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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その1 はじまり
11/106

第10話 謙輔からの命令

 寄り道ってどこに行くつもりなんだろう?

 私達は謙輔の後に付いて行く。

 ボウリング場は、私達の住む町とは結構離れているから、周辺の景色も初めて見るところばかりだ。


「謙輔、一体どこまで行くの?」

「この先にある海に行こうと思ってさ」

「海?」


 そういえば、微かに潮の香りがする。


***


 しばらく歩くと海岸沿いに出た。

 市内にも、こんなところがあったんだ。


 石段を挟んで見える砂浜と海。

 波の音と潮の香りって、なんとなく気分を穏やかにさせてくれるね。


「本当は、夜に来ると夜景が綺麗なんだけどな。俺達は中学生だから無理だ」


 謙輔はそういうと、段差になっているところに腰を下ろした。

 夜景か……謙輔って結構ロマンチストなのかな?


「ねえ、せっかくだから貝殻探しに行こうよ」

「綺麗なのあるかな? 恵利佳も行こう」

「うん」


 私達は三人で波打ち際に走った。

 打ち上げられた貝殻の山。思ったよりゴミは少ないし、綺麗な海だね。


「これ、綺麗じゃない?」


 恵利佳が持ってきた貝殻。

 よく見る貝殻だけど、これが一番綺麗な形してるよね。

 何て言う名前なんだろう? 順がいたら、すぐにでも教えてくれたんだろうけど。


「ツメタガイって言うのよ」

「明川さん、詳しいのね」

「子供の頃、図鑑で調べたの。綺麗な貝殻はニスを塗ったりすると、もっと綺麗になるんだよ。マニキュアでも綺麗になったりするんだけどね」


 さすが、女子力の塊の由美。

 私もこういう事をさらっと言えるようになりたいもんだ。

 漫画ばっかり読んでちゃ駄目だね。


「わたしも見つけたよ。ほら」


 由美が持ってきたのは、薄いピンクの貝殻。

 サクラ貝っていうんだっけ。私もこういうのを見つけたいよ。

 透明感のある貝殻だし、さっき由美が言ってたみたいにニスを塗ると綺麗なんだろうな。


「それにしても、こんなところに海があったなんてビックリだね」

「由美も知らなかったんだ。恵利佳は知ってた?」

「私はあまり覚えてないけど、子供の頃によく来てたみたいね」


 あの写真に写っていた海って、ここだったんだ。

 泥だらけで笑っている、小さな頃の恵利佳の姿が思い浮かんだ。


 それからしばらく、私も貝殻を探したんだけど、綺麗な貝殻はなかなか見つからない。

 欠けていないのを見つけたと思ったら、ヤドカリさんが既に入居済みだった。


「綺麗な貝殻はあったか?」

「なかなか見つからないね。どれも欠けてるのばっかり」


 私がしゃがみ込んで貝殻を探していると、いつの間にか謙輔が隣に立っていた。

 悠太郎達はどこにいるんだろうと砂浜の方を見ると、棒倒しをして盛り上がっている。


「ここは、俺のとっておきの場所なんだ」


 謙輔は海の向こうを眺めたままそう言った。

 海の向こうに架かる橋、夜になるとライトアップして綺麗なんだろうね。

 沈黙の中、寄せては帰す波の音だけが大きく響いた。


 貝殻の山を根気よく探していると、小さく尖った綺麗な貝殻があった。

 これって、何ていう貝殻なんだろう。由美に聞いたらわかるかな?


「玲美、好きだ」

「……え?」


 突然の告白にビックリして、私はせっかく見つけた貝殻を見失ってしまった。

 慌てて謙輔を見ると、その目線は海を見たまま私の方を見てはいなかった。


「お前の事が、小学生の頃からずっと好きだった。直接言った事は無かったよな」

「あ、あの……ありがとう、でも……」


 悠太郎が言っていた言葉が頭に浮かんだ。

 ────知らないのは渡辺くらいじゃないか?


