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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その1 はじまり
10/106

第9話 ボウリング再び(2)

 投球フォームに入る由美。

 手を振り子のように後ろにゆっくり動かし、そして、少しだけ手が前に出たところでストンとボールを落とした。

 ふらふらとゆっくりボールはレーンを進む。


「焦らせやがって……」


 額の汗を拭う謙輔。

 一瞬、由美が凄そうに見えたのは気のせいだったのかな?

 由美はと言うと、涼しい顔をしてこちらへ戻ってきている。


「……何だと!?」


 悠太郎が声を上げた。

 由美の投げたボールはふらふらと進んでいたかと思うと、いつの間にか、ピンの真ん中付近にそっと触れるように当たっていた。

 そして、まるでドミノ倒しのようにパタパタと倒れて行く。

 モニターには、ストライクの文字。


「こんなものかしら……」


 不敵な笑みは、悠太郎と謙輔の表情を強張らせた。

 私も恵利佳も、あまりの出来事に拍手すら忘れてしまっていた。


「次は江藤君ね。期待を裏切らないで頂戴」


 席に戻り、優雅にレモンウォーターを飲み始める由美。

 その表情はいつもの彼女とは違って、妖艶な危険な魅力を称えていた。


「とんだダークホースが居たもんだ……」


 そう言った江藤君は、無難にスペアで1フレーム目を終えた。

 もはや、スペア程度ではこの会場は沸いたりしない。

 プロ並みの精度を誇る悠太郎と謙輔。

 そして、ダークホースの由美。


「じゃ、じゃあ、私もやってみる」

「がんばって、恵利佳。化け物達は相手にしなくていいから」


 私は精一杯、恵利佳を応援する事にした。

 せめて私達だけでも普通のボウリングを楽しもう。


「えいっ!」


 恵利佳の投げたボールは、端っこの方に当たり、5本ほどピンを倒した。


「その調子だよ、恵利佳!」

「ありがとう」

「ふふっ……その程度?」


 私はその言葉に耳を疑った。

 誰に対しても優しいはずの由美が、小さい声とは言え恵利佳を罵倒したのだ。


「がんばる!」


 恵利佳の投げたボールは、今度は真ん中の方へちゃんと向かった。

 でも、恵利佳の力では足りず、3本ほど残ってボールは溝の方へ反れてしまった。


「惜しかったな、吉田!」

「初めてにしちゃ上手い方だ!」

「雑魚ね……」


 謙輔と坂本君が恵利佳を褒めた後、はっきりと聞こえたよ!

 いま、恵利佳に対して雑魚って言ったよね!?


「どうしたの? ……ふふっ」


 怖い……親友をこんなに怖いと思ったのは初めてだ。

 私は思った。由美にボウリングをさせたら駄目だ。

 ハンドルを握ると性格が変わるとか、きっとそんな感じだこの子。

 さっきまで、悠太郎のストライクでキャーって一緒に喜んでた由美はどこへ行ってしまったの。


「よし、俺の番だな」

「がんばって、悠太郎!」

「せいぜい私を楽しませて頂戴……」


 由美が別人になってしまった……。


***


 ゲームは半分の第5フレームまで終わった。

挿絵(By みてみん)


「わたしとした事が……」


 ずっとストライクを取っていた由美が、ここに来て初めて外した。

 スペアを取る事も無く、快進撃も止まったようだ。

 でも、現時点でトップなんだから凄いよね。


 まっすぐさえ進めばと言う坂本君の言葉はその通りだった。

 彼は第4フレームの時に、初めてストライクを出したのだ。

 いまは最下位でも、この先どうなるかはわからない。


「おい、伊藤……気付いたか?」

「ああ……だが、まだ確信は持てない」


 悠太郎と謙輔が、何やら二人でこそこそと話している。

 私はとりあえず、100行けばいいかな。

 上位三人にはどうやっても追い付けそうもないし。


***


 試合もいよいよクライマックス。

 最終フレームに突入した。

挿絵(By みてみん)


 相変わらず上位三人のスコアは異常。


 トップを独走していたはずの由美は、いつの間にか謙輔に追い越されていた。

 そう、彼女にも弱点はあったのだ。


「明川、お前……スペア取れないだろ!」

「くっ……!」


 『くっ』とか実際に言う人を見たの、これが初めてだわ。

 とはいえ、由美がストライクを取らなかったのはたったの三回。

 その三回でこれだけ点差が縮まるなんて、ボウリングって奥が深いね。

 私? 私はもうスコア100超えたから満足だ。

 あとは悠太郎が勝ってくれたらそれでいいよ。


「伊藤、前はお前にパンチアウトを決められて負けたんだったな」

「俺はスロースターターだからな」


 これって悠太郎の決め台詞なんだろうか。小学生の時からよく聞くセリフだよね。

 そういえば、フル装備の悠太郎と謙輔と比べて、由美はレンタルのボールとシューズ。

 もし由美がフル装備で来てたら……そう考えると恐ろしい。


「俺が勝ったら……渡辺、お前に命令させてもらうぞ!」

「俺にだと!? 何考えてやがる……!」


 人によっては、BLと勘違いされてもおかしくない台詞。

 悠太郎ったら謙輔に何を命令するつもりなんだろうか。


「行くぞ!」


 ボールは三投とも綺麗な弧を描き、悠太郎はパンチアウトでゲームを終えた。

 これでスコアは206。もう完全に、中学生が出すスコアじゃないね。


「そうでなくちゃな……」

「さあ、お前の鍛錬の成果を見せてみろ」


 あ、やっぱ鍛錬なんですか?

