第100話 僕が生まれ変わった理由
僕は……どうしたんだっけ……。
ああ、そうだ。僕は渡辺に負けたんだ。
ここまで、あいつへの復讐の為だけに自分を鍛えて、痛めつけて、転生をきっかけに貰った贈り物を使って……それでも、あいつには届かなかった。
笑えるよな……僕は、いったい何の為に過去に生まれ変わったんだ……。
それにしても────。
ここは、どこだ? こんな真っ白な世界で、僕はいったい……?
立ち上がり、歩き出そうとして気付く。
僕の足は、こんなにずんぐりむっくりとしていたか?
手だってそうだ。転生した僕は、こんな不恰好に太った腕はしていなかったはずだ。
これではまるで…………そんな事を考えていると、少し向こうに誰かがうずくまっている姿が見えた。
近付いていくと、それは白いローブのような服を着た女性で、うずくまっているのは泣いているからだとわかった。
大丈夫? と声を掛けようとすると、女性は後ろを向いたまま必死で目をこすり立ち上がった。
『……ごめん……なさい……』
響くような声でそう聞こえた。
それでいて澄んだ声だ。果たして僕はこの声には聞き覚えがあった。
だいぶ昔に聞いた事があったような、はっきりとはしないけど、確かに僕はこの声に聞き覚えがある。
『私は……貴方を救いたかった……。それだけなのに……』
その声は、言葉は僕の胸を苦しくさせた。
ああ、そうだ。僕は前世で死んで、それからこの人に会ったんだ。
この人は、生前の僕の辛かった話をずっと聞いてくれた。
優しく手を差し伸べてくれた。
────思い出した。
贈り物だってそうだ。この人から貰ったんだ。
声を掛けたい。でも、どれだけ頑張っても声が出ない。言葉が出ない。
『いいの……無理しないで。
ここでは、それが普通なのだから……』
それでも声を出したい。
僕はこの人に話さなくてはいけない事がいっぱいある。
これまでの事だって、全部話したい。
僕は負けてしまった。
けど、それは僕がうまく立ち回れなかったからだ。
駄目だった事を謝りたい? それとも、もっといい贈り物をくれていたら勝てていたのにと泣き言を言いたい?
いや、負けたのは僕のせいだ。この人は、僕にできる限りの事をしてくれた……だから、感謝こそすれ恨み辛みを言うつもりは毛頭無い。
いいんだ、どんな事だって、僕はこの人に話さなきゃいけないんだ。
『私が顔向けできないのは、貴方を救えなかったから……。
貴方は忘れてしまっている……思い出して、大事なことなの!』
後ろを向いたまま、女性は続ける。
『全ては私の未熟が招いた結果……。
貴方は知らない事だけど……貴方は一度、最悪な結末を迎えてしまっていた。
私にはどうしようもなくて、ただそうなってしまった結果に、こうして泣き続ける事しかできなかった……』
最悪な結果……? この復讐の失敗以上に最悪な結果があったと言うのか?
『違う!』
何も無い空間に、女性の声が高く響いた。
違う……何が……?
僕は、どこか間違えていたと言うのか?
『忘れてしまっているようだけど……、貴方は転生したわけでは無いの。
私は貴方の話を聞き、即座に転生を思い付いた。辛い過去なんかに戻す気も無かった。
全て忘れ、新しい人生を歩む……それは、とっても素晴らしい事。
でも、貴方はそれを拒否した』
そう……なのか。
『貴方は言った。
“僕には過去に遣り残した事がある”……と』
そうだ。
僕は渡辺に復讐をする為、過去へ────。
『ううん……貴方はそんな事は言っていない。
貴方が本当に願った事は違ったでしょ?』
僕が……?
願った事……?
