第21話 痣
今日は生憎の雨。
六月は梅雨の季節だから仕方ないね。
「瑠璃、まだジャージ羽織ってるの? さすがにもう暑くない?」
「前にも言ったけど、あたしは寒がりなんだよ。先生にも許可は貰ってるし」
六月に入って、みんな一斉に衣替えをした。
でも、自称寒がりの瑠璃は、いつもジャージの上着を羽織っていた。
別にエアコンがあるわけでもないのに、そんなに寒いか?
たしかに、雨の日は少し肌寒い時もあるけどさ。
それにしても、先生からわざわざ許可を貰うなんて、不良のくせになんて律儀な奴。
「今日は水泳は無しかぁ……」
由美は残念そうに呟いた。
そういえば、雨の日の体育の授業って、何やるって言ってたっけ?
とりあえず教室を移動しないとね。小岩井がまたフライングして着替え始めてるし。
そういえば瑠璃って、いつも着替え終わってから、四組の教室に入って来てるような気がする。
何でみんなの前で着替えないのかな?
まあ、瑠璃には瑠璃の事情があるんだろうし、私がどうこう言う問題でもないか。
***
着替え終わった私達は、体育館に集まった。
瑠璃は今日もジャージ姿。
冷え症気味の私でも、体育館の中はちょっと暑いって感じているのに、もしかして体のどこかが悪いんじゃないか?
「ねえ瑠璃、変な病気とかじゃないよね?」
「至って健康だから心配すんな」
瑠璃と話していたら、南先生がやってきた。
その手に持っているのは、ラジカセ?
「じゃあ皆さん、集まってください。今日は残念ながら雨なので、この先にする予定だった、ダンスの授業をしましょう」
ダンスの授業? 運動会でやる出し物みたいな感じかな?
「まずは、基本ステップから覚えて行きましょう。音楽に合わせて、右足から動かして行きます」
流れ出す軽快なリズム。まずは南先生がお手本を見せる。
なんだかストリートダンスみたいな感じだね。
「ワン・ツー・ワン・ツー」
南先生の手拍子と掛け声に合わせて、体を動かす。
意外と難しいな、これ。
そういえば、男子達は何をやってるんだろう?
チラッと見ると、あちらは、ただひたすら走らされていた。
「ほら、日高さん、よそ見しない」
「あ、はーい」
ダンスの練習は進み、足だけじゃ無くて腕も動かすようになっていた。
これって結構いい運動になるね。
体育館の中が蒸し暑い事もあって、結構汗かいちゃった。
「じゃあ、一度途中まで通しでやってみましょう」
瑠璃をチラッと見ると、暑そうに汗を拭っていた。
そんなに暑いんだったら、いい加減ジャージ脱いだらいいのに。
「日高さん、よそ見しない。これで二回目」
「はーい……」
また注意されちゃったよ。
女帝達め、クスクス笑ってやがる……。
***
男子達のはしゃぐ声が聞こえる。
何をしてるのか気になるけど、見たらまた注意されちゃうし、ここは我慢だ。
あとで悠太郎に、何してたのか聞こう。
「じゃあ、最後にもう一度通しで踊って終わりましょう」
先生がラジカセのボタンを押そうとした時だった。
バタンと、大きな音が響いた。
音がした方を振り返ると、瑠璃が倒れて────!?
「瑠璃!?」
「小柳さん!?」
瑠璃に駆け寄ると、真っ青な顔で苦しそうな顔をしていた。
大量の汗……?
