第23話 出会い(2)
村瀬さん達と出会ったあたしは、学校が終わると真っ直ぐ家に帰らずに、河川敷に入り浸るようになった。
はっきり言って、そこは不良の溜まり場だった。
でも、そこは、あたしにとって居心地のいい場所で、唯一家からの暴力から解放される場所だった。
『なあ瑠璃、お前まだ小学生なんだし、早く家に帰らないと親御さんも心配するだろ』
『あたしの父さんと母さんは、帰ってくるの遅いから大丈夫です。それに、家に居るよりここの方が楽しいし』
村瀬さんは、遅くまで帰らないあたしの事を心配していた。
当時、まだ中学一年生だった村瀬さん。
先輩達に使いっ走りにされながらも、いつも、あたしの事を気にかけ面倒を見てくれていた。
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家に帰るのは、いつも遅くなってから。
兼久は酔っぱらって寝ているし、恵子さんは夜の仕事に出掛けている事が多かった。
こっそり炊飯器を開け、適当にのりで巻いたご飯を食べる。
これが、あたしの晩飯だった。
大丈夫、うまく暴力を回避できている。
あたしは、そう思っていた。
ある日を境に、恵子さんが仕事を辞めた。
恵子さんは、ずっと家にいる。
そこからは、恵子さんによるあたしへの暴力の日々が続いた。
なるべく家に居ないようにしていても、未成年のあたしでは限界がある。
兼久が全く働いていない事も知った。
二人は、ついに父さんの遺産に手を付け始めた。
兼久は、毎日何をやっているのかさっぱりわからない。
ただ、夕方を過ぎると酔っぱらって帰ってくる。
同じように、恵子さんもだんだんと堕落して行った。
変わらないのは、二人のあたしに対する暴力だけ。
少しでも二人の機嫌を損ねる態度を取ると、あたしに理不尽な暴力が飛んでくる。
その頃には、二人に対するあたしの言葉は、すっかり敬語になってしまっていた。
暴力に耐えながらも、あたしは何とか小学校を卒業した。
小学生時代は、ずっと長袖長ズボンで過ごしてきた。
少し暑いなと思ったら、痣の見えない程度のところまでは袖を捲る事もできた。
でも、中学生になると衣替えがある。そういうわけにはいかない。
美紀さんのしていたように、包帯でも巻こうか。
試してみたけど、不器用なあたしには、そんな事は出来そうも無かった。
制服は、美紀さんが一緒に見に行ってくれた。
久し振りに会った美紀さん。あちこちにあった痣も消え、すっかり健康そうに見えた。
『……その痣! やっぱり……』
試着の時、美紀さんに痣を見られてしまった。
心配そうにしていたけど、あたしは大丈夫と美紀さんに言った。
『何か困った事があったら、お姉ちゃんを頼りなさい』
いつまでも優しい美紀さん。
でも、美紀さんは、ようやくあの二人から解放されたんだ。
それまでずっと、あたしを守っていてくれたんだ。
これ以上迷惑は掛けたくない。
そう思ったあたしは、その場は笑って大丈夫とごまかしておいた。
美紀さんだって、もっと長い間ずっと耐えてきたんだ。
痣だって、美紀さんのように時間が経てば消えるんだ。
あたしも、それまで耐えて見せる。
その後、美紀さんと別れ、河川敷に行ったあたしは、先輩から不良にありがちな丈の長いスカートを譲り受ける事ができた。
これなら、足にある痣は隠せる。
あたしは先輩にお礼を言い、早速入学式からそのスカートを使うと決めた。
美紀さんに買ってもらった制服のスカートは、痣が消えるその日まで大事に仕舞っておく事にした。
・━・━
中学の入学式。どいつもこいつも平和そうな顔をしている奴らばかりだった。
あたしがこんなに毎日辛い思いをしているのに、後ろを見れば優しそうな父兄の顔が並んでいた。
あたしだって、本当の父さんと母さんが生きていたら……。
母さんは、あたしが小さい頃病気で亡くなったらしい。
まだ物心つく前の話なので、あたしは全く覚えていない。
それから父さんは恵子さんと出会うまで、一人であたしを育ててくれた。
恵子さんだって父さんが生きていれば、いつまでも優しいままだったかもしれない。
そうだ、父さんが交通事故になんかに遭わなかったら、あたし達はいつまでも幸せだったんだ。
新学期という事で、くだらない自己紹介なんかが始まった。