『貴方は言った……。
“僕を助けてくれる人は誰も居なかった……だから、僕は僕を救いたい!”』
────あ……。
『私は貴方の魂を過去へと戻すことにした。
私が貴方に施したのは、転生では無く憑依。
幸いな事に、その時代に死産になる予定だった胎児を見つけることができ、そこへ貴方の魂を移す事に成功した』
そうだ……僕は……。
ああ……、そんな大事なことを忘れていたなんて……。
何で……こんな……。
『思い出した……? 思い出してくれた?』
僕は、転生者では無かった……。
いや……、それより僕は何と言うことを……。
この人の優しさも、想いも、全てを踏み躙り……愚かな復讐などと……。
『少しずれた時間の中で貴方は贈り物を使い、そしてついに罪を犯してしまっていた』
罪……? それが復讐の事だと言うなら、僕の復讐は失敗に終わったはずだ。
『貴方は覚えていない……だって、貴方の罪は別の贈り物によって巻き戻されたのだから』
別の贈り物……?
まさか、日高の持っていたという贈り物の事か?
『彼女は貴方とは違う、本当の転生者。
別の目的で贈り物を貰い、それでも結局使う事の無かったそれを、貴方の犯した過ちを無かった事にする為に使った。
貴方の為に使ったわけでは無いけれど……それは、結果的に貴方を救う形になった』
そう……なのか……。
『もう、貴方には贈り物は残っていない。
一度使い切った贈り物は、巻き戻された時間の中でもう戻る事は無い。
それは、あの贈り物を使った彼女も同じ事……』
僕は、救われた……のか。
……教えてくれ……。
僕は……これからどうしたらいい……?
『貴方の体から伸びる一筋の光』
これか?
この光の紐みたいなものは……?
『それは現世へ通じています。
貴方は、まだ終わったわけじゃ無い』
そうだな……終わってない……。
というか、ラリアットなんかで死んでたまるか。
いや、憑依だからそもそも死んでいるのか……?
『いえ……憑依とは言っても、貴方の魂とあの体はもう切り離せないほどに繋がっている』
それが、この紐のような物だって事か……。
借り物の体だったけど、あの体はもう僕なんだ。
本来の魂は、元から入っていなかったのだから……。
『贈り物はもう無い……それでも、もう貴方なら間違えないはず』
間違えない……。
そもそも、復讐は僕の本当にするべき事ではなかった。
『過去に憑依させた時から、貴方の事はずっと見ていました。
復讐の為なんかじゃない……もっと、かけがえの無い物だって得られていたでしょう?』
その言葉に、石川や河村、他にもクラスの何でも無かったはずの奴等の顔や、あの体の両親である父や母の顔が思い浮かんだ。
復讐なんてもののせいでそれらを失うところだったのかと思うと、僕は寒くも無いのに体がブルブルと震えた。
『貴方が復讐に走ってしまったのは、私の力が足りず、きちんと記憶を引き継がせる事ができなかったせい……』
違う……たぶん、僕の中に少なからず渡辺に復讐したいという邪な気持ちがあったからだ。
それが幼少期の事故を切欠に具現化してしまい、こんな愚かな僕を誕生させてしまった。
断じて、貴女のせいじゃない。
『……それでも、ごめんなさい』
僕の方こそ……ごめんなさい。
ごめんなさいじゃ済まない……貴女をこんなにも悲しませてしまった。
『いいの……さあ、貴方はまだやり直せる。
現世へと戻って。本当の目的を果たしなさい』
ああ……そうだな。
僕の本当の目的……中野友一を悲惨な過去から救い出すのは、この僕だ。
贈り物はもういらない……僕は、僕の力で僕を救う!
『さよなら……』
さよなら、名も知らない優しい天使。
次に会う時は、きちんと貴女と向かい合って話せるように……そんな新たな目標が、僕に課せられた気がする。
────そして、白い世界が無限に広がり、同時に僕の意識も薄くなっていった。
今度こそ……僕は間違えない。
見た目はイケメン、魂はぽっちゃりお兄さん。
キーワードに【憑依】を追加しました。




