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神名シリーズ

I was born...

作者: 左松直老

 他サイトにも重複投稿しています。


 憂いの姫に、君の騎士が忠誠を。そして、私が生まれる――   少女が巻き込まれる、魔法のお話。

 ※後日譚として『noblesse・oblige...』があります。

 上を見れば闇、下を見れば光。

 昔、わたしが生まれる前、ずっとずっと昔。夜の空は明るかったのだと聞く。

 でも今は地上の方が明るいから、夜の空は人間に負けた。

 そして今、わたしは人間の片棒を担いで、手元に光を灯す。

 顔くらいしか照らせない、ケイタイの画面。

 ママにメールを打つ。

『今、かえります。』

 座っていたコンクリートの塊から、勢いよく飛び出す。

 地上、たぶん四百八十メートルくらい。郡立するコンクリートの石柱から、地面へ。

 地面の、コンクリートへ、わたしは衝突した。




「おはよう、エリザ」

「ん、おはようカナコ」

 ねむい。

 いつもは教室で会うカナコと、今日は下駄箱で会う。

 年頃の女子高生にしてはスカートの丈が健全すぎるほどに長めのカナコは、不思議そうにわたしを指して言った。

「どうしたの? それ」

「え、あ……」

 わたしのスカートの裾に見え隠れする右足膝少し上、太ももの青いアザ。

 起きてから眠たいまま支度をしたから、気が付かなかった……のだと思う。

 少しだけ、少しだけたくし上げて全容を把握しようと思ったのだけれど……

「おっ! な、なに公然でストリップしてんだよっ、ペチャ子っ!」

 くわっと大仰なアクションでタケヒトがわたしの行動にいちゃもんを付けてくる。

 百五十七センチの、どっからどうみても小学生。

「してない。うるさいのよ、あんた」

「んだと、このババズレがっ」

 一応同じ高校の制服を着ているが、この通り精神年齢小学生、見た目も小学生のタケヒト。

 たぶん、『アバズレ』とでも罵倒語をわたしに言おうと思ったのだろうけれど、なんか違う事言った。

「ぱんつ見せびらかそうとした女がウルセーとか、マジ笑っちゃうんだけど」

「見えません、ほら」

 ひらっとスカートを持ち上げる。

 中にちゃんと学校指定の、ジャージの短パンを穿いている。

 もちろん、今日に限って穿き忘れているなんていう事もない。自分でめくる前に手で触って確認もした。

 短パンの裾を少し折って、スカートがちょっとめくれた程度では見えないようにも気をつけている。

「……い、色気もねー女とか、ぜってーモテねぇし」

 なんかよく分からない負け惜しみを言いながら小学生が廊下を走って逃げていく。

 はっはっは、どうだ。

 あの程度の小さい男、簡単にあしらえるのですよ。わたしの様な大人の女には。

「エリザ、エリザ」

「どうしたの、カナコ?」

「スカート、下ろした方が」

「……」

 大笑いしながら、廊下を逃げる小学生を見送っている間。

 ずっとわたしはスカートめくりあげていた……




「恥ずかしい、死にたい」

「……だ、大丈夫だよ。パンツじゃないし」

「うん、カナコ。それは慰めにならないよ」

「そ、そうなの?」

 ホームルームが始まる前、カナコとおしゃべりをしていたが席についてすこしすると、友達から『朝からやるね』『さすがエリザね』と笑いながら話しかけられた。

 ああ、もうお嫁に行けないかも。

 ごめんなさい、パパ、ママ。




「痛いの?」

「ううん、痛くないけど。変、な感じかな……」

 体育の授業が終わり、教室で着替えているとやはりアザが気になった。

 こんなアザが太ももに残っているとスカートが穿きたくなくなる。

 このままずっと残ったらイヤだ。

 部活でも、陸上短距離のタイムが目に見えて悪くなってきていた。

 ここ最近ずっとそうだ。足に疲労が溜まってこうなったのだろうか。

「病院に行った方が良いんじゃないかな」

「そうだね、大会までに良くなるといいな」




「悪性骨形成性腫瘍。一般的に骨肉腫と呼ばれる…… ガンです」

「――」

 頭が真っ白になる。

 こういう体験はあれだ、もっとおばさんになってからするものだと思っていた。

 それは一緒に説明を受けていたママも一緒で、一人娘が突然ガンになったなんて言われたらそれはもう気が気じゃないだろう。

 そして当人のわたしはもうわけがわからない。

 ガンっ? 良くドラマで「余命何ヶ月……」とか言っちゃうアレだ。

 わたしにはそんな程度の知識しかない。

 そうなるとわたしの余命ってどれくらいなのよ。

 スカートまくり上げて恥ずかしいから死にたいとか、あんなのウソです。

