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最終話

 学校の教室だろうか。小学校低学年ほどの子供達の背中が見える。彼らは席に座り、教壇の上の、優しそうな中年女性の話に耳を傾けている。彼女はおそらく子供達の先生なのだろう。

 右を見る。俺と同年代ぐらいの、大勢の大人が、子供達と同じように授業に聞き入っている。

 左を見る。葉子がいた。彼女は俺の視線に気づいていないらしい。教室の中の一点をただじっと見つめていた、

 その視線の先には……。


「それじゃあ、次は河岸さんに読んでもらおうかな。河岸さん」


「ハイ」と返事をしながら、一人の少女が立ち上がる。

 紅葉だ。

 今の紅葉じゃない。出会った頃の、まだ十二歳だった頃の紅葉だった。


「将来の夢」


 両手で作文用紙を広げながら、彼女ははっきりと言った。「私の将来の夢は、二つあります」


 ようやく理解した。これは授業参観だ。しかし、俺の記憶にはない光景である。

 それに……。

 紅葉以外の子は皆、小さな子ばかり。

 何故だ? 何故、紅葉だけ違う?

 彼女は続ける。


「一つは画家になることです。小さな頃から絵を描くのがとても好きで、特に人物画を描くのが大好きでした。これからも、友達や家族や、色んな人にモデルになってもらって、色んな絵を描いていきたいと思います」


 葉子に目を向けてみる。ようやく彼女が俺に気づく。彼女は俺に対し、満足そうな笑みを浮かべ、再び紅葉に視線を戻した。俺もそれにならう。


「もう一つの夢はお嫁さんになることです。頑張って料理を勉強して、掃除や洗濯もできるようになりたいです。そしてお父さんみたいなカッコいい旦那さんと結婚して、お母さんみたいな優しい奥さんになりたいです。終わり」


 そう言って紅葉はペコッと頭を下げ、着席する。同時に教室中が拍手の音に包まれ、彼女は照れくさそうに笑いながら、俺達の方をチラッと見た。俺も精一杯拍手を送る。葉子を見る。彼女は少し涙ぐんでいるようにも見えた。

 

 

 明かりの点いた部屋。テレビからバラエティ番組の騒がしい音。

 俺は頭をぼーっとさせたまま、ゆっくり身体を起こした。先ほどまでの客人が座っていたクッションに、木で出来た小さなテーブル。そして壁には額縁に入った水彩画。見慣れた、我が家のリビングであった。

 夢か……。そうだよな。

 紅葉はもう十六歳なのだということを、ようやく思い出す。


「お目覚め?」


 突然、ソファから声がした。ビックリして、慌ててそちらの方を見る。そこには高校の制服姿のままの紅葉が、足を組み、座っていた。片手にマグカップを持っている。


「あ、ああ。なんだ紅葉か。帰ってたのか?」


「うん」

 

 返事をしてマグカップを口元に寄せる。茶色に染められた髪がふわっと揺れた。「誰か来てたの?」


「え?」


 思わず声が裏返りそうになった。「ど、どうしてだ?」


「そこ」


 紅葉はそう言いながら床のクッションを指した。「そんなのお客さんが来た時ぐらいしか出さないじゃん?」


「ああ……」


 ホッと一息吐く。「ちょっと仕事先の人でさ。せっかく有休取ったのについてないな」


「ふーん」


「そんなことより、紅葉」


 急いで話題を変える。「お前、そんな短いスカート履いて足なんか組むなよ。悪い男が寄ってくるぞ」


「はいはい」


 不貞腐れながら、足を下ろす。「お父さんって若いくせに、そうゆうところお堅いよねー。そんなんじゃ早死にしちゃうよ?」


「なっ!」


「それよりもほら……早く飲まないと冷めちゃう」


 そう言って彼女はテーブルを見た。彼女の視線を追う。そこには柔らかい湯気を立てるマグカップが、ポツンと置かれていた。マグカップの中を覗く。

 これは……。


「ホットミルクか。珍しいな」


 珍しいな、というのは彼女が俺にホットミルクを作ってくれたのが、という意味である。


「急に飲みたくなったから、ついでにね」


 そしてまた彼女がマグカップに口をつける。彼女が飲んでいるのもホットミルクなのであろう。


 どれどれ、と俺もホットミルクを啜ってみた。


「うん、美味いじゃないか」


「そうでしょ」


 彼女は微笑みながら言った。「私が作ったんだもん。美味しいに決まってるじゃん」


 そんな彼女を無視して二口目、三口目、とミルクを味わう。

 確かに美味い……。しかし、何かが足りない。

 そう……。


「でも、まだまだだな」


 俺は意識的に不敵な笑みを浮かべながら、首を振った。「俺の作るホットミルクにはかなわない」


「え?」


 紅葉が目を丸めた。そして眉をひそめる。「そんなもん、誰が作っても同じじゃん」


「いや、俺のは甘い……。もっと甘い!」


「甘い?」


 納得がいかない様子である。「砂糖増やせばいいんじゃないの?」


「そんなんじゃないんだよな」


「はいはい」


 彼女は呆れたように唇をとがらせると、また一口ミルクを啜り、そして皮肉めいた口調で言った。「分かった、分かった。お父さんみたいに甘いホットミルクを作れるように頑張りますよ」


 その言葉に満足した俺は、壁の水彩画に目を向ける。屈託のない笑顔をした、俺と葉子が並んでいる。そして中心には紅葉の姿もあった。


「お母さんが帰ってきたら、判定してもらおっと」


 まだ何かブツブツと言っているが、気にしない。

 


 彼女の幸せが、俺の幸せだということにずっと前から気づき始めていた。

 絵の中の紅葉は笑っている。しかし、ややぎこちない笑顔にも見える。彼女がどんな気持ちでこの絵を書いたのかは分からない。

 ただ俺は、これから紅葉が本当の笑顔になるまで、ずっと見守ろうと思う。

 そう、葉子と共に。

 

 水彩画の題名は『家族』


 悩んだり、

 苦しんだり、

 泣いたりしながら、その先にある幸せを掴むことを許された

 一つの家族の姿だった。




 奇跡の子    <完>



『奇跡の子』楽しんでいただけましたでしょうか?

来年より新連載を開始します。

次は本領のコメディ分野にチャレンジしてみようかな?

感想、お待ちしております。夏のラジオでしたー。


※追記


やるはずだったコメディの新連載は作者ブログの方でやることにしました><

『それなら私があいどる』

http://blog.livedoor.jp/natsunoradio/archives/51186531.html

興味があれば覗いてみてください♪



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