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磔刑

 数メートルも進むと地下道の中は闇に閉ざされた。

 アニマはステッキに光を灯し、松明のように掲げた。

 地下道は複雑に入り組んでいて、分かれ道を何度か通り過ぎた。

 アニマの足取りに迷いは見られない。彼が正しければ、犯人に辿りつくまで、そう長くはかからなさそうだ。

 襲撃犯は巷を騒がせている連続殺人犯なのだろうか。

 シンには狙われる理由が思いつかない。ならば狙われたのはアニマなのだろうか。それもなんとなく違う気がしていた。

 ケートの地下に大規模な地下道が広がっている。その事実は一般には全く知られていない。観光都市という表の顔とは別の顔が隠されているかもしれない。

「何か聞こえない?」

 アニマは声を潜めて言った。

 耳をすませると、かすかに聞こえてくる。

 それは細心の注意を払わなければ聞き漏らしてしまいそうなほど小さな呻き声だった。苦痛の中に疑問と憎悪が入り混じり、ひたすら怨嗟を吐き出させているようだとシンは思った。

 奥のほうから生温い風が吹きこんでくる。明かりが漏れていた。どうやらそれなりの空間が広がっているようだ。

 アニマとシンはうなずき合って、通路から飛び出した。

 そこは小規模のホールだった。

 正面から良く目立つ岩肌に、裸に剥かれ黒い頭巾を被せられた男が手足に楔を打ち込まれ磔にされていた。脇の下の肉がこそぎ取られ、白い肋骨が見え隠れしている。両手から流れ出した赤黒い血液が体を伝い脇の下で混ざり合い、さらに大きな流れとなって、つま先からぽたぽたと落ちていく。地面には血だまりができていた。

 呻き声を上げ続けていたのは、磔にされた男だった。

 シンは生唾を飲み込んだ。

「誰に断りがあってここにいらしたのかな?」

 声に驚き振り向くと岩陰に溶け込むようにして男が座っていた。

 白いシャツの袖を捲り上げ、サスペンダーつきのズボンを履いている。男の服はまるで絵の具が飛び散ったように斑に染まっているが、よく見ればそれは赤黒く血液に違いなかった。

「どうだい? なかなか上手くできているだろ? 結構な自信作なんだ」

 男は立ち上がるといかにも軽い調子で磔にされた男を紹介した。その顔には少しばかりの愉悦が広がっているばかりで他の感情は読み取れない。口の端をわずかに上げているが、その目は冷静そのものだった。

「おや? 君は……」

 男は他の誰でもなくシンに向かって語りかけていた。まるで旧友に会ったかのように顔を綻ばせた。怖気が走る薄ら寒い笑顔だった。

「その顔を忘れているみたいだね。まぁそれもそうか。直接顔を合わせていた時間は短いし、僕のほうも印象に残らないように気をつけていたからね」

 男は自分一人で納得して楽しそうに笑っている。

 アニマの問いかけるような視線に、シンは首を振って答えた。

「街に来るときに会っただろう。僕は従者で君はお客だった。趣向を凝らした歓待から生き延びるとはね。予想外で嬉しいよ」

 シンの記憶と目の前の男が符号した。男は乗り合い馬車の御者だった。

 惨劇の場面がまざまざと脳裏に蘇った。

 禁忌の呪術。死体蘇生術ネクロマンシー。その使い手。

「アニマ、コイツはヤバイかもしれない」

「見ればわかるよ。どう見てもまともじゃない」

 アニマの言を受け、男は喉を鳴らして笑った。

「まともじゃない、ね。それを君みたいな人間から言われるなんてこちらとしても心外だ。半分男で半分女。いわゆる半陰陽。魔法のために全てを投げ捨てられる人間。それが君だろ? ああ、勘違いしないでくれたまえ。責めているわけではないんだ。僕と君は同類。そう言いたいだけさ。仲間には寛大なんだ、僕は」

 男はひと際大きな声を上げて笑った。

 その言動は意味不明を通り越して狂気を感じさせるものだった。

 アニマは白い能面のような顔をしている。波が引くように全ての感情が消えていた。

「アニマ?」

「……何でもない」

 明確な拒絶を前にシンは言葉を失った。

 アニマの様子は明らかにおかしかった。

 惨劇を前にして恐怖に居竦まれているのではない。男への怒りでもない。もっと別の黒い感情が臓腑でうずまいている。それが表に噴出する寸前でせき止められているように感じられた。

「どうやら痛いところをつかれたみたいだね。適当だったんだよ? 実を言うと」

 耳障りな声を上げて男はケタケタと笑う。

 その背後ではいまも磔にされた男が時折思い出したように呻き声を漏らしている。

 シンは無言で刀を抜いた。

 できるだけ早く目の前の不愉快な男を視界から排除したかった。

 アニマも臨戦態勢に移行している。

 それを見ているはずの男は、しかし狂ったように笑い続けていた。

「彼の秘密を知っている。知りたくはないかい?」

「それは……」

 男の指摘に息を飲んだ。

 シンはアニマに聞きたいことがあってケートを訪れた。図星を指されたようで気味が悪かった。

「シン、耳を貸したらダメだよ。アイツはデタラメを言ってペースを握ろうとしているだけで、たいした実力はないはず。簡単に結界を敗れたのがいい証拠だと思う」

「その通り。よくわかっているじゃないか。たしかに、たしかに。君と比べれば魔法のほうはからっきしさ。だけど、戦いとなれば勝つのは僕さ。君たち二人が束になったとしても僕には勝てない。試してみようか?」