南先生は瑠璃を抱え、体育館の隅へと運んだ。
「瑠璃! 瑠璃!」
「日高さん、落ち着いて。おそらく熱中症ね……とにかく冷やさなきゃ。保健室へ運びましょう。手伝ってくれる?」
「はい!」
瑠璃は、意識が朦朧としているみたいで、なんだか唸るような声を発していた。
先生は上半身、私は下半身を持って瑠璃を運ぶ。
寒いだなんて、やっぱり嘘だったんじゃないか。なんで、こんなになるまで瑠璃はジャージを脱がなかったんだ。
「もうすぐ授業も終わるから、みなさんはチャイムが鳴ったら終わってください。松崎先生、すみませんが女子達の方もお願いします」
「わかりました、南先生」
「それじゃ、慎重に運ぶわよ。日高さん」
私と南先生は、体育館を出て保健室を目指した。
瑠璃は、私よりも身長が高い。体重だって重いはず。
それなのに、南先生が上半身を持っているとはいえ、とても軽く感じた。
***
保健室に着いた。
瑠璃をベッドに寝かせ、保健の先生は氷嚢の用意をし始めた。
「ジャージ、脱がせてあげましょうか」
南先生は、瑠璃のジャージのファスナーを下ろした。
そして、上着を脱がせにかかる。
「えっ……?」
南先生の手が止まった。
「これは……」
どうしたんだろうと覗き込むと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「先生……、これって……」
体操着の間から見える瑠璃の肌は、あちこちが赤黒く変色していた。
「どういう事なの……」
南先生は両手で口元を覆いながら言った。
そこへ、ちょうど保健の先生が氷嚢を持ってきた。
「有松先生……」
「……これは……、本人に直接聞いた方が良さそうね。まずは冷やす事から始めましょう」
先生達は、瑠璃の脇と額に氷嚢を置いていった。
「このまま、しばらく寝かせておけば大丈夫でしょう。それよりも、問題は彼女の体に見られた複数の痣の方ね……」
痣……。やっぱりあれは、痣だったんだ。
瑠璃がジャージを羽織っているのも、体育は必ずジャージ姿だったのも、全部これを隠す為だったの?
「日高さん、ここで見た事は誰にも言わないようにね」
南先生は、私に念を押してきた。
私は、その言葉に何も返す事ができず、ただ頷いた。
「一つだけ確認させて」
保健室を出ようとした私に、保健の先生が声を掛けてきた。
「彼女……苛めに遭ってたりはしない?」
「そんな事は……、無いと思います」
「そう……」
保健の先生は難しそうな顔をしていた。
南先生も、保健の先生と同じような表情を浮かべていた。
***
その日、瑠璃が教室に戻ってくる事は無かった。
美野先生の話だと、瑠璃はそのまま早退してしまったらしい。
帰り道、私は考え事をしながら歩いていた。
保健の先生が言った一言、瑠璃が苛めに……?
今までそんな場面に遭遇した事は無いし、でも、そうするとあの痣は一体何……?
「小柳さん、大丈夫かしら……」
「え……? うん、大丈夫だと思うよ。ただの熱中症だって言ってたし」
恵利佳は、瑠璃の事を心配していた。
ただの熱中症。そう、倒れた原因は熱中症で間違いないんだ。
『ここで見た事は誰にも言わないようにね』
南先生はそう言っていた。
誰にも言わないように……?
例えば、苛めによる暴力で痣ができていたんだったら、ここまで念を押すものだろうか?
押すかもしれないけど……、それにしては、先生の言い方が何故か気にかかった。
由美と恵利佳と別れた後、私はまっすぐ家に帰る気になれず、気が付くとサイクリングコースのある河川敷まで来てしまっていた。
家に帰ったって聞いていたけど……もしかしたら瑠璃のことだから、この河川敷に来ているかも知れない。
そう思いつつ橋の下に行ってみたけど、そこには誰もいなかった。
瑠璃は本当に家に帰ったんだ。
「ん? 日高、何やってんだ? こんなところで」
「あ、村瀬先輩」
振り向くと、村瀬先輩と、数人の不良達がいた。
そうだ……もしかしたら、村瀬先輩達なら瑠璃の事を何か知っているかもしれない。
私は苛めが嫌いだ。
あの痣は、たしかに誰かに暴力を振るわれたような痣だった。
もし瑠璃が、誰かに苛められてるって言うんなら、それは放っておけない。
お読みいただいて、ありがとうございました。




