第9話 ボウリング再び(2)
投球フォームに入る由美。
手を振り子のように後ろにゆっくり動かし、そして、少しだけ手が前に出たところでストンとボールを落とした。
ふらふらとゆっくりボールはレーンを進む。
「焦らせやがって……」
額の汗を拭う謙輔。
一瞬、由美が凄そうに見えたのは気のせいだったのかな?
由美はと言うと、涼しい顔をしてこちらへ戻ってきている。
「……何だと!?」
悠太郎が声を上げた。
由美の投げたボールはふらふらと進んでいたかと思うと、いつの間にか、ピンの真ん中付近にそっと触れるように当たっていた。
そして、まるでドミノ倒しのようにパタパタと倒れて行く。
モニターには、ストライクの文字。
「こんなものかしら……」
不敵な笑みは、悠太郎と謙輔の表情を強張らせた。
私も恵利佳も、あまりの出来事に拍手すら忘れてしまっていた。
「次は江藤君ね。期待を裏切らないで頂戴」
席に戻り、優雅にレモンウォーターを飲み始める由美。
その表情はいつもの彼女とは違って、妖艶な危険な魅力を称えていた。
「とんだダークホースが居たもんだ……」
そう言った江藤君は、無難にスペアで1フレーム目を終えた。
もはや、スペア程度ではこの会場は沸いたりしない。
プロ並みの精度を誇る悠太郎と謙輔。
そして、ダークホースの由美。
「じゃ、じゃあ、私もやってみる」
「がんばって、恵利佳。化け物達は相手にしなくていいから」
私は精一杯、恵利佳を応援する事にした。
せめて私達だけでも普通のボウリングを楽しもう。
「えいっ!」
恵利佳の投げたボールは、端っこの方に当たり、5本ほどピンを倒した。
「その調子だよ、恵利佳!」
「ありがとう」
「ふふっ……その程度?」
私はその言葉に耳を疑った。
誰に対しても優しいはずの由美が、小さい声とは言え恵利佳を罵倒したのだ。
「がんばる!」
恵利佳の投げたボールは、今度は真ん中の方へちゃんと向かった。
でも、恵利佳の力では足りず、3本ほど残ってボールは溝の方へ反れてしまった。
「惜しかったな、吉田!」
「初めてにしちゃ上手い方だ!」
「雑魚ね……」
謙輔と坂本君が恵利佳を褒めた後、はっきりと聞こえたよ!
いま、恵利佳に対して雑魚って言ったよね!?
「どうしたの? ……ふふっ」
怖い……親友をこんなに怖いと思ったのは初めてだ。
私は思った。由美にボウリングをさせたら駄目だ。
ハンドルを握ると性格が変わるとか、きっとそんな感じだこの子。
さっきまで、悠太郎のストライクでキャーって一緒に喜んでた由美はどこへ行ってしまったの。
「よし、俺の番だな」
「がんばって、悠太郎!」
「せいぜい私を楽しませて頂戴……」
由美が別人になってしまった……。
***
ゲームは半分の第5フレームまで終わった。
「わたしとした事が……」
ずっとストライクを取っていた由美が、ここに来て初めて外した。
スペアを取る事も無く、快進撃も止まったようだ。
でも、現時点でトップなんだから凄いよね。
まっすぐさえ進めばと言う坂本君の言葉はその通りだった。
彼は第4フレームの時に、初めてストライクを出したのだ。
いまは最下位でも、この先どうなるかはわからない。
「おい、伊藤……気付いたか?」
「ああ……だが、まだ確信は持てない」
悠太郎と謙輔が、何やら二人でこそこそと話している。
私はとりあえず、100行けばいいかな。
上位三人にはどうやっても追い付けそうもないし。
***
試合もいよいよクライマックス。
最終フレームに突入した。
相変わらず上位三人のスコアは異常。
トップを独走していたはずの由美は、いつの間にか謙輔に追い越されていた。
そう、彼女にも弱点はあったのだ。
「明川、お前……スペア取れないだろ!」
「くっ……!」
『くっ』とか実際に言う人を見たの、これが初めてだわ。
とはいえ、由美がストライクを取らなかったのはたったの三回。
その三回でこれだけ点差が縮まるなんて、ボウリングって奥が深いね。
私? 私はもうスコア100超えたから満足だ。
あとは悠太郎が勝ってくれたらそれでいいよ。
「伊藤、前はお前にパンチアウトを決められて負けたんだったな」
「俺はスロースターターだからな」
これって悠太郎の決め台詞なんだろうか。小学生の時からよく聞くセリフだよね。
そういえば、フル装備の悠太郎と謙輔と比べて、由美はレンタルのボールとシューズ。
もし由美がフル装備で来てたら……そう考えると恐ろしい。
「俺が勝ったら……渡辺、お前に命令させてもらうぞ!」
「俺にだと!? 何考えてやがる……!」
人によっては、BLと勘違いされてもおかしくない台詞。
悠太郎ったら謙輔に何を命令するつもりなんだろうか。
「行くぞ!」
ボールは三投とも綺麗な弧を描き、悠太郎はパンチアウトでゲームを終えた。
これでスコアは206。もう完全に、中学生が出すスコアじゃないね。
「そうでなくちゃな……」
「さあ、お前の鍛錬の成果を見せてみろ」
あ、やっぱ鍛錬なんですか?
