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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学二年生編 本編その1 止まった時計の針
102/106

第101話 終わりと、始まり

 ────?


「……目ぇ、覚めたか?」


 気が付くと、床に僕は仰向けに寝かせられており、その傍らには渡辺謙輔が居た。

 ラリアットの衝撃か、多少の頭痛はあるものの体は特に問題は無さそうだ。

 ……手足を滅茶苦茶に縛られている事以外は。


「悪く思うなよ。またお前に暴れられたらたまったもんじゃねぇからな」

「……」


 暴れるも何も、こんなに縛られてしまっては身動き一つ取れないだろう。

 そもそも、これ以上暴れる気は毛頭無いが……。


「玲美から大体の事情は聞いた。次は、お前から色々と聞く番だ」

「わかった……」


 信じてもらえるかはわからなかったが、この体には転生では無く憑依しているという事、そして……こうなってしまうまでの経緯を包み隠さず全て話すことにした。

 もちろん、自分が本当は中野友一という人物であるという事も話した。

 渡辺にされた仕打ちを話す時は少しだけ感情が昂ぶりそうになってしまったが……。


「……自分の事ながら最低な奴だな、そっちの俺は……」


 それに対し、渡辺は聞いてもいないのに自分の事を語りだした。

 元々自分は弱者を見下す屑だった事、日高によってそれが如何に愚かなことだったのかについて気付かされた事、そして、それが無ければ恐らくは僕が話した道筋をそのまま歩んでいたであろう事を。 


 そう言って、違う時間軸の自分自身に憤る渡辺謙輔。

 自らの拳を握り締め、地面を殴りつける。

 すると、何を考えているのか渡辺は僕を縛っている縄を解き始めた。


「何をしている……!?」

「お前は……誰にも頼らず、誰にも相談できず……一人でずっと耐えてきたんだな……」

「それは僕の弱さだ。人に怯え、人を拒絶し、僕は自ら一人である事を選んだ」


 自分では何もしなかった癖に世の中に勝手に絶望し、恨み、ただただ人に迷惑を掛けて生きてきただけだ。

 ある意味、以前の両親は僕に巻き込まれた被害者とも言える。


「さ、これで動けるだろ。俺を思いっきり殴れ」

「……何を言っているんだ?」


 渡辺は僕の前に顔を差し出した。

 流石にそれは意味がわからない。

 まさかとは思うが、違う時間軸の自分のけじめを取るとか馬鹿な事を言い出すつもりじゃないだろうな。


「これが俺のけじめだ」


 ……その通りだったようだ。

 殴ると言ってももう充分殴ったはずだが……何より、僕にはもうこいつを殴る意味が無い。

 それに……これ以上そんなに腫らした顔のどこを殴れと言うのか。


「もう充分だ」

「それじゃ俺の気が済まん!

 流石に殺されるわけにはいかんが、思い切り俺の顔をはたけ!」

「お前はアホか! これ以上顔を腫らして、戻った時一体何と言い訳するつもりなのだ!」

「……何やってんの、二人とも」


 そんな事をしていたら、先程から姿が見えなかった日高が外の二人を連れて戻ってきたようだ。

 日高は僕の束縛が解かれていた事に焦っていたようだが、渡辺が勝手に暴走して縄を解いたと知ると、呆れた表情を浮かべていた。

 

◆◇◆◇


「とりあえず、みんなの所に戻ろうよ」


 あんな事……と言っても、気絶させただけでそれほど酷い事はしていないのだが、石川は僕に対していつも通りの態度だった。

 少しは憎まれ口を叩かれると思っていたのに、こいつ……。


「僕は、お前を殴ったんだぞ」

「それが何か? 僕はいつも通りのかっちゃんに戻ってくれたらそれでいいよ」

「俺は怒ってるぞ! デコピンさせろ、この野郎!」


 小岩井がそう言うとなぜか石川が小岩井にデコピンをし、今度はそれに怒った小岩井が石川にヘッドロックを掛ける。


「フフッ……」


 それを見て、思わず僕は笑ってしまった。

 こんな馬鹿げた風景、前の世界でも今の世界でも見た事が無かったような気がする。


「かっちゃんがそんな笑うの初めて見た気がする」

「よし、今のうちの俺の渾身の変顔を食らえっ!!」

「……」


 申し訳ないのだが……やはり、狙ったものは駄目だ。

 意外に思われるかもしれないが、僕は笑いには結構厳しい一面を持っている。


「くそがっ!!」


 そして、僕は長い人生の中で初めて、本当に地団太を踏む人間を見た。


◆◇◆◇


 これ以上迷惑を掛ける訳にはいかないので、日高さんには先に戻ってもらう事にした。

 また渡辺に復讐をするつもりでは無いかと散々疑いの目で見られたが、石川達の説得により納得とはいかないまでもどうにか承諾はしてくれたようだ。



 その後、しばらく行方不明だった事もあって、戻った時には先生達に散々と叱られた。

 あちこち怪我もしているのだから当然だな。

 親にも連絡が行くようだが仕方無い……それだけ心配を掛けてしまったのだから。

 僕の本来の精神年齢より若い両親の事を思うと、何だかいたたまれない気持ちになる。


「お帰りなさい、宇月君」

「河村さん……ごめん、心配掛けてしまったね」

「ううん。無事で良かったわ」


 河村さんだけじゃない。

 今まで見向きもしていなかったはずのクラスの連中も、僕が戻るとみんなが声を掛けてくれた。

 それが妙にこそばゆくて、照れくさくて……。

 こんな時、どんな表情をしたらいいのかわからなくて……思わず表情が強張ってしまった。


「さっきみたいに思い切り笑えばいいんだよ!」


 そんな僕の心中を察したかのように、石川はそう言いうと僕の背中を叩いた。


「えっ!? 宇月君、笑ったの!?」

「マジか! 石川、写真は撮ったのか!?」

「宇月君! 私にも笑って見せてよ!」

「えっ? え……?」

「一枚50円ね!」


 ……あいつ。


 そうして石川に群がる女子達……の中に、何故か男も数人混じっている。

 誤解の無いように言っておくが、僕にその気は無いぞ。


「何なんだ、この状況は……」

「貴方、自分が思うより随分と人気者だったみたいね」

「僕はこういうのに慣れていないんだ。

 石川のペースに巻き込まれると、ほんと……ペースが狂って仕方が無いよ」


 そう言うと、河村さんはそんな僕を見て笑いながら言った。


「やっぱり……その方(・・・)が貴方らしいわ」

「……どういう意味だ、それは」





 ────こうして僕の愚かな復讐劇は静かに幕を閉じた。

 しかし、まだ気を休めるわけにはいかない。

 僕の記憶が確かなら、僕は渡辺以外にも虐めに遭っていたはずだからだ。

 僕は中野友一(ぼく)を救うと決めた……遠回りはしてしまったけど、その使命だけは絶対に果たさなければならない。


 それが終わった時こそ、僕は本当に笑えるような気がする。

もう少し後日談を書いてから本編1は終わります。

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[良い点] ちゃんといいとこあるの見てるんだよなぁ、みんな……! 良かった!
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