第十四話 語るものたち
その時、 空に銃声が響き渡りました。
偉い人が真っ赤に染まりました。
いきなりの銃声にびっくりした給仕が持ってきた高級そうな赤ワインを取り落して、高級そうなその中身が偉い人の高級そうな服にかかったせいでした。
「昔々あるところにいいいいいいいい!!!」
多少、音割れしていましたがそんな叫びが聞こえました。
少女が半泣き顔で周囲を見回すと、すぐに音源が見つかりました。
「一人の爆弾魔がおりましたああああああ!!!」
偉い人の家の真向いの建物の屋上、そこにあった巨大なスピーカーの上に一人の男が座っていました。
片手には空に向けたままの拳銃、もう片手には爆弾を持っていました。銃口からは僅かな煙と万国旗が出て、紙吹雪が舞っていました。
頭には電器屋さんで800円くらいで売っていそうなヘッドセットをつけていました。ヘッドセットへ向けて喋った音声が、スピーカーから大音声で木霊します。
「てめぇらあああ!集団で小さい子いじめんなああああ!!爆破するぞおおお!!!」
民衆の大半はそのマイクに向かって叫んでいる男が誰なのか知りませんでしたが、危機感は感じたので各々叫び声を上げて逃げ出そうとしました。
言わずもがな、爆弾から逃れようと誰もかれもが大混乱です。
ここで爆弾なんか使われたら偉い人も当然巻き込まれてしまいますので、偉い人も逃げようとしました。
しかし、
「待ってください」
誰かが偉い人を呼び止めました。
先ほど赤ワインをぶちまけた給仕です。
偉い人は叫びました。
「なんだね?!君は!!こんな非常事態に!!」
「語り手です」
「は?」
「いや、だから、私は語り手です」
給仕はその場で給仕の服を脱ぎました。
先ほど赤ワインをぶちまけた給仕は、給仕に変装した語り手だったのでした。
「どうして…どうやって…?!」
狼狽した偉い人に語り手は答えました
「私の古い友達が今回の集会の話を聞きつけて、私に伝えてくれました。警備員の皆様にはその友達から借りた催涙爆弾を使わせていただきました」
語り手は外を指さしました。
正確には外の混乱の中で片手に爆弾を持っている友人を指さしていました。
「それもこれも、貴方に申し上げたいことがあったからです。聞いていただけますか?」
まず、語り手は偉い人の家を手荒に訪問したことを詫びました。
(ワインの件は謝りませんでした)
そして、こう述べたのでした。
「貴方が禁止した私の語る物語は大した伏線もなければトリックもない。単調で大したクライマックスもない。シナリオはハチャメチャで、結末はいつだってただの“幸せ”です」
偉い人はここでやっと平静を取り戻してきました。
「そんな妄想が!そんな戯言が!!何のためになるんだ!こんな騒ぎを起こしたんだ!お前など死刑にしてくれる!」
偉い人は語り手に詰め寄りました。
しかし、
「死刑で結構!語れないなら死んだ方がましだ!」
語り手は叫びました。その声に偉い人は思わずしり込みしました。
「……この世から消えてやろうと何度私が思ったか、貴方には分からないでしょう。いや、少し前までの私は実際この世から消えたも同然でした。この世に体だけ置いて、魂は死に果てたも同然だった。でも、結局私は生きていたんです。彼女らがいたから、私は生かされていたんだ」
語り手が指さした先はまたしても外の混乱でした。正確には爆弾魔に肩車された少女を指さしていました。
「彼女だけじゃない。みんな肯定的であれ否定的であれ、私の話を聞いてくれた人たちです。私は彼らの名も顔も出自も知らない。けれど、私の話にどんな形であれ何かしら感じてくれた人たちです。私は自分で思っていたほど一人じゃなかった……そう気づいたのです。気づかせてもらったんです」
語り手は続けます。
「貴方が何を禁じようと、求める者がいる限り物語は続く。貴方は【臭いもの】に蓋をしたいのでしょうが、【私たち】はそう簡単にはいかない。【私たち】は人間ですし、そもそも【私たち】というくくりにさえ縛ることが難しいのですから。蓋をしたところで何度だってすぐ這い出てきますよ。むしろ、無理やり蓋をした反動で【臭いもの】があちこちに飛び散るかもしれません」
「聞いて!!」
外からは少女の声がしました。
爆弾魔が貸したヘッドセットをつけていました
民衆に向かって力の限り叫んでいました。
「もうたくさん!!大人の事情なんか知ったこっちゃないわ!!禁止したって何したって言葉はそれでもあふれてくるんだから!!!」
「あの子は私に語る勇気も教えてくれました。彼女を含め、あそこにいる【語り手】の皆さんには後でお礼を言わねばなりませんね」
語り手は言いました。
笑顔を浮かべていました。晴れやかで生き生きとした笑顔でした。
「要するに何だ?お前は私にどうしろと言うのだね?」
久々に偉い人がしゃべりました。苦虫を噛み潰したようなという形容がよく似合います。
「お好きなように貴方も語ってください。【語り手】も好きなように語りますから」
それと、と語り手は申し訳なさそうに付け足しました。
「その高級そうな拡声器、お借りしても?一応、私のせいで起こったこの事態を収拾させていただきたいので」
「【臭いもの】め」
偉い人が吐き捨てました。
それを聞いて語り手は
「それは、素敵な物語ですね」
そう言いました。
昔々あるところに語り手がおりました。
語り手とは生きとし生けるもの全てのもののことでした。
語り手たちは各々の物語を語り、
怒りを
悲しみを
喜びを
嬉しさを
悲しさを
絶望を
希望を
不幸せを
幸せを
心を語って
そして…
End 7『語るものたち』
※
物語は続いていく。
End 7『語るものたち』へようこそ!
何かを語るということは少なからず勇気の要ることだと私は思っています。子どものうちはそうでもないのですが、不思議なことに大人になると立場もありますのでちょっとしたことでも注意して発言しなければならない……そういう面では大人は窮屈なもんだなあと思ってしまいます。
加えて、昨今は表現の自由に関する問題も多々ありますし、余計に色んなことが言いづらくなるなと。
執筆当時にそんなことを考えながら書かせていただいたEnd 7でした。
まだ他のエンディングもありますので、よろしければご覧くださいませ!