 ウソなのですよカミサマ、わたしは死にたくありません。

 やりたいこともあるし、陸上の大会に向けて頑張っていたのに……

「がんと言っても比較的五年生存率の高いガンなので、化学療法。投薬や放射線療法と、外科手術を併用して治療を行えば治る病気です」

 死ぬ可能性が無いわけではないが、一応ちゃんと治療すれば治せるらしい……

 だけれども、

「お嬢さんの場合、膝上に比較的大きな腫瘍があるようなので運動機能に影響が出るでしょうが、リハビリで――」

 あんた今、何言った。

 いや、そうか。わたしの考え方がおかしいんだ。

 治るなんて簡単に言われたから、簡単に『すぐ治る』ものだなんて都合の良いように取った。

 投薬治療も、抗ガン剤だ。髪の抜け落ちるっていうアレ。

 外科手術だって、跡が残るかも知れない。

 リハビリしなきゃいけないって事は、大会だって……

「考えさせてください」

「エリザ?」

「考え…… させてください」




 考えただけで、病気が治るとは思っていない。

 当たり前だ、私よりもっと悪い病気の人たちがいて、私よりもっともっと色々考えただろうけれど、それでも病気は待ってくれない。

 待ってくれないどころか、今の私の右足も、徐々に酷くなっている事だろう。

 昨日、大きな病院で骨肉腫だと言われた。

 けれど今、私はいつも通りに学校に、教室にいた。

「エリザ、どうだった?」

「うん、ちょっと内出血起こしているだけだって。跡ものこらないだろうって」

「そう、早く治るといいね」

 大切な友達に嘘をついてまで、ここにいた。




 わたしの髪は肩の辺りまで長さがある。

 カナコはもっと長くて綺麗で、肩胛骨まである。

 手入れが大変だからわたしは髪を伸ばしていなかった。

 あと、走るときに邪魔だから長すぎるのはダメ。

 シャワーを浴びながら、髪の毛から落ちるお湯の粒を見つめる。

 お風呂の電気できらきらと光って足下に落ちる。

 治療を始めたら、抗ガン剤の副作用で髪の毛も抜け落ちる。

 少しだけ、少しだけ黒よりも色素の薄い、わたしの髪の毛。

 おじいちゃんが外国人なのだ。

 わたしの名前がエリザなのも、おじいちゃんが決めたから。

 四分の一だけヨーロッパ。あとはアジア。

 どこからどうみてもアジア人のわたしに、エリザなんて名付けたおじいちゃん。

 そのおじいちゃんからの、贈り物。




 骨肉腫宣告から二日目。

 わたしはやらかした。学校をサボったのだ。

 高校生が学校をサボるのはある意味で健全だという。

 言ったのがタケヒトだったのを思い出したら、気分が悪くなったけど。

 わたしは当て付けにスカートを買った。凄く短くて、パンツが見えそうなヤツ。

 明日、カナコに穿かせてやろう。あの子は美人だ。

 そんな美人が「はずかしい」と言ってカワイイ服を着ないのは、引っ込み思案で恥ずかしがり屋が過ぎるから。

 学校の制服でも他の子達より地味に見えるような着方しかしないし、私服も丈の長いスカートとか、地味なワンピースばかりで美人がもったいない。

 わたしより胸が……あるのだから、もう少しお洒落したってカナコにはバチは当たらない。

 そんなこんなで、超ミニのスカートに合わせる為に、キワドイパンツを探そうとお店にはいると。

 アレが目に入った。




 女性用の衣料品店に、背の高い、コートを着たおじさんが居る。

 もちろん、わたしはパンツを買いにこの店を選んだ。

 カワイイのから、エロいヤツまで。

 そんな衣装が揃ったお店に、緑がかったコートを着たおじさんが居て、物色しているのである。

 一瞬見ただけで、わたしは思った。

「へ、変質者っ!」

 ちなみに声を上げたのはわたしじゃあない。

 わたしより後に入ってきたお客さん。もちろん女性です。

「む。どこにおる、変質者っ!」

 店にいた女性客全員で、「アンタ、アンタッ」って一斉に指をさす。

 もちろんその時はわたしも便乗した。

 そのおっさんは眉間に皺を寄せながら、いちごの柄ぱんつを両横に引っ張っていたのだから、どう見ても変質者です。

「し、失礼な。私は許可を得たぞ」

 お客さん全員、もちろんわたしも、店員のお姉さんを見る。

 すると店員のお姉さん達は苦笑いで肯定していた。うそでしょ……

 なんか、お店にいたお客さん達全員、もちろんわたしも、いたたまれない気持ちになった。

 なんというか、勢いとノリで買いに来ただけだったので、こうなってしまっては買おうという意欲がなくなったのだ。

 変なおじさんの居る女性向け衣料品店なんて居たくない。

 店を出ようと、扉に手をかけたとき、

「そこなお嬢さん、良い体ですな」

「ひぃっ!」

 変なおっさん、こっちきたっ!




