第26話 熱
今日も玲美は休みか。
熱も高いようだし、心配だな……。
「おはよう、悠太郎君」
「ん? ああ、由美か。おはよう」
玲美の風邪に関しては、由美も心配していた。
まさか、雨の中傘も差さずに走り回っていたなんてな。
中学生になって、少しは大人しくなったと思ったらこれだ。
「玲美は今日も休み?」
「ああ。おばさんの話だと、熱がまだ引かないんだってさ」
「そうなんだ……」
おばさんの話だと、玲美は生まれつき気管支が弱いらしい。
だから、一度風邪をひいてしまうと、こじらせてしまうのだそうだ。
普段の元気いっぱいのあいつからは想像もつかなかったな。
「なあ、由美。お前は玲美が気管支が弱いって知ってたのか?」
「うん。小学二年生の頃までは、風邪ひくと結構長く休んだりしてたしね。三年生くらいからかな? あの子があまり風邪をひかなくなったのは」
「そうだったのか。俺は知らなかったな……」
「でも、そのお蔭だろうね。吉田さんの苛めに関して詳しくなかったのは……」
なるほどな。
皮肉な話だけど、その事も吉田を救う事に一役買っていたというわけだ。
おばさんからは、ただの風邪だって聞いたけど……ちょっと心配だな。
よし、今日は部活休んで、早めにお見舞いにでも行ってやるか。
昨日は玲美の顔も見れなかったもんな。
***
昼休み。
琢也のクラスに遊びに行こうと思っていたら、渡り廊下の方から知ってる声が聞こえてきた。
「もっと持ってんだろ?」
「今日はもう無いです……」
中野が、なんだかガラの悪そうな連中に囲まれている。
「中野、お前こんなところで何してんだ?」
「伊藤君……」
「なんだ、お前は」
いかにも苛めの現場ですって感じだな、これは。
「俺はこいつの友達だ。お前らこそ、何なんだ?」
「俺達も、こいつのツレだよ。なあ、中野?」
「うぅ……」
中野は言い淀んでいるようだった。
こいつらに、何か弱みでも握られてるのか?
「こいつから、お友達料を貰ってたんだよ。お前もこいつのツレなら貰ったらどうだ?」
それって、ようするにカツアゲってやつじゃないのか?
中野の方を見ると、こいつらが怖いのか黙って俯いてしまっている。
「そんなわけなんでな……、じゃあ、またな友一!」
そう言うと、連中はケラケラと笑い去って行った。
中野はずっと黙ったままだ。
やれやれ……玲美がいたら、すぐにでもあいつらに噛みついていた事だろうな。
「中野……お前、あいつらに苛められてるのか?」
「……恥ずかしいところ見られちゃいましたね」
……
…………
………………
ようするに、あいつらは中野の小学校の頃からの知り合いらしい。
その頃から、中野から友達料とやらを取っているのだそうで、払わないと殴ったり蹴ったり暴力を振るってくるのだとか。
「そんなの、友達でも何でもないじゃないか」
「まあ……そうなんですけどね……」
「あんな奴らに金なんて払う必要無いよ」
「それは……伊藤君が強いから言えるんですよ。僕は、伊藤君みたいに強くはなれない……」
中野はそう言って、ただ俯いていた。
「この事、日高さんや明川さん……クラスのみんなには言わないでください」
「なんでだよ」
「だって……、かっこ悪いじゃないですか」
こいつなりの男のプライドってやつかね。
玲美や由美の名前が出てきたのは、校外学習で同じ班だったからだろうか。
「あの……さっき、友達だって言ってくれて嬉しかったです。ありがとうございました」
中野はそう言うと、逃げるように走り去って行った。
廊下は走るなって先生に言われなかったか?
