第10話 謙輔からの命令
寄り道ってどこに行くつもりなんだろう?
私達は謙輔の後に付いて行く。
ボウリング場は、私達の住む町とは結構離れているから、周辺の景色も初めて見るところばかりだ。
「謙輔、一体どこまで行くの?」
「この先にある海に行こうと思ってさ」
「海?」
そういえば、微かに潮の香りがする。
***
しばらく歩くと海岸沿いに出た。
市内にも、こんなところがあったんだ。
石段を挟んで見える砂浜と海。
波の音と潮の香りって、なんとなく気分を穏やかにさせてくれるね。
「本当は、夜に来ると夜景が綺麗なんだけどな。俺達は中学生だから無理だ」
謙輔はそういうと、段差になっているところに腰を下ろした。
夜景か……謙輔って結構ロマンチストなのかな?
「ねえ、せっかくだから貝殻探しに行こうよ」
「綺麗なのあるかな? 恵利佳も行こう」
「うん」
私達は三人で波打ち際に走った。
打ち上げられた貝殻の山。思ったよりゴミは少ないし、綺麗な海だね。
「これ、綺麗じゃない?」
恵利佳が持ってきた貝殻。
よく見る貝殻だけど、これが一番綺麗な形してるよね。
何て言う名前なんだろう? 順がいたら、すぐにでも教えてくれたんだろうけど。
「ツメタガイって言うのよ」
「明川さん、詳しいのね」
「子供の頃、図鑑で調べたの。綺麗な貝殻はニスを塗ったりすると、もっと綺麗になるんだよ。マニキュアでも綺麗になったりするんだけどね」
さすが、女子力の塊の由美。
私もこういう事をさらっと言えるようになりたいもんだ。
漫画ばっかり読んでちゃ駄目だね。
「わたしも見つけたよ。ほら」
由美が持ってきたのは、薄いピンクの貝殻。
サクラ貝っていうんだっけ。私もこういうのを見つけたいよ。
透明感のある貝殻だし、さっき由美が言ってたみたいにニスを塗ると綺麗なんだろうな。
「それにしても、こんなところに海があったなんてビックリだね」
「由美も知らなかったんだ。恵利佳は知ってた?」
「私はあまり覚えてないけど、子供の頃によく来てたみたいね」
あの写真に写っていた海って、ここだったんだ。
泥だらけで笑っている、小さな頃の恵利佳の姿が思い浮かんだ。
それからしばらく、私も貝殻を探したんだけど、綺麗な貝殻はなかなか見つからない。
欠けていないのを見つけたと思ったら、ヤドカリさんが既に入居済みだった。
「綺麗な貝殻はあったか?」
「なかなか見つからないね。どれも欠けてるのばっかり」
私がしゃがみ込んで貝殻を探していると、いつの間にか謙輔が隣に立っていた。
悠太郎達はどこにいるんだろうと砂浜の方を見ると、棒倒しをして盛り上がっている。
「ここは、俺のとっておきの場所なんだ」
謙輔は海の向こうを眺めたままそう言った。
海の向こうに架かる橋、夜になるとライトアップして綺麗なんだろうね。
沈黙の中、寄せては帰す波の音だけが大きく響いた。
貝殻の山を根気よく探していると、小さく尖った綺麗な貝殻があった。
これって、何ていう貝殻なんだろう。由美に聞いたらわかるかな?
「玲美、好きだ」
「……え?」
突然の告白にビックリして、私はせっかく見つけた貝殻を見失ってしまった。
慌てて謙輔を見ると、その目線は海を見たまま私の方を見てはいなかった。
「お前の事が、小学生の頃からずっと好きだった。直接言った事は無かったよな」
「あ、あの……ありがとう、でも……」
悠太郎が言っていた言葉が頭に浮かんだ。
────知らないのは渡辺くらいじゃないか?
