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平手打ちハリケーン

作者: keisei1

 高校三年生の水崎椎奈みずさきしいなはよく「手が出る」。そう。それは一見、おしとやかに見える彼女の最大で、最高の愛すべき欠点だ。

 「手が出る」。具体的にそれはどういうシチュエーションを指すのか。つまりはこういうことだ。

 例えば「彼氏と口喧嘩になる」。彼氏が悪いのに中々折れない。逆に責めてくる。で、勢い余って「平手打ち」。

 例えば「女友達と口論になる」。相手は中々の論客で、一聴しただけでは隙がない。だが明らかな落ち度もある。それなのに論破出来ない。悔しい。で、勢い余って「平手打ち」。

 こんな具合だ。この性格、欠点のせいで彼女は中学時代、なぜか「怖い人」というレッテルを貼られていた。

 高校に進学する頃には、彼女はその欠点を自覚していて、必死に直そうと努力した。その結果、同窓会で再会した元級友から「椎奈、優しくなったね」と言われるほどになっていた。

「『優しくなった』。何ということだ。これまで私は、それほどみんなに恐怖心を植え付けていたのか」

 そう改めて自覚した椎奈は、その欠点を克服すべく様々な努力を重ねる。

 手が出そうになったら握り拳を作り、拳を口でくわえて必死で堪える。

 手が出そうになったら常時携帯している、椎奈大好物のミカンを食べて気を鎮める。

 手が出そうになったらフラメンコのように手拍子を叩いて踊る。

 等々である。一見奇妙にも見えるこの光景、動きは「手が出る」欠点克服に、大いに役に立った。大いに立った。立った。だがしかしアレである。その克服法ははたから見れば、やはり「奇妙」なことには変わりはない。

 「優しい」「おしとやか」という称号を勝ち得た椎奈だが、残念なことに「変わり者」という称号をもいただいてしまった。

 悔しい。私は欠点を克服しようとこんなに頑張っただけなのに。努力してるのに。授けられた称号が「変わり者」。アカン。これではイカン。自分自身が崩れてしまう。

 そう椎奈は思いながらも、ようやくのことで勝ち得た「優しい」「おしとやか」というイメージを崩すつもりもなかった。

 やがて時は流れ、現在。高校三年生の椎奈は、受験を控えている。国立を目指し、息詰まる受験戦争、攻防。ストレスも溜る。何とかして消化したい。それこそ「誰かに」「平手打ち」の一つでも喰らわせて、ストレスを解消したいところだ。

 いや、だがしかし。と彼女は思い留まる。これまでの高校生活三年間の努力は何だったのかと。時に一目もはばからず、握り拳を口でくわえ、時に突然ミカンを食べ出し、時にフラメンコを踊る奇妙な生活を送ったのも、一重に「手が出る」という欠点を直すためではなかったのかと。

 そう思うと彼女もおいそれとは引き下がれない。こうなったら徹底して自分の「手が出る」欠点を克服してしまおうと決意する。

 「それに」と彼女は加えて思う。やはり「優しい」「おしとやか」というイメージ、称号は捨てがたいではないか。大切にしなくては。そうでなければこれまでの三年間が無駄になろうというもの、と。

 そんなある日、極度の受験ストレスに苛まれていた彼女は、小学校時代の同級生でもあり、幼馴染でもある西崎佳栄にしざきかえいと、学校で再会する。彼は他校の生徒だが、所要があって来たらしい。

 佳英。彼は気心の知れた仲だ。椎奈はほっとする。少しくらい自分の「素」、つまりは「手が出る」欠点を出しても構わないかと。

 だがしかし、と彼女はまたも思い留まる。これまでの苦渋の日々はなんだったのかと。重ねて言うが、これまで「手が出そう」になるたびに、握り拳をくわえ、ミカンを食べ、フラメンコを踊ってきたではないかと。

