第13話 校外学習(1)
校外学習当日。
窓の外の眺めると、天気は快晴。
「玲美ー、早く起きなさい」
「はーい……」
今日はセーラー服じゃなくて、私服での登校。
私服って言ってもハイキング向けの恰好だから、動きやすそうなジーンズと防寒対策にフード付きパーカーを着ていこう。
顔を洗って寝癖を直し、リビングに行くと、珍しくお父さんが朝ご飯を食べていた。
「お父さん、おはよう」
「うん、おはよう」
新聞を広げ、コーヒーを飲んでいるお父さん。
部屋中にコーヒーの香りが漂っている。
「今日はハイキングだったな」
「そうだよ。隣町にあるハイキングコースを歩くんだって。そんなに高い山じゃなくて、近所の人達も歩くようなところらしいよ」
「そうか。まあ、気を付けていきなさい」
お父さんはそう言うと、テレビのチャンネルを変えてしまった。
いつもこの時間は、再放送のよくわからないアニメ見てたのに……。
私が生まれる前のアニメらしいけど、何気に続き気になってたのになぁ。
マーガリンと蜂蜜を塗ったパンを頬張り、私も仕方無く報道番組を見ていた。
「それにしても、お父さんがこんな時間までいるなんて珍しいね」
「今日は取引先に直行だからな。たまにはこうして娘ととる朝食も悪くない」
「お父さん、コーヒーって美味しいの?」
「特別美味しい事は無いが、まあ……習慣みたいなものだな」
お父さんとの他愛も無い会話。
アニメは見れなかったけど、たまにはこういうのも悪く無いかもね。
「さて、そろそろ行くか。じゃあ気を付けて行ってきなさい」
「はーい。お父さんも気を付けてね」
「ああ。それじゃ母さん、行って来るよ」
「いってらっしゃい」
お父さんが仕事に向かったので、私はすかさずチャンネルを変えた。
***
「じゃあ行ってくるね」
「気を付けていくのよ。悠太郎くん、ちゃんとうちの子を見ていてあげてね。玲美、怪我だけは気を付けなさい」
「わかってるよー、もう」
「大丈夫ですよ。班も一緒だしちゃんと見てます」
お母さんってば心配性だなあと思いつつ、小学生の頃の遠足で怪我をして、散々心配を掛けた事を思い出した。
あれ以来、遠足やキャンプ、修学旅行の時でもお母さんは心配そうに言っていたっけ。
めんどくさそうに返事してしまった事をちょっとだけ後悔しつつ、私達は学校へ向かった。
「そういえば、今日は髪縛ってないんだな」
「そんなに伸びてないし、今日はいいかなって思ってさ」
「遠足の時とか縛ってたろ?」
「そういえばそうだったね。歩く時邪魔になったら縛ろうかな」
中学校に続く坂道。
いつもと違って、今日はみんな私服だからちょっと不思議な感じ。
坂を下ったところにバスが数台停まっている。あのバスに乗って隣町に向かうんだね。
「晴れて良かったよな」
「そうだね」
私達は下駄箱で靴を履き替えて教室に向かった。
***
「玲美、おはよう」
「おはよー、由美」
由美は、ワンピースに膝までのスパッツという可愛らしい姿。
そういえば、クラスのみんなの私服姿を見るのは初めてだね。
「ごきげんよう、日高さん」
どこの貴婦人かと思ったら女帝さんでしたか。
あんた、白い帽子とワンピースって、軽井沢にでも旅行に行くつもりか。
「伊藤様の私服姿が見られるなんて! 私、もう死んでもいいです!」
鈴木さんは悠太郎を見て大はしゃぎ。そしてキャーキャー騒ぎだす女帝達。
そんな彼女達をジト目で見ている悠太郎。
「よう、伊藤! 今日はよろしく頼むぜ」
そこに現れた思いっきり山男の恰好をした石塚君。
ジーンズとTシャツ姿に上から長袖シャツを羽織ってるだけの悠太郎と比べ、彼のハイキングに対する真剣さが伝わってくる。
「随分重装備だな、お前」
「馬鹿野郎、山をなめるんじゃねえよ」
山って言っても、近隣の住民も来るような公園みたいなところだって聞いてたけど……。
悠太郎と石塚君が話していると、遅れて中野君がやって来た。
「おはようございます、皆さん。本日は良いお日柄で」
硬い。硬いよ、中野君。
順も最初はそうだったけど、彼も負けず劣らず、中学生とは思えないほど硬すぎるよ。
そして、チノパンにポロシャツIN。休日のお父さんだこれ。
「小柳さんはまだ来ていないのですか?」
「そういえば来てないね。休まないでって言っておいたんだけどね」
そろそろ先生が来る時間だ。
最近はちゃんと学校に来ていたし、もしかして本当に体調不良なのだろうか?