 今、わたしは両腕を横に広げ、まっすぐ立っている。


 全身、白タイツで。


「ううぅ……」

 正直つらい。見ため的にも、精神的にも、筋肉的にも。

「後一分」

「ふぅぅぅ~っ!」

 ただ立ったまま両腕を真横に伸ばして二十分維持しろと言われた。


 どうしてこうなったのか、それはあのお店を出た後から始まる。




「こっちこないでっ! 何、なんなの、え、えっ!」

 ミニスカートを買ったお店で貰った、手提げの紙袋を振り回しておっさんを威嚇する。

「あいや、お嬢さん体のことでお悩みではないか。主にその右足――」

 すっと指さされたのは骨肉腫と診断された右足。ちなみに紙袋振り回しすぎて手からすっぽ抜け、おっさんの顔面に当たった。

「うわっ! ご、ごめんなさい……」

「こちらこそ、急に話しかけてすまん」

 そう言いながらぶつけた紙袋をそっと返してくれた。

「おそらく変異腫瘍だと推察するのだが……」

「え、なんで……」

 病院のお医者さんですらレントゲンの写真を四人で確認して見つけたのに、レントゲンの写真も見ないで、どうして解るのか。

「左右のバランスが悪かったのと、右足を無意識に労るような歩き方。更に気脈の滞りがあったからな」

「きみゃく?」

「人間に流れる、気の巡りだ。一部には魔力も流れる人間がいるがな」

「ほわぁ?」

 意味不明、このおっさん、頭大丈夫だろうか?

「そうだな、お嬢さん達の言い方では。私は魔法使いだろう」

 いよいよ大丈夫か、このおっさん。

「だったら、わたしの病気も魔法で治せるんですか?」

 全く、付き合っていられないからさっさと逃げよう。

 その為にあしらおうと無理難題、無理無謀を言ったつもりだったのだけれど。

「無論、そのつもりで声をかけた」

「うそぉ……」


 わたしの知っている魔法使いは、ドレスを着せてカボチャの馬車でお城に連れて行ってくれたり、お菓子のおうちで待ちかまえる恐ろしい魔女だったり、ゲームに出てくる回復と攻撃の出来る魔法使いだ。

 決して、変質者ではない。

「血を少々頂きたい」

「えぇっ!」

 このおじさんの家について行ったわたしもわたしなのだけれど、着いてすぐティッシュと、アルコールウェットティッシュで拭いた縫い針を渡された。

「指先を刺し、少々ティッシュに血を付けてくれ」

「え、えっと……」

 必要なモノだ。と一言だけ付け加えるように言って奥の部屋へ行ってしまった。

 案内されたおじさんの家は、正直、怖かった。

 何かされるんじゃあないかと言うより、『何か出そう』と言った感じ。

 大きくて立派なのに、誰も他に住んでいない様な、灰色の寂れたマンション。

 七階の一室。

 マンションの外観と違って、内装はふんだんに木製。

 家具も凄く高そうな椅子や机で、大きな棚には作りかけの人形が置かれている。

 真っ白な陶器製の人形で、眼もなければ腕や足、胴体が離れていて、さながらバラバラ殺人事件現場。

 奥の部屋の方からガタガタとこちらへ戻ってきそうな気配がしたので、思い切って指を刺す。

「痛っ」

 すぐにティッシュで押さえる。裏までじわっとわたしの血が広がる。

「それを」

 手を出して受け取ろうという事か、気が付かないうちにわたしの傍にいたおじさん。

 女の割に背が高いと良く言われる百六十七センチのわたしだけれど、おじさんはわたしより遙かに大きい。百九十センチくらいあるのではないか?

 血の付いたティッシュ手渡すと、おじさんは持ってきていた水を張った洗面器に入れる。

 すると洗面器の水がみるみる真っ赤になっていく。

「うわ……」

「お嬢さんの血を増やした」

「増やした?」

「少量の血を培養し、増やした」

 細菌とかなら培養して増やすっていうのは聞いたことがあった。

 けれど、人間の血って増やせるのかな?

 洗面器いっぱいになる赤。

 それがわたしの血だっていうのだから、見ていて気持ち悪くなってくる。

「どうするんですか、これ」

 問いかけるわたしの言葉を聞いているのか、いないのか。大きな紙を床に広げ始める。

 だいたい、畳二枚分の大きさの真っ白な紙。

 そこに、わたしの血を使って何か描き始めるおじさん。

 大きな円の中の縁ギリギリに文字のようなものを描いている。

 魔法使いが使う、魔法陣?

