第102話 迷惑な人
今回は恵利佳視点です。
林間学校も終わり、またいつもの日常が戻ってきた。
私の手元には、キャンプで見つけた四葉のクローバーで作った栞がある。
父の病気が治るようにと玲美達と一緒に探した四葉のクローバー。
母に聞いた話だと、父は奇跡的に病状が回復に向かっていると聞いた。
もしかしたら、もうご利益があったのかもしれない。
でも、これは父に私が渡すと決めていたものだから、もしそうだったとしても渡しておきたい。
お母さんはパートが終わってから病院に向かうと言っていた。
私の方が先に着いちゃうけど、
でもやっぱり……私がお父さんにプレゼントなんてお母さんに見られたら恥ずかしいから、かえってその方が良かったのかも。
そんな事を考えながら、病室のドアを開くと、私の目に映ったのは─────
……………………
………………
……
葬儀はしめやかに身内だけで行われた。
正確には、私もお母さんももう身内ではないのだけど……。
お父さんの親族の人達から、ぜひ私やお母さんにも参列してほしい……そう言われたから。
あの日、私が病室に入ると、それだけでお父さんは凄く喜んでくれた。
やっぱり、お父さんは本当は優しい人だったんだよね。
ちょっと乱暴だったけど、頭だってあんなにも撫でてくれた。
ねえ、私はもっと幼い時に今のようなお父さんに会いたかったんだよ。
そう言うと、本当に申し訳無さそうな顔をしてたよね。
あなたの事で私はあんなにも苦しめられたんだから、このくらいの仕返しはいいでしょ?
酒乱だったり、他所の若い女を連れ込んだり、お母さんや私を散々泣かせて……ほんと無茶苦茶な父だった。
お母さんも、何でこんな人に尽くすんだろうといつも思ってた。
私がいつも、叩かれたり蹴られたりしても言う事を聞いていたのは、耐えていれば……、私がもっとお父さんの為に頑張れば、きっと優しいお父さんに戻ってくれる……そう思っていたからなんだよ。
それも叶わず、結局あなたはあんな事件を起こして捕まって……私もお母さんもどれだけ苦労したかわかってる?
そう言ったら、お父さん言ったよね。
『これから何倍にもしてお前達に返す』って……嘘ばっかりじゃん。
最期にさ、お母さんが来てから三人で外出許可貰って、三人で花火見に行ったよね。
あの時のお父さんは子供みたいにはしゃいじゃって。
ねえ、来年も三人で一緒に見ようって言ったじゃん。
父は勝手な人だ。
昔からずっと変わらない。
いつもあなたは嘘ばかり。
真っ白な顔してるのに、まるで生きてるようにしか見えない。
これも嘘だって言ってほしい。
ほんの数日前まで、普通に会話だってできていたのに……もう、動かないんだ。
「ほら、恵利佳もお父さんにお別れを言いなさい……」
お母さんに促され、私は棺桶に眠る父の前に立った。
そうそう、結局何だか恥ずかしくなっちゃって渡しそびれちゃったけど、これ……お父さんの為に作った栞だから。
願いは叶わなかったけど、せっかく頑張って作ったんだからあっちに持って行ってね。
「さよなら、お父さん……」
父を乗せた霊柩車がいよいよ走り出してしまった。
私達はここまで。もうこれが、本当に最後の別れだ。
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『恵利佳、何か買ってやろうか』
『ほんと?』
『ああ、何でも好きなものを選べ』
私の目に映るのは、色とりどりの駄菓子。
おもちゃも色々あったけど、私がその中で欲しがったのはきなこ棒だった。
それが特別好きだったわけじゃないけど、当たりが出たらもう一本もらえる。
私は、きなこ棒を当ててお父さんと一緒に食べたかったんだ。
残念ながら、きなこ棒は外れてしまったのだけど……。
知ってる? 私は、お父さんにもきなこ棒を食べてほしかったんだよ。
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「行っちゃったね、お父さん」
「ああ……何だか嵐のような日々だったよ。
急に戻ってきたと思ったらこれだ……ちゃんと事前に連絡くれたらあんな騒ぎにもならなかったのに、最期まで迷惑な人だった」
そんな強気な事を言いながらも、お母さんの声は涙声だった。
あの日以来、数日しか父として過ごさなかったはずなのに、あんなに辛い日々を過ごしてきたのに、あれだけお母さんや私に苦労をさせたのに……なぜこんなにも悲しくなるのか。
本当、最期まで迷惑な人だ。
死んだ人って、その人がどんなに酷い人だったとしても、一緒に過ごしてきた日々の中で良かった思い出ばかりを残していく。
ほんと……、迷惑な人……。
次回で本編その1は終わりになります。