第15話 校外学習(3)
ここがハイキングコースの終点なのかな?
大きな広場。私達以外の学校の生徒も集まっている。
「あそこに展望台があるぞ」
石塚君の指す方を見ると、小高い丘みたいな場所に人が集まっているのが見えた。
あそこから見える景色はどんななんだろう。ちょっとわくわくする。
「それじゃあ、ここでお昼にするぞ。しばらく自由行動だが、他校の生徒もいるので失礼の無いようにな」
美野先生はそれだけ言うと、持っていたタオルで汗を拭きながら、先生達の集まる休憩所へ向かって行った。
***
「じゃあ、俺達も弁当食べようか。どこにしようかな」
悠太郎はキョロキョロと良さそうな場所を探し始めた。
せっかくのハイキングなんだから、できるだけ上の方に行って食べたいよね。
でも、そうこうしているうちに良さげな場所はどんどん埋まって行ってしまう。
「困ってるようだな、悠太郎」
その声に振り向くと、そこには謙輔と恵利佳が居た。
「私達、いい場所押さえることができたの。そっちで一緒に食べましょう」
「みんなで食べた方が美味しいぜ」
「そうだなー。じゃあ、そこに連れて行ってくれ」
特に反対意見も無く、私達は謙輔と恵利佳の後を付いていった。
いい場所ってどこなんだろう? 気が付くと私達は森の中に入り込んでいた。
そして、なぜかその森の中でお弁当を広げている人達も居た。
もしかして、いい場所って森の中?
「ねえ謙輔、どこまで行くの?」
「この森を抜けた先だ。実はここ、前に来たことあってな。今向かっているのは、その時に見つけたとっておきの場所なんだよ」
「へー」
森を抜けると、反対側の広場に出た。
斜面をたくさんの綺麗な花が彩っている。
「きれーい!」
「おお……」
絶景に由美と瑠璃が思わず声を上げた。
たしかに綺麗だ。花にあまり興味の無かった私でもそう思うくらいだよ。
「待たせて悪かったな。俺の友達の班を誘ってきたんだ」
「いいよー。渡辺君の友達なんだね。初めましてー」
そこに居たのは、謙輔の班のメンバーだった。
独特な口調の男の子は、私達を見上げて嬉しそうに挨拶をしてきた。
「僕、新崎浩太。渡辺君にはお世話になってまーす」
「こいつ、入学式には居たけど転校生なんだよ。なかなか馴染めずにいたところ声を掛けたら結構面白い奴でな。仲良くしてやってくれ」
「そっか。よろしくね、新崎君。私は日高玲美。で、この子が明川由美、こっちが小柳瑠璃ね」
「よろしくね、新崎君」
「なんであたしだけ“こっち”扱いなんだよ! ……まあ、ヨロシク」
新崎君は、今まで謙輔が付き合ってきた人達とは全然違うタイプの子だった。
どちらかと言えば苛められっ子と言う感じの子で、昔の謙輔だったら見向きもしないだろうし、酷ければ彼を苛めていたかも知れない。
それを見て私は、謙輔は本当に変わったのだと実感した。新崎君も、そんな謙輔に心を許しているようだった。
謙輔の班のメンバーと一通り挨拶した私達は、シートを並べてお弁当を食べ始めた。
ふと謙輔のお弁当を見ると、それはそれは立派な重箱のようなお弁当だった。一人でそれ全部食べるの?
「ん? どうした? 玲美も食べたいのか?」
重箱の中には、お正月に見るような立派な食材が所狭しと並んでいる。
あまりの凄さに思わず見とれてしまった私。
「エビ美味しそうだね……」
「おう、持ってっていいぞ。こんなに一人じゃ食いきれないからな。みんなも好きなの食べていいぞ」
そういうと、謙輔は重箱を真ん中に並べて行った。
みんなそれぞれ、重箱から好きなおかずを貰って行く。
「僕、唐揚げがほしいー」
「おう、食え食え」
「貰ってばっかりじゃ悪いし、謙輔にも私の弁当から何かあげようか?」
「いいのか!?」
私のお弁当の中身は相変わらず、おむすびとウインナーとたまご焼き、そして唐揚げ。
もちろん、全部私の大好物です。
「じゃあ、たまご焼きを……」
そう言って箸を伸ばした謙輔だったけど、何かに気が付いたようなギョッとした表情を見せ、結局ウインナーを一つ持って行った。
「悪いな謙輔。たまご焼きは俺も好きなんだ」
悠太郎は私の弁当箱からたまご焼きをひょいと摘まんでいった。
「玲美も、何か欲しいのがあったらやるよ」
そう言いながら、弁当箱をこちらへ向ける悠太郎。
悠太郎のお弁当は、野菜の炒めたものと小さく刻んだカツ、プチトマトとスパゲティー、そしてミートボールが入っていた。
「じゃあ、ミートボール一個ちょうだい」
私は悠太郎の弁当箱からミートボールを貰い、早速食べてみた。
普通のミートボールかと思って食べたら、なんだか微妙に味が違う?