 まさかそんなもの、本当に描く人が居るっていう方がわたしには驚きだったのだけれど。

 さらに驚いたのはわたしと同じくらいの人形を奥の部屋から引っ張り出して、円の中心に置いたことだ。

 あやしい宗教の催し物と言われたら、たぶんその通りにしか見えない。

 仰向けに置かれた人形は、顔も無ければ性別も不明。

 ただ、陶器製の人っぽいモノだったけれど……

「レウガダレウガガルィ、ボンルクリゲセェダウィボンルクリゲガミ」

 解らなかった、言葉……だと言うこと以外は。

 たぶん英語じゃあないし、もちろん日本語でもない。

 その言葉らしき音が部屋に響くと、わたしの血で描かれた円が赤く濃く光り出した。

「え、ええぇっ!」

 ゆっくりと人形が溶けてゆく。どろどろのめちゃくちゃに。

 そして見ていられない事が起こる。

 骨が出来上がり、内臓や肉が付き、筋肉の繊維が結び合い、皮膚が形成されてゆく。

 みるみる内に「人間」になっていく。

 そして、魔法陣の上に、『わたし』がいた。

 いた、いたのだけど……

「ちょっ! ちょっと、裸っ! わたしの裸っ!」

 出来上がった『わたし』は裸だった。凄い、恥ずかしい。

 寝転がっているから見える、見える。

「み、見ないでください。ちょっと、なんですかコレっ!」

「なにって、まだ人形だが……」

 可哀想なものを見るような目で、裸の『わたし』を防御する「わたし」を見るおじさん。

 このままでは「わたし」が暴れそうだと思ったのか、奥の部屋からシーツの様なモノを持ってきてくれた。

 そそくさと『わたし』を覆い隠す「わたし」。

 ここまでで気が動転していた「わたし」は、今更になって気が付いた。

 ここに寝ころんでいる、動かない『わたし』は、どうやって出来上がったのか。

「魔法…… 使い?」

「そう、魔法使いだ」




 シーツにくるまれた裸の『わたし』がそこにいるのが少し恐ろしいが、おじさんがなにをしようとしているのか、詳しく聴く。

「単純に入れ替えるだけだ」

「入れ替えるって……」

「お嬢さんの体から記憶と魂をコレに移すのだ」

 コレと言ったのはここに寝転がっている『わたし』。おじさんはこの『わたし』を物の様に先ほどから扱っている。

「見ていたのなら解るだろうが、基本体構造は人間と全く同じだ。身体強度も申し分無い。しかし、問題もある」

 その言葉を聴きながら、「わたし」はぷにぷにと『わたし』の頬をつつく。

 同時に「わたし」の頬もつついてみるが、だいたい同じくらいの弾力。

「何処を見ても触ってもお嬢さんと全く同じだ。健康体であるか否かの違いはあるがな」

 確かに。ぴらっとおじさんに見えないようにめくって見てみたけれど、腰あたりにあるホクロの位置も一緒だ。

 まじまじと「わたし」は『わたし』を見つめる。毎日鏡で見る「わたし」と同じだ。

 起伏も。

「少しくらいサービスしてくれても――」

「全く、同じだ」

「……」

 さみしい。

「体構造は全く同じ。遺伝子情報から同じだ。当然、人間の医療機関での治療行為も受けられる。妊娠、出産も可能だ」

 おじさん的には事務的に言った言葉なのだろうけど、「わたし」としては気恥ずかしい。

「唯一の問題は『扱えるかどうか』だ」

「扱える?」

 ただ記憶と魂を移すだけで健康な体になれるのなら誰だって望む、だから「わたし」も当たり前のように魔法で何でも出来るのだから、ただ体を乗り換えるだけで健康になれるのだと思っていた。

「人間は乳幼児期、己の体を扱う為に試験運用をする。乳幼児が目新しいものを噛んだり、掴んだりするのはその『対象物』が安全か確認したり、知識として集積する為の動作であると同時。『噛む為の動作』が出来るかどうか、『掴む為の動作』が出来るかどうか。それらを無意識中に行っている」

 体を動かす為の練習、と言うことなのかな?

「脳の発育に合わせてそう言った事を適宜、無意識中に行うよう、人間の遺伝子にはすり込まれている。お嬢さんには初めて『呼吸』した記憶があるだろうか?」

 初めて呼吸……

 それってたぶん、ママから生まれてすぐに、って事?

「そんなの――」

「覚えていないだろう。お嬢さんが『初めて呼吸』したのは母親の羊水の中だ」

 そんな記憶ある訳ないし、そもそも『呼吸』って生まれた後にするんじゃないの?

「人間は常に凄まじい脳の演算能力の下、絶妙なバランスを取って生きている。それを一度消さなくてはならない。当然、移行にあたって心臓の鼓動や呼吸など生命活動系をすり込むことは可能だが。お嬢さん自身が得てきた『運動能力』に関しての問題がある」

 「わたし」が得てきた『運動能力』って、今まで練習してきた陸上の事とかそう言うことなのかな……

 難しくてよく分からなくなってきたけれど、解ることはある。

 このおじさん、本当に魔法使いなのだろうかと。

 科学者みたいな話もするから、全然魔法使いっぽく無いんですけど。

「このまま直接移すことも可能だが、そうすればお嬢さんは指一本も動かせないだろう。『今までの体』と『これからの体』の間には途方もない経験の差が生じるからな」

 じゃあ、この『わたし』に「わたし」が移っても大会なんて……

「そこでその経験の差を埋めて、すぐに活動出来るよう調整も出来るが――」

 すぐに?