 言い終えるやいなや、男の姿が揺らいだ。

 不規則なステップを刻みながら距離を詰めてくる。

 それは戦いに望むというよりは、むしろ舞踏会にでも出かけるような雰囲気に見えた。しかし、驚くほど俊敏な動きだ。

 反応できていないアニマの腹部に拳を叩き込み、折れた体の上から後頭部に蹴りを叩き込んだ。そのまま流れるように目標をシンへと変更する。恐ろしい速さで回し蹴りが飛んできた。狙いは正確無比にテンプル。見えていた。けれども、刀は鉛のように重く防御は間に合いそうにない。シンは咄嗟に刀を捨てた。片腕で頭部をガード。しかし衝撃が体を揺さぶる。

 シンは地面に転がされていた。脇腹に燃えるような痛みがうずくまっていた。

「弱い者いじめは嫌いなんだ。立たないでもらえるとありがたい」

 男はポケットから煙草を一本取り出した。それはまるで食後に一服するような何気ない動作だった。

「戦いに必要なのは魔法の技術ではないんだよね。どうやって人間を破壊するか。重要なのはそこさ。君の親はそのことを誰よりも熟知していた」

 男の独白が気にならないと言えば嘘になる。けれどもシンにはそんなことよりもアニマの容態のほうが心配だった。彼は地面に伏せたままぴくりとも動かない。

「うーん。少しやりすぎたかも。君たちに個人的な恨みはないんだけど」

「そこまでだ!」

 ホールの入り口に一人の男が立っていた。

 正義の化身のように思えた男は、しかし期待を裏切る姿かたちをしていた。

「これはこれは。保安官どのではないですか。ギャラリーは千客万来だ。恐悦至極」

「黙れ。そして子供たちから離れろ。二度は言わない」

 険しい顔で男を威嚇する。

 銃口を向けられても男はふざけた態度を改めようとしない。両手を挙げて無抵抗の意思は示しているが、挑発するように笑っている。

「降参します」

 男が開いた両の手のひらから球体が零れ落ちた。硬い地面に当たって砕け散る。もうもうと白い煙が噴出し、あっという間にホールを満たしていく。

「今日のところはこれで。後始末はよろしく」

 目を逸らした一瞬の隙をついて男はすでに視界から消え失せていた。

「一人で立ち上がれるか?」

「どうしてここに?」

「話はあとだ。俺たちは嵌められたらしい」

 目を覚まさないアニマを背中に抱え上げながらクリーンは言った。ちらりと磔にされた男を一瞥して舌打ちする。

「行くぞ」

「あの人をこのままにしてはいけない」

「それがやつの手だ。もうすぐここは人で溢れる。そして俺たちは重要参考人で容疑者だ。そうなればやつの思う壺だ」

 クリーンの言葉を裏づけるように通路のほうから何人もの足音が反響して近づいてきていた。

 シンは納得がいかなかった。だが思うように体が動かせない。ダメージは予想以上に深刻だ。それに形はどうあれクリーンは命の恩人だ。少なくとも敵ではないと思える。

 アニマをクリーン一人に任せて預けることもしたくなかった。

 シンには選択肢が残されていなかった。

 薄暗い地下道をクリーンの先導に従って抜けていく。

 当たり前の顔をして明かりを頼まれた。しかしできるはずが無い。シンがそう答えるとクリーンは短く舌打ちをした。そして自分で弱々しい明かりを灯してみせた。

「これだからガキのお守りは嫌いなんだ。余計なことに首を突っ込みたがるくせに、いざとなったら使えない」

「アニマなら」

「そうだな。魔法はコイツが、そしてそれを守るナイトの役目はお前が担えばいい。立派な考えだ。しかし実際はどうだ? 俺が現れなければ二人ともやられていた」

 男はクリーンの姿を認めた途端に姿をくらました。

 シンとアニマを手玉に取り、一瞬で勝負を決めた男は、クリーンの実力を高く評価している。そのことを如実に示していた。

「魔術も廃れる一方だな」

 クリーンは吐き捨てた。

 何も言い返せなかった。

 隠しているが、おそらく彼は魔法にも精通しているのだ。夜のカード勝負でもその片鱗を見せていた。

「どうやら俺の買いかぶりだったらしい」

 それを最後にクリーンは口を閉ざした。

 沈黙が重い。

 クリーンは迷路のような地下道をすたすたと進む。まるで歩き慣れた散歩道のようだ。

 アニマはクリーンの背中で気を失ったまま目を覚まさない。シンは後悔で押しつぶされそうだった。

「言い過ぎた。悪かったよ。お前たちのせいじゃない。俺にも落ち度はあった。リスクを甘く見積もりすぎていた」

 クリーンの慰めはシンの心を晴らしはしなかった。

 彼の信頼に応えられるようになりたい。そう強く思った。

「教えてくれ。強くなるにはどうしたらいい?」

 クリーンは肩越しにちらりと見てため息をついた。

「首を突っ込むな。そう言ったよな? 俺はガキのお守りをするつもりは無い。教師が欲しいなら他を当たれ。凡才は嫌いなんだ。それに時間切れだ」

 あごで示されたほうを見ると、隙間から明かりが差し込んできていた。

 枯れ木とぼろ布で雑にカモフラージュされた出口を抜けた。

 そこはスラムだった。

 孤児院からそれほど離れていない。

「あとは好きにしろ」

 クリーンはアニマを地面に横たえると、用は済んだとばかりに姿を消した。


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