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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その1 はじまり
19/106

第18話 悠太郎の水泳教室(1)

 ついにやってきた日曜日。


 昨晩用意しておいた、スクール水着と水泳キャップの入ったバッグ。

 悠太郎とは現地で待ち合わせ。スポーツセンターって、たしか駅の近くだったよね?

 自転車のカゴにバッグを入れて、いざ出発! 今年こそ、私は魚になるんだ!


 待ち合わせの時間は、朝10時。

 スポーツセンターの入口に到着すると、時間の10分ほど前なのに、悠太郎は既にそこで待っていた。


「おはよう、悠太郎。ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、俺もさっき来たところだよ」


 悠太郎を見ると、黒いインナーに白いシャツ、スラっと伸びた黒色のジーンズに、胸元には何やら光る物が……ただ泳ぐ練習をするってだけなのに、何でそんなに気合い入れてるの!?


「今日は髪型変えたんだな」

「ああ、これ? 水泳キャップ被るから、ゴムで上にまとめただけだよ」

「そうか。でも、その髪型も似合うな」


 そう言って、悠太郎は私の髪の毛に触れた。

 あの……今日って、泳ぎ教えてもらうだけだよね? デートとかじゃないよね?


「さ、行こうか」

「う、うん……」


 悠太郎に手を差し出されたので、思わず掴んでしまったけど……。

 入ってすぐ受付なんで、あんまり意味無いです。悠太郎先生。


***


 着替えも終わって、プールサイドへ。

 人がいっぱいいるね。学校のプールなんかより断然広いね。


「玲美、こっちだ」


 手を振る悠太郎。

 普通の水泳キャップと普通のスクール水着の姿。

 良かった……水着まで気合入ってたら、私、完全に浮いていたよ。


「さて、まずは軽く体をほぐしてから水に入ろう」

「うん。よろしくね、悠太郎先生」


 水泳をなめてはいけない。

 準備体操をしっかりしておかないと、泳いでる最中に足がつったりしちゃうもんね。

 そもそも泳げないんだけどね。


「うん。まあ、こんなもんだろう。さ、水の中に入るぞ」

「はーい」


 片足からプールに入る。

 やっぱりちょっと冷たい。そして、近くを泳いでる子供(私も子供だけど……)から水しぶきが飛んでくる。


「顔に水が……」

「本当に水が苦手なんだな……。さて、どうやって教えようか」


 困ったように首をひねる悠太郎。私の泳げ無さは筋金入りですぜ。


「まずは、顔を水に浸ける練習からだな」

「いきなりハードル高いっスね……」

「ほら、俺の手を掴んで」

「う、うん……」


 悠太郎の手を掴んで、引っ張られながら泳ぐ。

 こうやって誰かが掴んでくれていたら、私も泳げるんだよね。


「じゃあ、顔を浸けてみよう」

「え、ええ? もう?」

「怖がらずに。大丈夫、手は持っててやるから。顔を浸けたら鼻から息を吐いてみるんだ」

「うん……」


 悠太郎に引っ張られながら、私は意を決して水に顔を浸けた。

 鼻から吐くんだっけ……ブクブクー……。


「よし、その調子だ」


 ん? 悠太郎何か言った? 水の中だから良く聞こえないよ。

 もう顔を上げていいんだよね? 息が続かないよ。

 んげ! 鼻から水が! 痛いッ!


「無理ーッ!!」

「うわ、暴れるなって!」

「鼻が痛いよぉ……」

「何で鼻から水飲むんだよ……」


 何でと言われても、息を吐ききったら吸っちゃうじゃないか……。

 やっぱり、私に泳ぐなんて無理だ……陸上でまったりと暮らして行きたい!


「そういえば、水の中で目を開けていたか?」

「ううん」

「じゃあ、次は開けてみるんだ。目を瞑ってるから余計に水の中が怖いんだよ」

「うう……やってみます……」


 悠太郎に再び手を引っ張られ、私は水の中に顔を浸けた。

 目を開けるんだっけ……えい!