おかしいな……ボウリングってスポーツだったと思ったんだけど。
「これが俺の鍛錬の成果だ!」
二回投げて、どちらも見事にストライク。
でも、今までが馴れない投げ方だったのか、以前に見た謙輔のパワーボールに戻ってた。
「どうだ、伊藤! 俺は絶対負けないぞ!」
「やるな……。だが、投球フォームが乱れてきているぞ」
この時点で、謙輔は5本以上倒せば勝利が確定していた。
優勝者は、負けたやつ一人に何でも命令できる……だっけ?
謙輔なんかに優勝させたら、碌な事にならない気がする……。
「これで、俺の勝ちだーっ!!」
最後の投球、パワーボールは綺麗に真ん中に向かい、全てのピンを弾き飛ばしてしまった。
謙輔もパンチアウト。表示されたスコアは212。
悠太郎、負けちゃった……。
「やった……! 遂に……遂に伊藤に勝ったぞ!!」
「やりましたね、謙輔さん!」
「やっぱり俺達の謙輔さんは強いぜ!」
大騒ぎの三人。
悠太郎は、悔しそうな顔をしている。
「まだ喜ぶのは早いわ」
ダークホース由美が、怪しい笑みを零す。
えっと……盛り上がってるところ悪いんですけど、次は私の投球ですよ?
はい、合計8本倒して120です。
がんばった。超がんばったよ、私。
坂本君はスペアを取ったけど、後が伸びずに68で終わった。
そして、いよいよダークホースの由美が登場。
相変わらず投球だけは可愛らしい由美。
ボールはフラフラと真ん中に向かったけど、当たり所が悪かったのか3本残ってしまった。
「俺の勝ちだな」
「わたしも、マイボールとシューズさえあれば……」
由美は負けてしまったけど、本人の言う通りフル装備だったらどうなってたんだろう……
その後、スペアを取る事も無く、由美のスコアは180で終わった。
それにしても、由美は優勝したら何を命令したかったんだろう。
江藤君は安定のスペアで最終的に140。
恵利佳も大健闘して81だった。
こうして、久しぶりのボウリングは謙輔の勝利で幕を閉じた。
***
「ボウリング楽しかったね!」
由美は、すっかり元に戻っていた。
「吉田さんも、初めてなのに上手でビックリしちゃった!」
「どうせ、私は雑魚だし……」
聞こえちゃってたよ。
由美、どうしたの?って顔してるけど、原因はあなただからね?
最下位になってしまった坂本君だけど、謙輔に聞いた話だと、調子がいい時は200近いスコアを叩きだすらしい。落差大きすぎでしょ。
「玲美、プリクラ撮ろうよ。ほら、吉田さんも」
「雑魚なのに、いいの?」
「恵利佳、大丈夫。もう怖くないよ」
由美に対してすっかり怯えている恵利佳の背中を押し、私達は三人でプリクラに入った。
美白とか、目を大きくしたりする機能もあるみたい。
「ほら、恵利佳笑って」
「え、ええ……」
画面にはぎこちない笑顔の恵利佳が写っていた。
さあ、めいっぱいデコろうね。
恵利佳の周りにいっぱい星マークを入れてみる。
うん、会心の出来だ。
その後、男子達も交えてプリクラを撮った。
謙輔の目がパッチリし過ぎて、違和感が半端なかった。
てゆうか怖い。
***
「ちょっと寄り道していこうぜ」
お昼を食べて外に出ると、空はまだ明るかった。
寄り道って、どこに寄っていくんだろう?
「由美、お父さん呼ばなくていいの?」
「うん。帰りはみんなと一緒に帰るって言ってあるから」
謙輔に負けてしまった悠太郎。
その背中には悲壮感が漂っている。
「悠太郎、惜しかったね」
「鍛錬が足りなかったんだ……もっと練習してくれば……」
負けず嫌いの悠太郎。
もし次にボウリングをする事があったら、彼の事だからパーフェクトを達成してしまいそうな気がする。
「またみんなで、こうやってボウリングに来たいね!」
由美のその言葉に一瞬全員が固まった。
「ウン、ソウダネ……」
謙輔は、由美から目線を逸らしながら、カタコトの言葉を呟いた。
お読みいただいて、ありがとうございます。
初めて「みてみん」使ってみました。
ボウリングのスコア表はエクセルで作ってみました。
一回しか使わないのに計算式入れてみたり。