作ったぬいぐるみは、ほとんど市販品と変わらないレベルだった。

 こういうの作れるってすごいなぁ。

 私には、ちょっと真似できそうもないよ。


「あ、彼からメールだ。もうすぐ着くって」

「ねえ、その“彼”って誰なの? 私の知ってる人?」

「ふふ……会ってからのお楽しみだよ」


 由美は、そう言うとニコッと笑った。

 瑠璃の事に対して、いい案を出せるかもというその“彼”。

 男の人だとは思うんだけど、一体誰なんだろう?

 言っておくけど、私は結構初対面の人、特に異性に対しては結構人見知りするぞ。


 そんな事を考えていると、呼び鈴の音が聞こえてきた。


「あ、来たみたい。ちょっと行ってくるから待っててね」


 由美は部屋を出て階段を降りて行った。

 一人、ぽつんと取り残される私。

 誰が来るんだろ……ちょっと緊張する。


「玲美ちゃん!」


 ドアの方から声が聞こえて振り向くと、そこには里奈ちゃんがいた。

 その手には、最新のゲーム機が握られている。


「一緒にゲームしようよ!」

「ごめんね里奈ちゃん。今日はこれからお姉ちゃんと話し合いをするから……」

「里奈、お部屋に戻ってなさい」


 戻ってきた由美に叱られ、里奈ちゃんは残念そうに部屋を出て行った。


「お待たせ。彼を連れてきたよ」


 由美の後ろに立つ“彼”さん。

 白いシャツにジーンズの、なんだか爽やかな感じのするイケメンだった。

 やっぱり、私の知らない人だ。


「あ、あの、初めまして! 由美の友達の日高って言います!」

「玲美さん……僕の事忘れちゃったんですか? あれから2ヵ月くらいしか経ってないのに……」

「へ……?」


 その声は、聞き覚えのある声だった。

 それに、この丁寧な喋り方……もしかして。


(はじめ)……?」

「そうですよ。良かった……忘れられたかと思った」

「ふふ、驚いたでしょ!」


 すっかりイメージの変わった順の横で、いたずらっぽく笑う由美。

 それにしても、こんなに変わるなんて……。


 由美がずっと“彼”とだけ言って誰の事か言わなかったのは、こういう事だったのか。


「順、メガネやめたの?」

「由美が外した方がいいって言うから、コンタクトに変えたんです」

「へー、そうなんだ……ん?」


 これまで“君付け”や“さん付け”をやめなかった順が、由美の事を呼び捨てにしたのに少し違和感を覚えた。

 もしかして、この二人……?


