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深夜の訪問者

 照明を落としてベッドで休んでいたシンは不審な物音に目を覚ました。

 何かを探すような、それでいて夜の静寂を破らないように細心の注意を払っているかのような僅かな振動が窓から伝わってくる。

 ただの風の悪戯かもしれない。

 そう思って寝直そうとしたシンだったが、つい先ほどクリーンから聞かされたばかりの噂話が頭を過ぎった。一度気になりだすと気になってしかたない。眠気は吹き飛んでしまった。好奇心に降伏する形で窓のそばに忍び寄る。明かりはつけない。音の発生源は下の通りで間違いなさそうだ。

 壁に背中を預けて慎重に左手を窓に押し当てた。無音でぎりぎり見えるだけの隙間を開けるのが理想的だ。息を潜めて少しずつ力をこめていく。窓は釘打ちされたかのように動かない。力加減が微妙に難しい。じんわりと手のひらに汗がにじむ。シンは一呼吸置くことにした。まだ事件に出くわしたと決まったわけではない。そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。

 冷静に考えると、幸いにしてシンの泊まっている部屋は二階で比較的安全が確保されている。

 わざわざ窓に近づいて、外を窺うようなことをしなければ、何事も無く朝日を拝めるはずだ。しかし、それで凶事を見逃したとあってはいかにも目覚めが悪い。

 シンは勢いをつけて一気に窓を押し開けた。

「ひっ!」

 可愛らしい悲鳴が上がった。シンもつられそうになったが、寸前で飲み込んだ。

 よく見知った顔だったからだ。長い銀髪をはためかせて彼は宙に浮かんでいた。正確に言うと少し違うのかもしれない。彼は白いステッキに横座りしていた。

「急に開けるからびっくりしちゃったよー。入れてもらってもいい?」

 あっけにとられているシンの横を素通りして、彼は部屋の中に入った。つつがなく窓を閉めると、ステッキを折りたたんでどこかに消し去った。

「うん。アニマだよ。驚いたでしょ。ドッキリせーこー」

 けらけらと笑うのは、酒場で別れたはずのアニマだった。

 我が物顔で部屋に明かりをともすと、三角帽子を脱いで放り投げた。それはくるくる回りながら部屋の隅の帽子掛けに収まった。

「どうしてココが? それはこうなのです」

 アニマは長い髪を一本引き抜いて、指で摘まむと「シン!」と唱えた。

 すると垂れていた髪の毛がまっすぐにシンの方を示した。そしてまたけらけらと笑った。

「どうしてココに? それは無一文に引っぺがされたからでーす!」

 アニマは楽しそうにくるくると踊り、調子はずれの鼻歌まで歌い始めた。かすかに顔が赤い。

「お前、まさか飲んできたのか?」

「そーだよー。酔っ払っちゃってるんだよー。クリーンったら酷いんだよー。結局一度も勝たせてくれないの。綺麗さっぱり、有り金を巻き上げるからクリーンだ! なんてドヤ顔で言うやつだったさー。お酒は奢ってくれたけどー」

 見通しが甘かった。何もかもが甘かった。頭痛がしてきた。

 そんなシンを尻目にアニマはいそいそと服を脱ぎ始めた。

 背中を晒されてシンは反射的に後ろを向いた。美しすぎるくらい白い背中だった。腰のラインが妙に艶かしかった。あくまで少年らしさを失ってはいない肉づきの薄い肢体だ。それなのになぜか心臓が高鳴っていた。

