第14話 校外学習(2)
バスは湾岸沿いを走り、公園の正面にある駐車場で停まった。
「よし、降りるぞ」
美野先生の号令でぞろぞろと降り出し、公園の入り口を過ぎたところで学年全員が集合した。
さすがに六クラスもあると、相当な人数だ。
「他の学校の生徒は来てないのかな?」
「もう出発したか、後から来るんじゃないか?」
悠太郎と話していると、先生達が前に集まって来た。
「あー、テストテスト」
スピーカーの調子が悪いのか、時々キーンという音が聞こえる。
スピーカーを持つ先生は、男子の体育の先生だ。何て名前なのかは知らないけど。
「これからまず、ロープウェイに乗りハイキングコースの入口へ移動する。道中アスレチックなどもあるので、是非挑戦してみてくれ」
なんと、ハイキングコースがアスレチックだったか。
ロープウェイって何気に乗るの初めてだ。どんな感じなんだろう。ちょっと楽しみだね。
「また、他校の生徒も後から合流してくるので、くれぐれも揉め事など起こさないように。それでは、学年主任の後藤先生、お願いします」
眼鏡を掛けた厳しそうな顔をした先生がスピーカーを受け取った。
学年主任って普通の先生よりも偉い先生なのかな? よくわかんない。
「えー、まだきちんと挨拶したこと無かったので、改めてここで。学年主任の後藤和巳と言います。今日はね、皆さんはここに校外学習として来ていますので、くれぐれも迷惑になるような行動は慎むようにお願いします」
独特な喋り方の先生だな。
男なのにカズミっていうんだ。どんな漢字を書くんだろうね。
「それでは、ロープウェイ乗り場に向かいますので、順番に移動してください」
各クラス、担任の先生の指示に従って移動を始めた。
こういうところは小学校の遠足とは違う感じがする。
解散して、一斉にわーいって感じじゃないんだね。
「ねえ悠太郎、ロープウェイって乗ったことある?」
「何度かあるよ。結構揺れる場合もあるから、高所恐怖症だと苦手かもな」
「そっか。私は別に平気だけど、みんなはどう?」
「わたしは大丈夫だよ」
「あたしも、別に高いところくらい平気だな」
「俺も大丈夫だ。登山で何度か乗ってる」
「僕は……高いところはちょっと……」
うん、予想通り。中野君は高い所苦手っぽい。
そうは言っても、乗らないっていう選択肢は無いわけで……。
「何事も経験だ。絶叫マシーンみたいに怖い乗り物ってわけでもないし、ちょっとくらい揺れても我慢しろ」
石塚君はガッハッハと笑いながら、弱気な中野君の背中を叩いた。
山男はこういうキャラだったのか。将棋が趣味って言うくらいだから、細かい人なのかと思ってたら案外大雑把な感じ。
そういえば小学生の時のみんなも、実際に話すとイメージしてた性格と違ったりしてたね。
中学に入って初めて班を組んだけど、石塚君と中野君とは仲良くなれるかな?
私もちゃんと二人にも接するようにしないと。
***
ロープウェイ乗り場に付いた。
私達は三班。一班から三班、四班から六班といった感じで二手に別れて乗り込むみたい。
「揺らすなよ! 絶対揺らすなよ! 絶対だぞ!」
相変わらずの小岩井。
あんた、二班だからうちらと一緒に乗るんだよね。
中野君が怖がるし、みんなにも迷惑掛かるからマジで揺らすなよ。
「いいから、早く乗りなよ。本当に揺らしちゃ駄目だからね?」
「あれ? 玲美ちゃんって高所恐怖症だっけ?」
「私は平気だけど、苦手な人だっているだろうし、それにほら、学年主任の先生も言ってたでしょ? あと、さり気に玲美ちゃんとか言うな」
小岩井が馬鹿な行動を取らないように念を押して、私達はロープウェイに乗り込んだ。
ふと悠太郎の方を見ると、馬鹿が玲美ちゃんなんて言うから、なんだか難しい顔してる……。
「あ、悠太郎、あのね? 小岩井とは小さい頃からのくされ縁で……」
「ああ、わかってるけどさ。馴れなれしくお前を呼ぶから……」
あれ? もしかして、焼き餅焼いてくれた?
