さらば涙と言おう
嫁さんが妊娠した。
毎晩のように連投したせいだ。
俺も嫁さんも出会ったときのようにお互いを求めていた。
この年になって発情期を迎えたようだった。
息子に年の離れた弟か妹ができる。
嫁さんは40歳を過ぎているから、高齢出産となるだろう。
母子とも無事だったときには盛大にお祝いしてやろうと思う。
妊娠したことが判ってから、俺は単車を手放した。
RZ350も部品取り用として、ネットオークションに出品した。
長年、乗り続けていたDR30も下取りに出した。古い車だったがディーラーが下取りしてくれた。
これから家族が増える。
息子の彼女も、何年かしたら義理の娘になるかもしれない。
ずっと速い車、速い単車に拘っていたが、家族的な車に買い換えることにした。
家族全員で乗って旅行に出かけられるよう、ミニバンにした。
今度の車は車高を落としたり、コンポに凝ったり、マフラーを替えたりしないつもりだ。
俺は家庭的な男になるのだ。
お腹が大きくなりだしたので、嫁さんとの営みは遠慮するようになった。
愛子ちゃんの夢は見なくなったが、今度は嫁さんが夢に出てきて朝には夢精している。
まぁいいか。自分の嫁さんなんだから。
俺は今までで一番、嫁さんが大事だと思えるようになった。
生まれたのは男の子だった。母子ともに無事で安心した。
小さい頃、好きだった漫画の主人公が乗っていたバイクがCB750K2だったので「慶二」と名付けた。
高校生になったら美少女の学級委員長と二人乗りして、青春することだろう。ピットインしてコーヒーを飲むがいい!
「なべきゅー、やるなぁ!」
学生時代からの悪友が出産祝いを持って遊びに来てくれた。
古くからの友人は俺を『なべきゅー』と呼ぶ。田辺久作を略して『なべきゅー』
「車も単車も手放したんだろ? どういう心境の変化なんだよ?」
「まぁ、俺も大人になったんだよ」
「もうすぐ50歳だぜ!? 大人になるのがおっせーんだよ!」
「お前はまだ750SSに乗っているじゃねーか」
「俺は永遠の17歳なんだよ!」
悪友は俺らと同い年である2ストロークエンジンの単車に乗っている。
「お前も早く大人になれよ」
(50歳目前のおっさん同士の会話とは思えないな)
今、慶二がそうつぶやいたような気がした。
生後3ヶ月の赤ん坊なのに、世の中を達観しているような目をしている。
いや、俺らがまだ子どもだからそう感じるのかもしれない。
俺の人生はまだまだ、これからなんだな。
そうだ。
今のうちに慶二のために程度の良いCB750K2を買っておいてやろう。
こいつが単車に乗れる歳になったら喜ぶぞ、きっと。