そう……謙輔は、私と悠太郎が付き合っている事を知らない。
「私……、ずっと前から悠太郎と……」
「……ああ、なんとなくだけど、わかってたよ」
そっか……わかってたんだ。
それなのに、あんな風に私に接してくれていたんだ……。
謙輔は向こうを向いたまま動こうとしない。
ただ、ポケットから取り出したその手で、鼻を掻くような仕草をしていた。
「わかってたんだけどさ、言うだけ言いたかったんだ。何も伝えられないまま、伊藤と楽しそうにしているお前を見ているのは辛かったから……。この想いに決着をつけたかった」
「ごめんね……。ずっと黙っててごめん」
「謝る必要は無いよ。これで俺も、ようやく前に進む事ができる……」
波の音が、さっきより大きく聞こえる。
私は謙輔になんて言ったらいいんだろう……。
「謙輔なら、私なんかよりも良い人、絶対見つかるよ」
沈黙が怖くて、やっと出た言葉がこれだった。
「そうだといいな……」
謙輔はそう呟き、再び沈黙が訪れた。
すると謙輔は、突然自分の両手で頬を数回叩き、ようやくこちらに振り向いた。
「玲美、ボウリングの勝者からの命令だ」
頬には真っ赤な手のひらの痕。
「“俺を、振ってくれ”……」
少し落ちて来た陽光が、何とも言えない表情で笑う謙輔の顔を照らしていた。
***
石段に座り、私達はジュースを飲んでいた。
貝殻は見失ってしまったけど、由美がもう一枚サクラ貝を見つけて私にくれた。
小学生の頃、四つ葉のクローバーを探して見つからなかった時も、こうして由美が私にくれたんだったね。
「そろそろ帰るか」
謙輔はそう言って、ズボンのお尻を叩きながら立ち上がった。
もう少ししたら、あの橋もライトアップされて綺麗なんだろうな。
「そういえば、勝者の命令はしなくていいのか?」
「ああ……もう済んだよ」
謙輔は悠太郎にそう言うと、マイボールの入った重いバッグを担いで歩きはじめた。
私達もその後に付いて行く。
バス停に着く頃には、空は夕日に染まっていた。
「なあ伊藤……いや、悠太郎」
「どうしたんだ、急に?」
「俺の事は渡辺じゃ無くて、謙輔と呼べ。俺もお前の事は悠太郎と呼ぶ」
謙輔は悠太郎の肩を掴み、ニタニタと笑いながら言った。
「命令は済んだんじゃなかったのか?」
「別に命令ってわけじゃねえよ」
「わかったよ。改めてよろしくな、謙輔」
謙輔は前に進み始めた。
悠太郎とはどこか一線を引いていたはずだったのに、自らその壁を取り払ったんだ。
***
バス停からの帰り道。
私は悠太郎と一緒に家へと向かっていた。
「そういえば、悠太郎は優勝したら謙輔に何を命令するつもりだったの?」
「ん? それなら俺が命令しなくても、あいつが勝手にやってくれたよ」
悠太郎も、謙輔と下の名前で呼び合える仲になりたかったんだって。
小学生の頃、遠足の時に悠太郎が言っていた事を思い出した。
────オレ達みんな下の名前で呼び合わないか?
下の名前で呼び合う事は、当時の私達にとって友達の証。
それから私達も成長して、いつの間にかその事も曖昧になってきていた気がする。
あの当時の仲間達とは未だに下の名前で呼び合っているけど、謙輔達とは友達とは思っていても、なかなかそう呼べる機会に恵まれなかったんだ。
「悠太郎は、謙輔ともっと仲良くなりたかったんだね」
「まあな……付き合いもそこそこ長いし、あいつは俺のこと嫌っているみたいだったから、優勝できたらちょうど良いかなって思ってたんだ」
笑顔で話す悠太郎。
謙輔と仲良くなれた事が嬉しかったんだね。
***
謙輔を振った時、私は泣かなかった。
あの時、彼の目に光るものを見てしまったから。
でも寝る時、一人になったら泣いてしまうのかもしれない。
そのくらいは許してよね。
だって、謙輔も私にとって大切な人には違いないのだから。
お読みいただいて、ありがとうございました。
以降は数日おきの更新となります。