 活動できる?

 一ヶ月後の大会に間に合うっ?

「やりますっ!」

 右手を目一杯あげて宣言してしまった。




「よし、終わって良い」

「あぁ…… 腕疲れた……」

 二十分、同じ体勢を維持し続けることがどれほど大変か、やってみれば解る。

 一日、二日でわたしの『運動能力』を全て把握することは難しいらしい。

 おじさんの所に四日通い詰めてこんな重労働をしている。じっとしているだけの重労働。

「喜ぶと良い、お嬢さん。これで全て終了だ」

 やっと、やっと終わったっ……

 でも、おじさん。教えてくれるなら終わる前に「後いくつ」って教えて欲しかったよ。

 途中で心が折れそうだったもの。

「コレまでの実測値をすり込むのには一日程要する。明日来たとき、アレはお嬢さんのモノだ」

 最後まで『わたし』を『アレ』と呼ぶおじさん。

 『わたし』に「わたし」が移ったら、おじさんは【わたし】をどう呼ぶのだろう。

 『わたし』が「わたし」を見つめている。




「ふぇぇぇっ!」

 右手の中で軽くはじけ飛んだシャープペン。

 持っていた箇所がバラバラに割れて砕けた。

 昨日、おじさんのところで「わたし」は『わたし』に移ったのだけれど……

 体は自由に動いた。あの骨肉腫で悩んでいた体から、わたしは解放された。

 おじさんの所から直接病院に乗り込んで、再検査までしてもらった。

 当然、右足は健康そのもので、担当のお医者さんはなんども目をこすっていたし、ママは誤診だ、心配して夜も眠れなかったと怒り出す始末で大変だった。

 でも、もっと大変な事が今になって解った。

「ど、どうしたのエリザ?」

「ふぇっ! な、なんでもないっ! ふ、古くなってたから壊れたのかなー、あはは」

 普段通り、学校に来て授業を受けていた。

 一箇所書き間違えたと気が付いた瞬間、それは起こったのだ。

 斜め後ろの席から立ち上がり、カナコが壊れたシャープペンの破片を拾い集めながら訊いてきた。

 近くに居た級友も片付けるのを手伝ってくれた。

 急いで私は壊れたシャープペンを拾い集めて、中断された授業を一秒でも早く再開して貰いたかった。

 ど、どうしよう。この体、動かし易すぎて逆に困るっ!




 部活に、陸上短距離を走ったときにもそれは起こった。

「……よんびょう」

「え?」

「……四秒零三」

「――」

 五十メートルじゃあない。百メートル。

 この体、さすがに……無いんじゃないかな?

「にん、げん?」

「す、すとっぷうぉっちが壊れてたのよ。貸して、貸して」

 べきゃ

「ほ、ほら。壊れてる」

「あ、本当だ。なんだぁ、びっくりした。あたし、この頃疲れてたから……」

 ごめんなさい、ストップウォッチ。みんなの部費。

 わたしはそれからすぐに部活を中断した。

 もちろん、あのおじさん魔法使いに文句を言いに。




「ちょっとっ!」

 どーんと、すごい音がした。わたしがおじさんの家の扉を開けたからだ。

 その…… 扉が開きすぎて壁にめり込んだけれど。

「まったく、威勢の良いお嬢さんだ」

「まったく、じゃないですよっ! コレ、どういう事ですかっ!」

「コレも何も。一日、日を跨いで来たと思ったら主語が不明瞭だ」

 すっとわたしが開けた扉を指さす。コンクリートの壁にめり込んだ鉄の扉。

 これが主語ですよ、おじさん。

「ふむ、加減が出来ていないのだろうな」

「そう言う問題っ!?」

 うん、実際そう言う問題でした。

 この体、実はほぼ全て「わたし」から出来ている。

 構造だけじゃなくて、血も肉も全てが「わたし」。

 もちろんおじいちゃん譲りの色素の薄い髪の毛も「わたし」のままだし、『わたし』の体は既に存在しない。

 上書きしたのだ。ここに裸で寝ていた『わたし』に「わたし」の体を上書きした。

 どう足掻いても人間は『体』から『分離』することができないらしい。

 脳みそを取って他の体に上手く入れても絶対に機能しないと言う。

 おじさんは、「わたし」の『同位体』とかいうモノを作って、存在を上書きした……らしく、『同位体』というのはその『わたし』だった。

 魂と記憶を、『同位体』である『わたし』に上書きしたのだが……

 おじさんの家で出されたコーヒーを啜りながら、話を聴く。

「親和性が高すぎたのかも知れんな」

「しんわせい?」

 コーヒー、にがい。お砂糖とミルクが欲しい。

「相性が良すぎた。と言うことだ」

 自分の体なのだから、相性が良いのは当然だと思うのだけれど……

「人間は無意識のうちに力を抑える。男女問わず、人間は車程度なら持ち上げるだけの力が潜在的に存在する。しかし、常に最高の力を出し続けると骨格や筋繊維、皮膚が保たない。故に無意識中に抑える」

「その無意識中に抑える力が、わたしは働いていないって事なの?」

「相性が良いと言ったろうに。逆だ、正しく無意識中に力を抑えてしまい過ぎている」

 それだと、ちゃんといつも通り動くはずで、力加減も元通りに……

「その体は。摩擦熱を無視した場合、大気圏外から地上に落下しても問題ない」

「は?」

 たいきけんがい? らっか?