 えーん……目が痛いよぉ……。

 でも、視界が明るいから、さっきより怖くないかも。

 水の中では、音もゴーとかガーみたいな感じでしか聞こえない。


 そうだ……私はこの音が怖いんだ。

 幼い頃、浮き輪を付けてプールを泳いでいた私は、何かの拍子でそのままひっくり返ってしまった。

 すぐに助けてもらっけど、浮き輪のせいで起き上がれない、水も沢山飲んで、耳にもいっぱい水が入って……。

 この、いま聞こえてる音は、その時の音なんだ……。


「玲美、息を吐いて」


 悠太郎の声もあまりよく聞こえないけど……息を吐かなきゃ。

 鼻から吐いて……。


「よし、一度顔を上げて」

「ブハッ……。また少し鼻に水が…………」

「ん……なんだか顔色が悪いな。始まったばかりだけど、ちょっと休憩しよう」


 私達はプールから上がった。

 カナヅチでごめんよ……。


***


「……なるほど、過去にそんな事が……」

「うん。その時の恐怖が蘇って、水の中に潜ること自体耐えられないというか……」

「浮き輪付けてて溺れるなんて、滅多にない事だぞ」

「ごめんね……」


 プールを見ると、子供達が楽しそうに泳いでいる。

 あんな小さな子供でも泳げるのに、私はなんて情けないんだろう。


「ねえ、悠太郎」

「ん?」

「水の中の音さ……怖くない? 耳に水が入るとか、怖くない?」

「あー……そうだなぁ……。俺の場合、もう慣れちゃって怖いとか感じないし、耳に水が入っても片足で跳んで出しちゃったりしてるし」

「私は溺れた時、耳から水が出なくて耳鼻咽喉科まで行ったんだよ」

「そ、それは重症だな……。さて、どうしたものか……」


 私が泳げないのは、きっとこの幼い頃のトラウマのせいだ。

 言ってしまえば、水の中の音が私の恐怖心を高めているんだと思う。


 しばらく悠太郎とプールサイドで話し、私の気分が落ち着いてきたところで練習を再開する事にした。


「ちょっと練習方法を変えよう。玲美さえ良ければ、その……お前の体に触れるけど、いいか?」

「何を今更? 教えてもらってるんだから、どこでも触れていいよ」

「じゃあ……ちょっとだけ一瞬でいいから浮いてみてくれるか?」

「う、うん……」


 伏し浮き……だっけ。

 大きく息を吸って顔を上げたまま一瞬だけ浮き上がると、悠太郎は横から私の胸元と腿のあたりに手を添えた。

 なるほど……これはちょっと恥ずかしいかも。


「こ、これなら、より浮いてる感覚を味わえるし、怖くないだろ?」

「う、うん……」

「じゃあ、顔を浸けて」

「はい……」


 怖くても、顔を浸けてみる。

 相変わらず音は怖いけど、悠太郎の腕が私を支えてくれているのでなんだか安心感があった。

 悠太郎は少しずつ横へと移動し、私の体は前へと進む。

 安心感があるせいか、体が軽くなったような気がした。鼻から息を吐いて顔を上げてみる。


「……あれ? 鼻が痛くない?」

「よし、その調子だ! 顔を上げたら、口から息を吸う。それを繰り返してみよう!」

「うん」


 顔を浸けて、鼻から吐いて、口から吸う。

 これをひたすら繰り返し、悠太郎に移動をしてもらう。


「できた! 大丈夫みたい!」

「そうか! この調子でプールの端を目指すぞ!」


 ブクブクー……プハッ!

 ブクブクー……プハッ!


 息継ぎができる……水の中の音も、安心感のお蔭で少しずつ怖くなくなってきた!

 気が付いたら悠太郎の足が止まり、プールの端に辿り着いていた。


「がんばったな、偉いぞ!」

「ありがとう、悠太郎!」


 喜び、思わず悠太郎に抱き付いてしまった私。

 彼氏だもん。たまには良いよね……。


「れ、玲美……嬉しいのはわかるけど……」

「うん……」

「ここまでは、まだ初歩中の初歩だから……」

「うげー……」


 お昼を前に、私達は一度プールから上がる事にした。

 午後も、まだまだ悠太郎の水泳教室は続く。

お読みいただいて、ありがとうございます。

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