中野の事も気にはなるけど……とりあえず、琢也のところに遊びに行くか。
ちょっと時間食っちゃったな。
***
「ふーん……。玲美の奴、休んでるのか」
「雨の中走り回って風邪ひいたんだってさ」
「あいつらしいっちゃあ、あいつらしいわな」
琢也は笑いながら言った。
あいつらしいか……。暴走している例の通り名のイメージって事か?
「ところで最近、朱音とはどうなんだ?」
「ああ、休みの日に会ったりしてるよ。この前も、一緒に水族館に行ってきた」
「この辺にそんなところあったか?」
「ちょっと離れてるけど、バスで行けるぞ」
水族館……場所は、この間立ち寄った海の方面にあるらしい。
あの辺には、結構いろんな施設があるんだな。
「それにしてもお前、デートスポットとかいろいろ知ってるんだな」
「あいつに喜んでもらう為に、雑誌読んだりして勉強してるんだよ」
「なるほど」
「お前もそのくらいがんばれよ」
「そうだな……俺も、もう少しそういう雑誌読んでみるか」
「中学生の俺達じゃ、行けるところも知れてるけどな」
琢也と話しているうちに、いつの間にか昼休みも終わりかけていた。
「あいつが元気になったら、俺も水族館に連れて行ってみるよ」
「風邪、早く治るといいな」
「そうだな」
水族館デートか……あいつ、魚とかカニを見せても、美味しそうとか言い出しそうだな。
それはそれで、あいつらしいか。
そんな事を想像しながら、俺は教室に戻って行った。
***
放課後。
部活を休む事を伝える為、俺は帰り支度を整え、部室に向かう準備をしていた。
そんな中、ふと机に伏したままの小柳の姿が目に入った。
「小柳、授業ならもう終わったぞ」
「……」
反応が無い……?
ただうずくまって、ぜーぜーと呼吸しているように見える。
「おい、大丈夫か?」
「どうしたの?」
そこに現れたのは、副委員長の川田だ。
「小柳が、体調悪そうなんだ」
「大丈夫? 小柳さん……ちょっと失礼」
川田は、小柳の額に手を当て、自分と比べる仕草をした。
「あら……凄い熱」
「小柳も風邪ひいたのか?」
「わからないけど……、ともかく、保健室に連れて行きましょう。伊藤君、悪いけど手伝ってくれる?」
「わかった。小柳、保健室行くぞ。立てるか?」
「……いい」
そう言って、俺達の手を振りほどく小柳。
ただ、その声は明らかに弱々しい声だった。
「俺、保健の先生呼んでくるよ」
「ええ、お願い。私は美野先生に知らせてくる」
早く帰ろうと思った矢先にこれだ。
俺が保健室から有松先生を連れて戻ると、川田に呼ばれたであろう美野先生が既に到着していた。
「……困ったなあ」
「どうしたんです? 美野先生」
「小柳のやつ、梃子でも動かんのですわ」
腕を組み、困ったような顔をした美野先生。
有松先生は、川田がやったように小柳の額に手を当てた。
「小柳さん、立てそう?」
「……もう少し……休ませて」
「休むなら、保健室に行きましょう」
「……家には……、連絡しないで……」
「わかったから、ほら、保健室に行くわよ」
“家には連絡しないで”と、小柳は言ったのか?
風邪で熱出したら病院に行かなきゃいけないし、家にだって連絡しないと駄目だろ。
「じゃあ、私と美野先生で運ぶから。ちょっとだけ、我慢してね」
「……」
美野先生と有松先生で小柳を抱え、保健室に連れて行ってくれるみたいだ。
これで安心して、俺も帰れるな。
「なあ、小柳って朝から体調悪かったのか?」
「そうね……あまり見ていたわけではないけど、ずっと席に伏せている感じだったわ」
それにしても、小柳も熱を出してるなんて……風邪が流行ってるのか?
玲美の家にも寄って行くわけだし、俺も気を付けないといけないな。
今日は帰ったら、きちんとうがいと手洗いをするか。
俺は、少し急ぎ足で部室へと向かった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