「その体は、今現在。人間の中で最も丈夫と言っても過言ではない程の、耐久性を備えている」

「ど、どういうことですか。何がなんだかわからないんですけれど」


 おじさんの話をもっと簡単に。

 普通の人間は最大「十」の力が出る。耐久性は「四」とか「三」くらい。

 だから常に「十」の力で生きていると人間の体は壊れてしまう。丈夫じゃないから。

 そして、わたしが手に入れたこの体、「十」程度の力では壊れない程丈夫だから、「十」くらいの全力が出てもオーケーだと。

 わたしの無意識が判断したらしい。


 たぶん今のわたしの耐久性「百」とか「千」くらい……


「も、元の力くらいに戻らないんですか?」

「意識的に力を抑える。もしくは出せる力の上限をすり込む事でなんとか……」

「戻せるんですねっ」

「戻せるが……」

 何か、歯切れが悪い。

「もう一人、手伝いが要るのだが――」

「誰ですか、誰でも良いんですか? 友達連れてきますよっ!」

「いや、私と同じ。魔法使いだ」

 元に戻れるなら誰でも良いから、早く直してっ!

 パリーンと、分厚いマグカップが手の中で弾けた。




「それで、誰なんですか。もう一人の魔法使いってっ!」

 ぶんぶんとわたしは両腕を振っておじさんに問いかける。

 もちろん可愛い子ぶろうとか、テンパってしたことではない。

「落ち着けっ! 壊れる、壊れるっ!」

 振り回す腕の近くには高そうな家具、家具の上に乗った作りかけの人形。

 わたしの足下には、気分を損ねたマグカップの破片が散らばっている。

 良い感じに焦るおじさん。絶対元に……ガンじゃない頃の、健康な元のわたしに戻してもらうんだから。

「しかしな、しかしだ。アレに借りを作るわけには――」

「じゃあわたしがコレ借りますよ」

 近くの棚にあった完成しているように見える、手のひら大の、小さな人形をわたしは手に取った。

 白熱球のオレンジ色に当てられた、淡く白銀に輝く長い髪の、『小さなお姫様』。

 きっとこの子には、そんな言葉が似合うと思う。

 閉じられた目は憂いを帯びた表情と共に、わたしには無い、妖艶さがある。

 子供の頃に遊んだお人形とは比べものにならない。

 家族や友達、彼氏のいる人形を集めたけれど、この子にはきっとその誰も居ない。

「――っ! それは――」

「どうするんですかっ!」

 もちろん、こんなに可愛らしい人形を壊すなんて、わたしには出来なかった。




「それでお嬢さん、お名前は。」

 黒縁眼鏡に、無地の黒いTシャツ、紺色のジーンズ、だけど足下は茶色の革靴。

 わたしとそれほど変らないか、少し歳上に見える男の人。

 だけれど声は見た目以上に低くて、遙かに年上の様な態度。

「え、エリザ。松下、エリザです」

 おじさんの家の玄関先でいきなりそう訊ねられて驚いたけれど、そんなわたしを無視した様に、この人は靴を脱いでおじさんの部屋に上がり込んだ。

「ここに呼ばれた理由を説明しろ。この娘の事と合わせて。」

 おじさんに会うなり、いきなりそう言い放った。

 おじさんとこの人とでは明らかに年齢差があるように見えるのだけれど、おじさんもこの人も、それが当たり前のように会話を始める。

「息抜きのつもりだったのだがな。どうもこのお嬢さんは私の作った体を上手く動かしすぎて困っているようでな」

 この、眼鏡の人に全てを話す。

 わたしとおじさんが出会ったところから、わたしの病気、ここでおじさんがした事と、わたしが新しい体に生まれ変わったことを。

 そのついでに。

「それを質に取られてしまってな……」

 おじさんは頭が痛いのか、左手で頭を押さえつつ右の手で、あのお姫様を指さした。

「仕上がったのか。」

「いや、引き渡しには稼働軸制御の再調整が必要だ。実験の失敗結果が許容範囲外でな」

 この話の内容からすると、もしかして眼鏡の人に頼まれたお人形なのかな。

 そうなるとおじさんに脅しを――頼みを聴いて貰うときにお姫様を手に取ったのは悪くない判断だったのかも知れない。

 わたしに壊されたら、眼鏡の人に謝らなければならないんだから。

 そして、ちょっと面白い。

 あんまり愛想のない人だけれど、こういうお人形をおじさんに注文しに来たなんて考えると、この眼鏡の人は結構カワイイ物好きなのかも知れないな、なんて――

「いいのか? その失敗結果を目の前に、そんな言を放って。」

 はいぃ?