「わたし達、付き合ってます!」

「マジっスか!?」

「改めて言うと、ちょっと照れますね……」


 頭をぼりぼり掻きながら、顔を真っ赤にしている順。

 イケメンになっても、こういうところは変わってないみたいだね。なんだか安心したよ。

 それにしても、由美と順が付き合ってるなんて全然知らなかったよ。


「二人はいつから付き合ってるの?」

「小学校卒業してすぐかな? 突然公園に呼びだされて、そこで順から告白されて……」

「思い出すだけで、頭が沸騰しそうです!」


 両手を顔に当てて、恥ずかしそうに身もだえる順。

 それを見て、喜ぶ由美。

 完全に由美の方が主導権を握ってる感じ。


「それで、昨日ちょっとだけ由美から話を聞いたんですけど、二人の友達が親から虐待されているかもしれないって事ですよね?」


 二人の友達……そうか、由美は瑠璃の事を友達って順に話したんだ。

 由美も、瑠璃の事をそう思っていてくれたんだね。


「瑠璃って言う子なんだ。体中痣だらけなのを見ちゃって、最初は苛めに遭ってるのかと思ったんだけど、もしかしたら親から虐待を受けてるのかもって……」

「相変わらず玲美さんは、そういうのをほっておけないんですね……。虐待って言うのは家庭の問題になってきますから、実態の把握も困難です」

「そうなんだよね……」

「玲美さんは、それを実際に彼女の家に行って確認しようとしているんですよね? それは難しいと思うんですけど……」


 順もやっぱり、由美や悠太郎と同じ意見みたいだ。

 なんとなく、私も気付いてたんだけどね……でも、それ以外にいい方法が思いつかなくて……。


「どうすればいいと思う?」


 由美が順にそう聞くと、彼は何やらバインダーのようなものを取り出した。


「近年にあった虐待の事件を、自分なりに調べてきました。これはその資料です」


 そこには、事件の切り張りされた内容がまとめられていた。

 幼児が虐待を受けて死んだ事件もある。

 熱湯をかけたり、動かなくなるまで暴行を加えてベランダに放置したり、何も食べさせなかったり……。

 親なのに、自分が産んだ子供なのに、どうしてここまで酷い事ができるんだろう……。


「幼児の事件が目立ちますが、中学生くらいの子供でも虐待された事件もあります。次のページを見てみてください」


 お風呂の水に顔を無理やり押し込んで窒息させる……必要以上に折檻を繰り返し、衰弱させる……。

 どれもこれも、親がする行動とは思えない……。


「痛ましい事件が多いですね……助かっても体に後遺症が残ってしまったり、傷が残ってしまったり、何よりも心に受けるダメージが大きすぎます」

「瑠璃も、こんな目に遭ってるかもしれないんだ……。早く助けないと!」

「でも、実際に虐待を受けてるかどうかわからなくちゃ、動きようがないんだよね……」


 由美の言う通り、やっぱりまずはそこを確かめなくちゃ。

 でも、どうやって? 虐待が実際に起こるまで瑠璃の家で見張っておく?

 そんなの、中学生の私達には無理だ。


「家に行くというのは、決して悪い事ではありません。それだけでも虐待の抑止に繋がるかもしれませんから。でも、間違っても虐待してますか?なんて聞いては駄目ですよ」

「さすがに、そんな事は聞かないけど……でも、どうしよう……」

「事件の記事を見てふと思ったんですけど、助かった事例などを見ると、どうやら近所の人が通報しているようなんです」


 そう言われて、もう一度バインダーを覗く。

 本当だ……近所からの通報とか書いてある。


「虐待となれば、大きな音や声だって聞こえるでしょう。つまり、近所の人はそれを聞いている可能性が高いです」

「そうか……、という事は、近所の人にも聞き込みをすれば……」

「虐待なら、そうだとわかるでしょうね」

「なるほど……さすが順だ!」

「凄いでしょ~」


 順を褒めると、なぜか由美が得意げになっていた。

 うん、でも……そうだ、近所の人に聞けば、瑠璃が日常的に虐待に遭ってるか知ってるはずだ。


「ありがとう、順! 早速日曜日に行ってくるよ!」

「あ、待ってください。少し気になる事があるんです」

「え?」

「あくまで僕の予想なんですが……。もし虐待だったら、それは最近始まった事ではないと思うんです。下手すると何年も続いてるんじゃないかと……」


 順の言う通り、村瀬先輩の話と照らし合わせると、少なくとも瑠璃が小学六年生の頃には既に虐待があった事になる。

 

「それなのに、ずっと近所の人が通報しないなんて……もしかすると、その一家は余程近所から嫌われているか、それとも親が相当厄介な人なのか……」


 そう言って、こめかみを押さえて考え込む順。


「どちらにしても、聞きこみは細心の注意を……」


 その時、部屋に呼び鈴の音が鳴り響いた。

 時計を見ると、もう六時を過ぎていた。


「悠太郎かな?」

「たぶんそうだね」

「え? 今日は悠太郎君も来るんですか! 久し振りだなぁ」


 階段を上がってくる音が聞こえて、部屋のドアが開いた。

 そして、悠太郎は順の顔を見た後、なぜか気まずそうに私と由美の顔を見た。


「……初めまして、伊藤って言います」


 その後、順が半泣きで悠太郎に説明をしたのは言うまでも無い。

お読みいただいて、ありがとうございました。

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