「これ、お店で売ってる味じゃないね」
「わかるか? これ、母さんの手作りなんだよ」
「だからかー。お肉の味がしっかりしてるね」
ミートボールと言うより、小さなハンバーグって感じがする。
悠太郎、お肉好きだもんね。さすがお母さん、子供の好みをわかってるわ。
***
お花を見ながらの楽しいお弁当の時間も終わり、私達は展望台へ向かう事にした。
「見て、わたし写メ撮っちゃった!」
由美は嬉しそうに携帯電話の画面を眺めている。
こういう時、写メって便利だね。
「めっちゃ混んでないか?」
瑠璃の言う通り、展望台周辺は人で溢れかえっていた。
みんな考えることは一緒だね。でも、せっかくだから、私も展望台からの景色は見たいな。
「すぐに空くさ、とりあえず並んでいようぜ」
謙輔はそう言うと、列の中に入って行った。
私達も謙輔の班と一緒に、その列に加わった。
その間もみんなとのお喋りは続く。これなら待ち時間も気にならないね。
「人がいっぱいで、くらくらするわ……」
恵利佳は人混みが苦手みたい。
私も人が多い場所はそんなに好きではないけど、これも展望台に登る為だから仕方ないね。
「疲れたよー」
新崎君はそう言ってしゃがみ込んでしまった。
その顔色も、心なしか少し悪く見える。
「新崎君、大丈夫?」
「ああ、言ってなかったけど、こいつちょっとだけ心臓にハンデを抱えていてな……無理させちゃいけねえし、先生のところ連れてくわ」
謙輔はそう言って、新崎君を連れて列から離れて行った。
「渡辺君、新崎君を班に加えるって真っ先に手を上げたのよ。こうなる事も考えていて、いざとなったら自分が面倒見るからって……」
恵利佳はそう言いつつも、嬉しそうな表情をしていた。
***
展望台の行列は順調に消化されて行き、もう少しというところまで来ていた。
列が動き出した時、私の背中に誰かがぶつかったような衝撃を感じた。
「あ、悪い……」
後ろから謝られて振り向くと、そこに居たのは悠太郎よりも背の高い男の人。
中学生……じゃなくて、一般の人かな?
「いえいえ」
そう言って相手の顔を見ると、その顔になんだか見覚えがあるような気がした。
でも、一般の人でこんなところに知り合いがいるはず無いし……。
「もしかして、玲美ちゃんか……?」
「は?」
相手から突然出された私の名前。
どういう事? 親戚の誰かだっけ? 知り合いなのは間違いなさそうだけど、誰だっけ……?
「僕の事、覚えてない? 違ったらごめん、日高玲美さんだよね?」
「え? はい、そうですけど……」
「やっぱり! 僕だよ僕! 石川哲司!」
石川……えっと、んっと…………あっ!
「もしかして、哲ちゃん!?」
「そうそう! 玲美ちゃん、すっかり女の子らしくなったな! 最初わかんなかったよ」
「よく私だってわかったね! 哲ちゃん、幼稚園の時から大きかったけど、あれからびっくりするくらい大きくなってたんだね!」
こんなところで、幼馴染との感動の再会が待っているなんて────。
幼稚園の頃、小岩井と私は彼の事をてっちゃんと呼び、よく三人で一緒に遊んでいた。
小学校に入学する前、彼は親の都合で隣の県に引っ越して行ってしまい、それきり会っていなかったけど、こっちの方に戻ってきていたんだ。
「あれから恭ちゃんの家に遊びに行った事があってさ、そこで玲美ちゃんの写真も見せてもらったりしてたんだよ」
「それっていつの話?」
「小学四年生の頃だったかな。玲美ちゃんの家にも行こうと思ってたんだけど、親父の時間が取れなくてさ」
哲ちゃんは申し訳なさそうに私に言った。
お父さんも忙しそうだし、仕方ないね。
「玲美、誰と話してるんだ?」
哲ちゃんと楽しく話していると、悠太郎が話に割り込んできた。
あ、この顔は怒ってる顔だわ……。
「哲ちゃん、紹介するね。私の彼氏の伊藤悠太郎君。悠太郎、こっちは私の幼名馴染の石川哲司君だよ」
「玲美ちゃんに彼氏!? すごいイケメンじゃないか! 改めてよろしくね!」
「あ、ああ、こちらこそ。よろしく……って俺達と同じ中学一年生!?」
驚愕する悠太郎。
言いたい事はわかるよ。だって、どう見ても普通の一般客の大人にしか見えないもん。
背が高く、悪い意味では無いけど老け顔のてっちゃん。
話してみると二人とも意外と気が合ったらしく、私を置いて楽しく話し始めてしまった。
そうこうしているうちに列は進み、私達は遂に展望台へとたどり着いた。
「じゃあ、俺達は先に行ってるから」
「ああ、またな、悠ちゃん!」
この短時間で悠太郎の事を“悠ちゃん”と呼べてしまう辺りが哲ちゃんの凄いところだ。
私も小岩井も、少ししたらいきなり下の名前でちゃん付けされてたもんね。
「さ、景色を楽しもうか」
悠太郎に手を引かれ、私は展望台から見える景色を見に走って行った。
お読みいただいて、ありがとうございました。