「こうなってしまっては、致し方あるまい」




「どういう事か、全部説明してくださいっ!」

 わたしより大きなおじさんが、高級そうなカーペットの上で正座させられている。

 正座させたのはわたしと、

「確かに、説明不足は相互理解に繋がらない。」

 わたしと同じくらいの背丈の、黒縁眼鏡の人。

 しゅんと小さくなったおじさんが、おずおずと言葉を紡ぎ出す。

「……サージに。そこなオーデマ・サージに人形を一つ頼まれたのだが――」

「私の要求基準を満たす為に、稼働実験をした。」

「……。 それが、お嬢さんだ」

 頼まれた人形はそこに、すぐ傍の棚に置いてあるあのお姫様。

 この小さなお姫様を完成させる為に、わたしはこの体になったらしい。

 このお姫様のように美人で、それこそ陶器のような艶やかな体を手に入れたわけではないのだ。

 元の、元からここにあるわたしの体。

 ただ、女の子には不釣り合いな力の出る体。

 普通の人間には到底、できっこない事の出来る体。

「サージ、お嬢さんを助ける為だ」

「私はもう、騎士ではない」




「何故体構造の強化を優先させた? ここで要するのは順応的な体構造構成式ではないのか?」

「順応的に構成をすれば急速な変性を求めてしまう。故に最低でも常態は高次元的に術式構成を編まねばならん」

「順応的に構成する手段は取らなかったのか? 一万九千六百八十三次式構成からの――」

「それは既に失敗済みだ。代謝中に細胞密度低下を招いた。それよりも時幻術系統に感覚乱数式の系統が無かったか?」

「ふむ、それで呼んだか。確かに、シュツェリエルの特化だ。」

 ぼーっと眺めるしかない。おじさんと、サージと呼ばれた眼鏡の人は、大きなテーブルに大量の紙を敷いて、なにやらそれに大量に書き込み始めた。

 ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、アラビア数字、よく分からない文字みたいなもの。円、線、点、星のマーク、ハートマーク、スペード、剣の様なもの。

 二人でよく分からない事を早口で話しながら、すごい勢いでペンを動かす。

 魔法使いって、魔法の杖を振って不思議なことを起こすとか。

 円を描いたり、文字を書いたり。

 何か唱えたりすると不思議なことが起こるのだとばかり思っていた。

 すぐに治るんじゃないか、なんて思っていたけれど、二人とも一心不乱に書き物や論議をしている。

 おじさんはサージさんに借りを作るのはイヤだと言っていたけれど、この二人は案外仲が良いのではないかと思ってしまう。

 いや、きっと仲が良いのだ。

 じゃなきゃ――

「祖を賭して詫びろ」

「此方の台詞だ」

 二人とも、憎まれ口は叩かない。




 破かないようにそっとスニーカーを履く。

 この体で何かに触る度、常に気をつけて行動しなければならない。

 じゃないと、おじさんの家の、扉のようになってしまう。

「サージ、二十四時間毎だ」

「時間の感覚ならばデルシェリム、方より優れていると自負しているが。」

 サージさんがすごく高そうな木彫りの靴べらで革靴を履き、そう言いながらおじさんの家を出る。

 サージさんはおじさんに持たされた、大きな鞄に大量の紙を詰め込んで持ち帰るらしい。

 おじさんとサージさんの結論は、すぐにはわたしの体を治せないと言うことだった。

 わたしには為す術がない。

 確かに、自分で決めてこうなったし、なんの苦労もなく病気を治せると考えたわたしが悪いのだ。

 甘い話には罠がつきもの。

 そう言うことだ。

 