 おかしいな……ボウリングってスポーツだったと思ったんだけど。


「これが俺の鍛錬の成果だ!」


 二回投げて、どちらも見事にストライク。

 でも、今までが馴れない投げ方だったのか、以前に見た謙輔のパワーボールに戻ってた。


「どうだ、伊藤! 俺は絶対負けないぞ!」

「やるな……。だが、投球フォームが乱れてきているぞ」


 この時点で、謙輔は5本以上倒せば勝利が確定していた。

 優勝者は、負けたやつ一人に何でも命令できる……だっけ?

 謙輔なんかに優勝させたら、碌な事にならない気がする……。

 


「これで、俺の勝ちだーっ!!」


 最後の投球、パワーボールは綺麗に真ん中に向かい、全てのピンを弾き飛ばしてしまった。

 謙輔もパンチアウト。表示されたスコアは212。

 悠太郎、負けちゃった……。


「やった……! 遂に……遂に伊藤に勝ったぞ!!」

「やりましたね、謙輔さん!」

「やっぱり俺達の謙輔さんは強いぜ!」


 大騒ぎの三人。

 悠太郎は、悔しそうな顔をしている。


「まだ喜ぶのは早いわ」


 ダークホース由美が、怪しい笑みを零す。

 えっと……盛り上がってるところ悪いんですけど、次は私の投球ですよ?


 はい、合計8本倒して120です。

 がんばった。超がんばったよ、私。


 坂本君はスペアを取ったけど、後が伸びずに68で終わった。

 そして、いよいよダークホースの由美が登場。


 相変わらず投球だけは可愛らしい由美。

 ボールはフラフラと真ん中に向かったけど、当たり所が悪かったのか3本残ってしまった。


「俺の勝ちだな」

「わたしも、マイボールとシューズさえあれば……」


 由美は負けてしまったけど、本人の言う通りフル装備だったらどうなってたんだろう……

 その後、スペアを取る事も無く、由美のスコアは180で終わった。

 それにしても、由美は優勝したら何を命令したかったんだろう。


 江藤君は安定のスペアで最終的に140。

 恵利佳も大健闘して81だった。

挿絵(By みてみん)


 こうして、久しぶりのボウリングは謙輔の勝利で幕を閉じた。


***


「ボウリング楽しかったね!」


 由美は、すっかり元に戻っていた。


「吉田さんも、初めてなのに上手でビックリしちゃった!」

「どうせ、私は雑魚だし……」


 聞こえちゃってたよ。

 由美、どうしたの?って顔してるけど、原因はあなただからね?


 最下位になってしまった坂本君だけど、謙輔に聞いた話だと、調子がいい時は200近いスコアを叩きだすらしい。落差大きすぎでしょ。


「玲美、プリクラ撮ろうよ。ほら、吉田さんも」

「雑魚なのに、いいの?」

「恵利佳、大丈夫。もう怖くないよ」


 由美に対してすっかり怯えている恵利佳の背中を押し、私達は三人でプリクラに入った。

 美白とか、目を大きくしたりする機能もあるみたい。


「ほら、恵利佳笑って」

「え、ええ……」


 画面にはぎこちない笑顔の恵利佳が写っていた。

 さあ、めいっぱいデコろうね。

 恵利佳の周りにいっぱい星マークを入れてみる。

 うん、会心の出来だ。


 その後、男子達も交えてプリクラを撮った。

 謙輔の目がパッチリし過ぎて、違和感が半端なかった。

 てゆうか怖い。


***


「ちょっと寄り道していこうぜ」


 お昼を食べて外に出ると、空はまだ明るかった。

 寄り道って、どこに寄っていくんだろう?


「由美、お父さん呼ばなくていいの?」

「うん。帰りはみんなと一緒に帰るって言ってあるから」


 謙輔に負けてしまった悠太郎。

 その背中には悲壮感が漂っている。


「悠太郎、惜しかったね」

「鍛錬が足りなかったんだ……もっと練習してくれば……」


 負けず嫌いの悠太郎。

 もし次にボウリングをする事があったら、彼の事だからパーフェクトを達成してしまいそうな気がする。


「またみんなで、こうやってボウリングに来たいね!」


 由美のその言葉に一瞬全員が固まった。


「ウン、ソウダネ……」


 謙輔は、由美から目線を逸らしながら、カタコトの言葉を呟いた。

お読みいただいて、ありがとうございます。

初めて「みてみん」使ってみました。

ボウリングのスコア表はエクセルで作ってみました。

一回しか使わないのに計算式入れてみたり。

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