悠太郎がこんな風に言う事ってあんまり無いから、怒っちゃってるところ悪いけど、ちょっとだけ嬉しいかも。
「お、動き出した」
ガコンと音がして、悠太郎の言葉に窓から外を眺めると、ゆっくりと景色が流れ始めた。
「キャー、怖いですわ! 悠太郎様!」
わざとらしく怖がり出す女帝(軽井沢)。
こいつ……何気に悠太郎のこと下の名前呼びに変えやがった。
「えいっ!」
あ! どさくさ紛れに悠太郎の腕を取りやがった!
私だって、滅多にそんなことしないのに!
「キャー! 悠太郎! こわーい!」
私も負けじと怖がってみる。
棒読み過ぎたか……悠太郎がジト目でこちらを見ている。
「ほら、腕……」
悠太郎は女帝の腕を振り払い、私に腕を伸ばしてくれた。
悔しがる女帝を尻目に、私は悠太郎の腕を掴んだ。
へへーん、ざまあみろ。
「ぼ、僕も怖いです……」
真ん中に立って、生まれたての小鹿のように震える中野君。
誰か、彼の腕を掴んであげてください。
「ねえ見て! わたし達が居た場所、もうあんなに小さいよ!」
「え? どこどこ?」
由美に呼ばれて窓から外を眺めると、そこには絶景が広がっていた。
これは、行楽シーズンとかに来たらもっと綺麗なんだろうね。
お父さん、こういうところ連れて来てくれないかなあ。
「お前、全然怖がってねえじゃん」
窓際にもたれかかり、瑠璃がニヤニヤしながら私を見て言った。
***
ハイキングコースに着き、ここからがいよいよ本番。
ところどころにアスレチックの遊具が見える。
そういえば、女帝さん、あんな恰好で来てアスレチックどうするんだろう。
パンツ丸見えになっちゃうよね。まあ、別に強制参加じゃないから、やらなきゃいいだけの話なんだけど。
「よし、全部制覇しよう!」
悠太郎が意気揚々と、丸太の吊るされた遊具にしがみ付いた。
「僕、こういうの苦手なんです……」
弱気になる中野君。
順と似たタイプかと思ったけど、ちょっと違うっぽいね。
たしか小学生の頃の順は、アスレチックをわりと楽しんでいたような気がする。
「せっかく来たんだし、楽しむつもりでやってみようよ」
中野君に声を掛けてから、私も悠太郎の後に続いた。
私達よりも小さい子供も遊ぶような感じだし、そんなに難しい事も無さそうだね。
恐る恐る手を伸ばしつつも、中野君も何とか付いてきてるみたい。
「あれ、ここにもあるかな?」
「あれって?」
「滑車で滑るやつ」
「あー、あれね。なんだっけ?」
「ターザンロープ」
ネットを登りながら悠太郎と話していたら、後ろから由美の声が聞こえた。
「アスレチックのある場所には大体あるから、ここにもあるんじゃないかな?」
「そっか。良かったね、悠太郎」
「別に特別やりたいってわけじゃないんだけど、アスレチックなんて久し振りだろ? なんだか、懐かしいなあって思ってさ」
「そうだねー」
「卒業以来会えてないけど、順のやつ元気かなぁ」
私立の中学へ進学したため離れてしまった、私達の大事な仲間。沢木順。
その雑学にも精通した知識で、私達を楽しませたり、助けてくれたりもしていた。
「由美が遊具の名前覚えてたなんて、ちょっとびっくりしたよ」
「あの時、順君が教えてくれたんだよね」
「そうだねー」
ネットの頂上に座り、三人で懐かしい人物の事を話す。
そうこうしているうちに、遅れていた瑠璃達も私達に追い付いてきた。
「動くと結構暑いね」
いつの間にか私達は袖をまくっていた。
もうすぐ六月、あと少しで蒸し暑い夏がやってくるのか。
「瑠璃、ジャージで来て正解だったね」
「だろう? あたしの勝ちだな」
「何に対しての勝ちなんだ」
瑠璃は、汗を袖で拭いながら勝ち誇っていた。
「ねえ、暑かったら袖まくればいいじゃん」
「ん? ああ……いいんだよ、あたしは。こう見えて冷え症だから」
「そうなの? でも、汗掻いてるし」
「気にすんな。ほら、先に進もうぜ」
瑠璃に促されて、私達はまたアスレチックコースを進み始めた。
ネットの終わり際で、小岩井が気持ち良さそうに寝転がっているのが見えた。
ハンモックのつもりなんだろうか。
班のメンバーに置いていかれた小岩井は無視して、私達はこの先にあるハイキングコースの終点を目指して進んで行った。
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