 誰も他に住んでいないようなマンションの共用通路に出る。

 サージさんはわたしより少し前を歩いて、言った。

「少なくとも一週間、最悪を考えればいわんや。 その間はエリザ、お嬢さん自身がその体を御することで秘匿するしかない。」

 わたしは男の子に、パパやおじいちゃん以外の男の人に、あまり名前を呼ばれないから、びっくりする。

「ぎょする?」

「その体を自身でコントロールするしかないと言うことだ。なるべくなら『最大限』その体の力を使うと良い。そうすれば加減の尺度になり得るからな。」

 最大限使うってどの程度だろう。

 百メートルを四秒で走るのは最大限じゃないのかな……

「ここから飛び降りてみると良い。」

「えぇ?」

「物は試しだ。」

 おじさんの家は七階。

 確か一階につき三メートルくらいの高さだった気がするから、ここはたぶん二十一メートルくらいかな……

 共用通路から見える下は広い駐車場だ。

 一台も車が駐まっていない、割れたアスファルトから草の生えている寂れた駐車場。

 こんな高いところから飛び降りたら骨折――だけじゃあ済まないかも知れない。

 頭から落ちたら大変だ、きっと脳挫傷を起こして命の危険が――

 体が浮いていた。

 ふと横を見ると右手に鞄を提げたサージさんが、軽々とわたしを掴んで持ち上げている。

 左腕一本で。

「ちょっとっ! なに――」

 してるんですかぁぁぁぁっ! とわたしは叫びながら、空中に放り投げられた。

 本当に、本当に落ちている。

 事故に遭ったとき、すべてがスローモーションに見えるって言うけれど、落下しているわたしも全てが遅く感じられた。

 落ちている事は解るけれど、何をすればいいのか解らない。

 仰向けに、夕焼けの空を見ながらわたしは落ちていく。

 共用通路の手摺から、サージさんが下を覗いているのが見えた。

 どーんと言う音と共に、わたしはアスファルトに衝突した。


「いった――くない?」

「これ程まで親和性が高ければ難儀するのは当然だろう。」

 サージさんが、わたしを放り投げた所から『飛び降りて』来たっ!

 でも、わたしが落とされた時と違って、衝撃も音もない。

 始め、落ちる速度は速かったけれど、着地寸前に減速して、音もなく地面に着いた感じ……

 右手に持った鞄も、何の変哲もなく一緒に降りてきた。

 この人も、やっぱり本物の魔法使いだ。

「身体強度が大幅に上がった事に、痛覚、感覚系が順応してしまっている。」

 尻餅をついた格好で、わたしはアスファルトの上にいた。

 サージさんは左手を伸ばし、わたしを引き起こしてくれる。

「この様に実験を、体感することを繰り返せば、自身で力の制御範囲が掴めるはずだ。」

「実験って……」

 この人、実験の為にわたしを投げ落としたのだ。

 魔法使いって、実験大好きなのかな……

 アスファルト。おしりの形にへこんでいたけれど、見ないことにした。




「……。 た、たのしい……」

 真夜中、少し日中より気温が下がっているから長袖の服を着ている。

 わたしは街中を走り回る。

 もちろん、人に見られたらわたしが困る。

 だから、人の居ないところを、家の屋根やビルの屋上を跳んで渡る。

 意外に普通のお宅の屋根は頑丈だ。

 地震の多い国だし、台風が多く通る島国だ。

 わたしが隣の家の屋根から跳び移ってもびくともしない。

 べこっ、と音がする屋根もあるけれど、それは猫のせいにしてわたしは逃げる。

 家の人が何事かと外を見ても、今のわたしなら、見つからずに逃げる自信がある。

 元々、運動に関しては自信がある。わたしと同じくらいの男子にだって負けない自信が。

 けれど、今はオリンピックの選手にだって負けることはないくらい、わたしの体は思い描くとおりに動いてくれる。


 試しに、自分の家の。わたしの部屋のベランダから屋根に飛びついてみた。


 結構簡単に昇ることが出来て、近所を見渡すことが出来た。


 それからちょっと……ちょっとだけ、調子に乗って隣の家の屋根へ跳んでみた。


 簡単に跳び移れた。


 じゃあ次は、じゃあ次は。


 そして今、わたしは地上四百八十メートルのコンクリートに腰掛けている。




「わたしもこの子みたいな人形、欲しいな」

「……」

「デルシェリム、作ってやると良い。」

 それはもう懲り懲りだと、おじさんは言う。

 おじさんの名前はデルシェリムって言うらしいけれど、

「デルシェリムさんって、名前ですか? 名字ですか?」

 訊いたことがなかった。魔法使いのおじさんの名前。

「シュライナー。シュライナー・デルシェリム。デルシェリムは家名。名字だな。」

 サージさんがそう教えてくれた。

 確かサージさんは、オーデマ・サージだから、サージは名字かな。

「名前も知らず、良く体を提供したな。」

 提供って……あげた訳じゃあないけれど。

 確かに。よく知らない人にどうしてついていった、わたし。

「大会に間に合うって、治してくれるって言うから、その……」

 結局、間に合わなかったし……

「現金なお嬢さんだ。」

 うっ。

「魔法使いの人たちって、酷い人ばっかりなんですね」

 ぶー垂れながら文句をいってやる。

 確かにわたしが悪いのだけれど、女の子を突然放り投げるような人に言われたくない。

「私は時計屋だ。」

 しれっと、サージさんは言う。

 じゃあ、酷い時計屋さんですねって、言い直す。




 わたしを直す為にサージさんの手を借りたデルシェリムさんは、このお姫様を「タダ」で譲ることになった。


 今は、わたしの手の中に、眠り姫。


 この子はサージさんに貰われていくけれど、サージさんは騎士じゃないと言っていた。


 だから、きっとこの子には素敵な王子様が必要だ。


「わたしは男の子の人形が良いです。この子みたいな」


 テーブルに両肘を付いて両手で顔を覆い隠し、うなだれるデルシェリムさん。


「私は、あの衣料店で高い買い物をしたようだ」


 いちご柄のぱんつ。七百八十円也。

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