 そう思うと佳英自体にも、安心は出来ない、油断は出来ないという思いがよぎる。彼女は悶々としながらも「手を出したい」その衝動を堪える。

 すると長い付き合いの佳英だ。椎奈の異変に気づく。

「どうしたん? 顔が真っ青だぞ。何かあった?」

 そう気さくに尋ねてくる佳英に、椎奈は心をほっと許して、事の次第を打ち明ける。すると、それを聞いた佳英はなぜか「カッカッカッ」と声を立てて笑う。

 「な、何よ!」。そうムッとする椎奈を横に、佳英は椎奈の欠点を他にもスラスラと並べ立てる。

「だって『手が出る』以外にも椎奈、欠点一杯あるじゃん。緊張すると声が上ずる。機嫌の悪い時は朝食を食べない。時々こっそり未成年でカクテルを飲酒する。その他諸々」

「なっ! 言ってはならぬことを!」

 そうたじろぐ椎奈を、なおも置き去りに、佳英は持論を展開する。

「『手が出る』? あれはむしろ椎奈の長所だって。小学生の頃よく俺に平手打ち喰らわせてたよな。『平手打ちハリケーン!』っていう謎の名前をつけて」

「そ、それは封印したい過去!」

 防戦一方の椎奈を前に、佳英は愉快気だ。

「お前が欠点だと思って直したいんなら、誰も文句は言わねぇけどよ。それでストレス溜めてちゃ世話ねぇわな。まっ、いいや。今の椎奈なら何言ったって、何やったって許されそう」

 そう言って佳英は楽しげに笑う。

「『手が出せなくなった』椎奈なんぞ、『塩対応』の出来なくなった島崎遥香、ぱるるも同然! 必殺技が出せないんじゃ仕方ないよな」

 「ぐ、ぐぬぬ。悔しいが言葉も出ない。ついでに『手も出ない』」。椎奈はそう呟き、ひたすら悶え、「手を出したい」衝動を堪えた。すると佳英が思いもよらぬ行動に出る。

「今ならこんなことをしても、許されそう。はい。おっぱい」

 な、な、な、何と佳英は、そう一言言って椎奈の胸を鷲掴みにしたのだ。一気に上気していく椎奈の顔。椎奈は我に返ったように、今の自分が佳英にされたことを思い返す。

 投げられた侮辱の言葉の数々。努力を踏みにじる悪口。そしてこの禁断の暴挙。

 気がつくと、椎奈は思いっきり右手を高々と掲げると、あの「平手打ち」を佳英に喰らわせていた。こう大声で言葉をそえて。

「平手打ちハリケーン!!!」

「ぐほぅっ!」

 平手打ちを喰らった佳英はそう言って吹っ飛んだ。彼は頬を抑えて、しきりに痛がっている。だがどこか嬉しそうでもある。そんな佳英の様子にも構わず、椎奈は言ってのける。

「佳英! あんた、麗しき乙女のバストを何だと思ってんの!? さっすがの私も限界来たわ! この低能、ドスケベの変態野郎!」

 その余りの剣幕に、周囲の人間、クラスメートも驚いている。その視線をようやくのところ察した椎奈は、「わ、私としたことが」と取り繕ってみせる。だが周囲の驚嘆の目は免れない。

 あれだけ「優しい」「おしとやか」とイメージを作り上げたのに、それが見事に崩壊してしまった。何ということだ。あれほど努力を重ねて来たというのに。全てが水の泡ではないか。それもこれもこの佳英のせい。ゆ、許せぬ。

 そう思って椎奈が怒りを通り越して、打ち沈んでいると、佳英が快活な笑顔を見せる。

「上等、上等。それでこそ『平手打ちハリケーン』の椎奈ってとこよ。どだ? これで少しはストレスも解消出来ただろ? 顔艶も随分よくなったぞ」

 そう言われて椎奈はフッと気付く。「じゃな」と手を振って去っていく佳英の後ろ姿を見て、彼の真意を椎奈は悟ったのだ。

 そうか。そうだったのか。受験を控えて、ひたすらストレスの溜る日々を送っている私を解放するために、佳英。彼は、私の欠点。いや、今や長所の一つだと知った「手が出る」という行為を、わざと引きだして見せたのだと。

 そうと思うと立ち去る佳英の後ろ姿がやけに切なく、眩しく映る。

「あっ、この気持ちって」

 そう椎奈が気付くのも置き去りにして、迎えた受験シーズン。椎奈は見事志望校に合格し、4月には晴れて大学生となった。大学生活を満喫する椎奈の隣には、今や椎奈の「恋人」となった佳英がいたという。

 佳英は時折、椎奈を怒らせては彼女の「平手打ち」を喰らっていた。万事万端。全て過不足なし。椎奈と佳英。その変わり者カップルを見て、人はをこう呼んだ。「平手打ちハリケーンカップル」と。

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