第29話 由美の提案
まだ咳は出てるけど、やっと今日から学校だ。マスクを付けて、と。
ずっと寝てばかりだったから、なんだか体がなまっちゃった感じ。
「おはよう、悠太郎!」
「おはよ……って、もういいのか?」
「うん。ケホケホ」
「ごめんなさいね、悠太郎君。この子が無茶しないように見張っておいてくれる?」
「ああ、はい。任せておいてください」
何やらお母さんと悠太郎が言ってるみたいだけど、私だってもう子供じゃないんだから(※子供です)大丈夫だよ。
「それじゃお母さん、行ってくるね」
「体育はきちんと見学しなさいよ」
お母さんったら、心配性だな。
いくら私でも、そこまで無茶はしないよ。
「そういえば、昨日は瑠璃来てたんだよね」
「ああ。一応見てはいたけど、普通な感じだったな。あのジャージは、確かに不自然ではあるけど……」
「そっか……」
悠太郎には、瑠璃の事を話しておいた。
協力をしてもらうには、事情を話しておかなければいけなかったから。
それに、悠太郎は口が堅い方だと思うし信頼できる。
「苛めによる痣だったら、隠すとは思えないんだよな……。お前の言っていたもう“一つの可能性”の方が高いんじゃないかと思う」
「やっぱり、そう……?」
もう一つの可能性、虐待。
もし瑠璃が本当に虐待に遭っているのなら、私は一体どうすればいいんだろう……。
例えば、瑠璃の家に行く。
そこで虐待の何らかの証拠を掴む。
そしたら次は、児童相談書? それとも警察?
「虐待は特定だって難しい。そもそも、わざわざ娘を虐待していますなんて親が言うか? 言わないだろ。そうなったら、小柳自身がその事を俺達に話してくれないとどうしようもない」
「そう……だよね……」
「お前の友達を心配する気持ちは良くわかる。もう何年もお前を見てきたから、そういうのをほっておけないっていうのもわかってる。でも、虐待は家庭の問題だ。俺達にできる事は少ないよ」
悠太郎の言う通りだ。
家庭内で行われるのが虐待。その理由も、どんな事が行われているのかも、全部内に隠れてしまっているのだから、こちらからは手の出しようが無い。
現行犯みたいな感じで、その現場に出くわす事ができれば話が違ってくるとは思うんだけど。
「そういえばさ、悠太郎に話した事あったっけ?」
「ん?」
「私さ、初めて恵利佳のお母さんを見た時、虐待を疑ってたんだ……」
「ああ、あのおばさんか。俺はその時居なかったけど、そんなに酷かったのか?」
「私達が訪ねて行っても、凄く冷たい態度でさ。この人、これで親なの?って思ったくらいだったよ」
「吉田は痣とかは無かったけど、もしかしたら精神的な虐待みたいなのはあったのかもな」
「絶対あったと思う。だって、恵利佳がどこに行ったのかも知らないって言うし、とことん突き放した感じだったからね。でも、次にあった時は違った。まるで憑き物が取れたみたいに態度も変わってたし……」
「俺達の知らないところで、変わる切っ掛けが何かあったのかもな」
「そうかもね」
悠太郎と話しているうちに、いつの間にか下駄箱に付いていた。
瑠璃、今日はちゃんと来るのかな……?
***
「小柳はしばらく休むそうだ。さっき、お母さんから電話があった。ちょっとひどい風邪をひいたらしくてな」
朝のホームルーム。
美野先生は、淡々とした感じでそう言った。
思わず、誰も座っていない瑠璃の席を見る。
熱を出したって聞いてたし、風邪だと言われても納得できない事は無いけど……。
でも、悠太郎の話だと昨日は元気だったらしいし……。
授業が始まっても、瑠璃の事が気になって上の空。
国語の授業で先生に当てられた時も、どこから読んでいいのかさっぱりわからなかった。
そして、気が付くと教科書の右下に、棒人間のパラパラ漫画が出来上がっていた。
「玲美、何か悩んでない?」
「え?」
そんな私を心配してか、休み時間になってすぐ、由美が私のところへやってきた。
「まだ風邪ひいてるせいかもしれないけど、いつもと違う感じがしたから」
「そう……かな?」
「あの時の……、吉田さんの時と同じ顔してるよ」
さすが由美……よく見ていらっしゃる。
それでなくても、私って結構顔に出やすいみたいだ。
自分ではわからないんだけど、こういうところ気を付けなきゃ。
「ねえ、また何か一人で突っ走ろうとしてない?」
「それは……、してないよ。悠太郎も一緒だし」
「悠太郎君もねぇ……。うふふ、ちょっとこっちいらっしゃい!」
「痛い! 痛いっス、由美さん!」
由美に耳を引っ張られ、廊下に連れ出される私。
由美さん、何でそんな怒ってるんスか!?