暢気な奴らを見ていたら、やってられないという気持ちになった。
そう思って、あたしは途中で教室を飛び出した。
『今日は入学式じゃ無かったのか?』
『村瀬さん……』
河川敷に行くと、村瀬さんが居た。
『樫本さんが使ってたスカート、なかなか様になってるじゃねえか』
『そうっスか?』
そこから、何も話す事は無く、あたしはただ河川敷をボーっと眺めていた。
村瀬さんは、そんなあたしに黙って付き合ってくれていた。
家での暴力は、それからもずっと続いていたけど、上手く時間を調節して帰っているからか、前よりも暴力を受ける頻度は少なくなっていた。
美紀さんに買ってもらったスカートは、まだ履けそうもないけど、この調子ならいつかきっと……。
━・━・
もうすぐ中間テストだ。
テスト期間に入ったあたしは、河川敷で勉強をしていた。
『不良のくせに、真面目な奴』
『あたし、中学出たらすぐ働くつもりですから。村瀬さん、この問題わかります?』
『ん? どれどれ……』
村瀬さんは、あたしにとって兄のような存在になっていた。
面倒見もよく、いつも、こんなあたしを気に掛けてくれる。
変な奴がナイフを持って乗り込んできた時も、誰よりも先にそいつを取り押さえにかかった村瀬さん。
誰かが呼んだ警察のせいで面倒な事になりそうだったけど、とにかくみんな無事だったのは村瀬さんのお蔭だと思う。
中間テスト初日。村瀬さんに教わったお蔭で、思ったよりもいい結果が出せたと思う。
でも、午前中で授業が終わってしまった。
さすがに、こんな早い時間から帰って制服のまま外を歩いていたら、警察に補導されるんじゃないだろうか。
あたしはこっそりと家に帰りパーカーを羽織ると、適当なバッグに勉強道具を詰め込んで外に飛び出した。
全部着替えてる時間は無いけど、これならフードで顔もある程度隠す事ができる。
カバンも学生カバンじゃ無ければ、そんなに怪しまれないだろう。
もう少し時間を潰したら河川敷に行こうと、あたしは適当に見つけたコンビニに入った。
雑誌コーナーを見ていると、ある少女雑誌が目に入った。
父さんが生きていた時、よく買ってもらってたっけ。
読んでいるうちに、懐かしい思い出が蘇ってきた。
幸い、コンビニの店員は、全然やる気の無さそうな奴だ。
誰も見ていない……あたしは、持っていたバッグにそっと雑誌を入れようとした。
『ちょっと待って』
誰も見ていないと思ったら、真後ろに小学生みたいなやつが居た。
違う……こいつはたしか、同じクラスに居たやつだ。
万引きしようとした事がばれると、家に連絡されたりして、いろいろとまずい事になる。
思わず逃げてきてしまったけど、ここで何とか釘を刺しておかないと。
そう思ったあたしは、そいつを待ち伏せする事にした。
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それが、玲美との出会いだった。
いま思うと、最悪な出会いだ。
お前はどんな気持ちで言ったのかわからないけど、“友達になろう”って言われた時、あたしがどれだけ驚いたかわかるか?
自分に害を加えようとしていた奴に対してそんな事を言うなんて、正気の沙汰じゃ無いって思ったよ。
でも、嬉しかったな……。
条件は、万引きとか犯罪みたいな事をしないってことだったよな。
そんな事はもう絶対にしない。お前という大事な友達ができたんだ。
お前と居ると、自然とクラスの奴らと話せるようになった。
クラスの奴らも、あたしと話してくれるようになった。
家に帰ると、相変わらず暴力が待っている。
でも、お前のお蔭であたしは、明日が楽しみと思えるようになった。
だから、あいつらに暴力を受けても、あたしは学校に行く。
そして、玲美達の前では、あたしは笑顔のままでいよう。
いつか、この痣が消えたら、その時は……。
河川敷の向こうに、玲美の姿が見えた。
なんで、あいつがここに?
そういえば、熱中症で倒れた時、あいつの声を聞いたような気がする。
もしかすると、この痣の事も……?
どちらにしても、このままここに居るのはまずい。
あいつにまで、この事で心配は掛けたくない。
あたしは、玲美に見つからないように河川敷を離れる事にした。
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