「ちょっと小耳に挟んだ情報なんだけど、他の中学の奴らも同じ場所でハイキングするらしいぞ」
他校の生徒も来るのか。
知ってる人もそうそう居ないだろうし、正直どうでもいい情報だけど、石塚君ってどこでそんな情報掴んできたんだろう。
「小柳さん、遅いね」
「どうしたんだろう」
由美と話していると、廊下を走る音が聞こえた。
そして、勢いよく開く教室のドア。
「ま、間に合った……」
肩で息をしながら銀色のジャージ姿で現れた瑠璃。
そして、鳴り響くチャイム。
「悪ぃ、ちょっと家出る時揉めちゃって……」
私達のところへフラフラと歩いてきて一言言うと、おぼつかない足取りで自分の席へ向かって行った。
さっき、家を出る時揉めたって言ってた? 何かあったのかな。
「よーし、お前ら! 出席を取るぞ!」
教室に入って来た美野先生の着ているTシャツのロゴは、元のロゴが何なのかわからないくらい伸びきっていた。
***
一度校庭で集合し、坂の下に停まっていたバスに向かって行く。
目的地までバスで行けるっていうのは楽でいいね。
「座席は……班ごとだな。俺達は右側の前方だ」
座席票を確認する悠太郎。
それぞれの班の前の座席には、班長と副班長が座る事になっているみたい。
「体調が悪くなったりしたら言ってね」
後ろに座る班のメンバーに声を掛け、副班長の仕事はひとまず終わり。
心なしか、瑠璃の体調がちょっと悪そうに見えるんだけど、走って来たからかな?
「瑠璃、体調が悪かったら我慢しないでね」
「ああ、大丈夫。ちょっと寝るわ……」
そう言うと、瑠璃は腕を組んだまま目を瞑ってしまった。
隣に座る中野君は、突然デイパックから国語の教科書を取り出し読み始めた。
彼は勉強熱心な人なんだろうか?
今は止まってるからいいけど、バスが動き出した時もそんなのずっと読んでたら酔っちゃうよ?
「ねえ玲美、ハイキング楽しみだね」
「由美はずっと楽しみにしてたもんね」
「みんなと一緒に行くっていうのが楽しいんだよ」
由美はしおりを持ってニコニコ顔。
そうこうしているうちに、バスは静かに動き出した。
前方の車窓から見える景色は、普段の私の視点よりも数段高い。
こんな大きな車を運転できるなんて、バスの運転手さんって凄いんだね。
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「最初は、途中にある広場を目指すんだな」
「山って言うより公園って感じだよね」
「ここにもアスレチックとかあるみたいだな……雲梯もあるようだ」
「勝負しないからね?」
悠太郎とお喋りしていると、突然後ろの方から呻くような声が聞こえてきた。
「き……気持ち悪い……です……」
予想通り、中野君は酔ってしまったらしい。
バスの中で教科書なんて読むからだよ。
私は中野君に酔い止めを渡した。
「そういえば、由美」
「ん?」
「さっきからずっとしおりばかり見てるけど、大丈夫? 酔ったりしてない?」
「全然大丈夫だよ」
笑顔で返す彼女の持つしおりの表紙には、例のクマ達の絵が描かれていた。
お読みいただいて、ありがとうございました。