「ねえ、玲美……わたしはあなたの何だったかな?」
「し、親友であります……!」
「じゃあさ、何か困ってる事があるなら、わたしにも相談するべきだとは思わない?」
「でも……」
「そりゃ、彼氏に優先して相談するのはわかるけどさ……わたしって、そんなに信用できない?」
「そんな事無いよ! ……じゃあ、由美にも話すから……お昼休み、聞いてくれる?」
「うん、何でも話して」
「あと……、そろそろ耳放してもらっていいっスか?」
やっぱり由美って怒らせると怖い……。
私はヒリヒリ痛む左耳を擦りながらそう思った。
***
「悠太郎君も連れてきたの?」
「うん。その方が話しやすいと思って」
「簡単に言うと、小柳の事だ」
「小柳さんの?」
私は、由美にも瑠璃の事を話した。
痣の事、苛めか虐待に遭ってるじゃないかって事────。
「それで、いつもジャージを着てるのね……」
「保健室の先生が、この事は誰にも言わないでって……だから、由美にも話せなかったの」
「ふーん……悠太郎君には話したのに?」
「ごめんなさい……」
これから、私がやろうとしている事も話した。
一度、悠太郎と一緒に瑠璃の家に行くつもりの事も。
「そうなんだ。いつ頃行く予定だったの?」
「悠太郎の部活の無い日曜日に行こうかと思ってたんだけど……。日曜日なら、瑠璃も家に居るかもしれないでしょ?」
「そうねぇ……」
「あ、言うの忘れてた。もうすぐ他校との練習試合があるらしくて、来週から朝連があるんだよ」
「え、そうだったの? じゃあ、朝は一緒に来れないね」
「まあ、そうだな……。今週の日曜日、もしかしたら部活があるかもしれない。夕方からでもいいなら大丈夫だけど……、どうする?」
なんというタイミングの悪さ。
どうしよう……夕方からか。それでもいいような気はするんだけど……。
「いいじゃない。夕方から行きましょう。その方が、向こうも家族が揃ってるかもしれないでしょ?」
「それもそうだね。じゃあ、悠太郎が良ければ夕方から瑠璃の家に行こう」
「俺は構わないけど、そもそも行ってどうするんだ?」
「普通に呼び鈴押して、家族の誰かが出てきたら話してみるよ」
「でも、それだけで虐待かどうかわかるの?」
「やっぱそうだよな……」
由美の意見も悠太郎と同じだった。
虐待かどうか確認するのって、思った以上に難しそうだ。
「ところで玲美、朝はいつも通り自転車を置いてってもいいか?」
「朝練の事? うん。お母さんにも言っとくよ」
瑠璃の事、どうしようか……。
このままだと、行っても無駄足に終わりそうだし、私もそこまでは考えてなかったし……。
「そうだ! もしかしたら、彼なら何かいい案を出してくれるかも!」
由美は、何かを思いついたように、両手を重ねて言った。
「明日、わたしの家に来て。そこでまた話し合いましょ」
「え? うん」
「俺は部活があるけど、寄れたら寄っていいか?」
「もちろん。たぶん、遅い時間まで話し合ってると思うし」
由美の提案で、話し合いは翌日に持ち越される事になった。
瑠璃の事は早く何とかしたいと思うけど、今の私には準備が足りなさ過ぎている事もわかったし……。
それにしても、由美の言う“彼”って誰のこと?
お読みいただいて、ありがとうございます。
ここから少しの間、試験的に三日おきの更新になります。