 そう……謙輔は、私と悠太郎が付き合っている事を知らない。


「私……、ずっと前から悠太郎と……」

「……ああ、なんとなくだけど、わかってたよ」


 そっか……わかってたんだ。

 それなのに、あんな風に私に接してくれていたんだ……。


 謙輔は向こうを向いたまま動こうとしない。

 ただ、ポケットから取り出したその手で、鼻を掻くような仕草をしていた。


「わかってたんだけどさ、言うだけ言いたかったんだ。何も伝えられないまま、伊藤と楽しそうにしているお前を見ているのは辛かったから……。この想いに決着をつけたかった」

「ごめんね……。ずっと黙っててごめん」

「謝る必要は無いよ。これで俺も、ようやく前に進む事ができる……」


 波の音が、さっきより大きく聞こえる。

 私は謙輔になんて言ったらいいんだろう……。


「謙輔なら、私なんかよりも良い人、絶対見つかるよ」


 沈黙が怖くて、やっと出た言葉がこれだった。


「そうだといいな……」


 謙輔はそう呟き、再び沈黙が訪れた。

 すると謙輔は、突然自分の両手で頬を数回叩き、ようやくこちらに振り向いた。


「玲美、ボウリングの勝者からの命令だ」


 頬には真っ赤な手のひらの痕。


「“俺を、振ってくれ”……」


 少し落ちて来た陽光が、何とも言えない表情で笑う謙輔の顔を照らしていた。


***


 石段に座り、私達はジュースを飲んでいた。

 貝殻は見失ってしまったけど、由美がもう一枚サクラ貝を見つけて私にくれた。

 小学生の頃、四つ葉のクローバーを探して見つからなかった時も、こうして由美が私にくれたんだったね。


「そろそろ帰るか」


 謙輔はそう言って、ズボンのお尻を叩きながら立ち上がった。

 もう少ししたら、あの橋もライトアップされて綺麗なんだろうな。


「そういえば、勝者の命令はしなくていいのか?」

「ああ……もう済んだよ」


 謙輔は悠太郎にそう言うと、マイボールの入った重いバッグを担いで歩きはじめた。

 私達もその後に付いて行く。

 バス停に着く頃には、空は夕日に染まっていた。


「なあ伊藤……いや、悠太郎」

「どうしたんだ、急に?」

「俺の事は渡辺じゃ無くて、謙輔と呼べ。俺もお前の事は悠太郎と呼ぶ」


 謙輔は悠太郎の肩を掴み、ニタニタと笑いながら言った。


「命令は済んだんじゃなかったのか?」

「別に命令ってわけじゃねえよ」

「わかったよ。改めてよろしくな、謙輔」


 謙輔は前に進み始めた。

 悠太郎とはどこか一線を引いていたはずだったのに、自らその壁を取り払ったんだ。


***


 バス停からの帰り道。

 私は悠太郎と一緒に家へと向かっていた。


「そういえば、悠太郎は優勝したら謙輔に何を命令するつもりだったの?」

「ん? それなら俺が命令しなくても、あいつが勝手にやってくれたよ」


 悠太郎も、謙輔と下の名前で呼び合える仲になりたかったんだって。

 小学生の頃、遠足の時に悠太郎が言っていた事を思い出した。


 ────オレ達みんな下の名前で呼び合わないか?


 下の名前で呼び合う事は、当時の私達にとって友達の証。

 それから私達も成長して、いつの間にかその事も曖昧になってきていた気がする。


 あの当時の仲間達とは未だに下の名前で呼び合っているけど、謙輔達とは友達とは思っていても、なかなかそう呼べる機会に恵まれなかったんだ。


「悠太郎は、謙輔ともっと仲良くなりたかったんだね」

「まあな……付き合いもそこそこ長いし、あいつは俺のこと嫌っているみたいだったから、優勝できたらちょうど良いかなって思ってたんだ」


 笑顔で話す悠太郎。

 謙輔と仲良くなれた事が嬉しかったんだね。


***


 謙輔を振った時、私は泣かなかった。

 あの時、彼の目に光るものを見てしまったから。


 でも寝る時、一人になったら泣いてしまうのかもしれない。

 そのくらいは許してよね。

 だって、謙輔も私にとって大切な人には違いないのだから。

お読みいただいて、ありがとうございました。

以降は数日おきの更新となります。

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