「だから泊めてね」

「ちょっ。なに言ってんだ。ダメに決まってるだろ!」

 シンが慌てて振り向くと、アニマは既にベッドに潜り込んでちょこんと顔だけを出していた。

「どして? カムカム。いいじゃん。男同士なんだから」

 アニマは不思議そうな顔をしてぽんぽんとベッドを叩いてみせた。

 その姿がどこからどう見ても男には見えないのが大問題だった。

 アニマがそのことを十二分にわかっていてやっているようには見えないのがまた問題だ。

 意識しすぎている自分がまるで馬鹿みたいだとシンは思った。

 覚悟を決めてベッドに歩み寄るが、乗り込むのにやはり躊躇する。アニマに小首を傾げられて顔が火照ってくる。

「えい!」

 突然掛け声とともにベッドに引きずり込まれた。

「シンは気にしすぎだよ」

 彼の無邪気な笑顔を見ていると、不思議とそんな気がしてきた。シンは体を寄せた。

「でも、ボクが男だったらシンは添い寝してくれなかっただろうし、女でもやっぱり無理だっただろうね」

 シンは頭が痛くなって眉間を指で押さえた。完全にペースを握られて怒る気にもなれなかった。「おやすみ」と一言告げて眠ることにした。

「ありがと。泊まるところ見つからなくて本当に困ってたんだ」

 アニマはそれだけ言って寝返りを打った。背中越しに体温が伝わってくる。

 誰かと隣り合わせになって眠りにつくのはいつ以来だろうか。

 シンは思い出せなかったが、意外と悪くない心地がしてすぐに眠りに落ちてしまうのだった。


「なんでだよっ! おろせないっておかしいじゃないか!」

「そうおっしゃられましても……」

 アニマに連れられてやってきたのは銀行のロビー。

 自信満々でブラックカードを振りかざしていたが、あえなく撃沈していた。

 歯を剥いて叫ぶアニマに迫られて、老紳士はたじたじになっている。

「まだまだ残高は残ってるはずだよ」

「確かにアニマ様のおっしゃる通りです。ですが……」

 老紳士は言葉を切って思案顔。宙を眺めて、答えを探しあぐねているように見える。

 シンは薄々気づいていたが、いまになってほぼ確信したことがある。

 アニマの家は金持ちだ。

 疎開してきた別荘ですら目立って大きかったし、内装はどこもかしこも豪華絢爛。

 調度品は子供の目にもわかるほど美しいものが揃えられていた。

 その日もアニマは引き続き一見変な格好をしていた。

 けれども、よくよく観察してみると、異様に仕立ての良い服を着ていることがわかる。

 シンのものとは材質からして異なっている。

 どこで売っているのか皆目見当がつかないし、その値打ちに至ってはいわずもがなだ。値札にはきっと見たこともないほどゼロの数が並んでいるに違いない。

 貧乏とは無縁の世界に生きている人間。そのオーラを纏っていた。

「何さ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれて構わないよ」

 拗ねたように言われてシンは自分に矛先が向けられたのかと一瞬錯覚した。

 アニマは老紳士のほうを睨みつけたままだ。

「私も意地悪で申しあげているのではないのです。ご当主のミレニア様が……」

「ばあちゃん? ばあちゃんがどうかしたの?」

「その……非常に申し上げにくいのですが、アニマ様にお金をお渡ししないように申しつけられております。昨日、直々にいらっしゃいました」

 老紳士の腰は変わらず低い。しかしはっきりと拒絶の意思を示していた。猛獣のように唸るアニマを前にしても全く怯んでいない。

「だって、もうすぐお祭りなんだよ。少しくらい遊んだっていいじゃない」

「それを私におっしゃられても困ります。ミレニア様に直談判されてはいかがでしょうか?」

 押し問答はそれで終了のようだった。

 アニマは唸り続けているが、老紳士は涼しい顔をしていた。

「あんの、クソババァーーーーーっ!」

 爆発した。

 爆心地は至近距離の特等席。その価値はプライスレス。譲れるものなら譲りたいが、あいにく半径二メートル以内にはシンと老紳士の二人しかいない。

「そんなにお金が必要なら、ひとつお仕事を紹介しましょうか」

 老紳士は渋々といった顔で手帳を取り出した。

「難しい仕事ではないのですけどね。近頃物騒でしょう? なかなか人が集まらなくて……どうです?」

「どうって……」

 助けを求めるような視線を送られてシンは困ってしまった。

 いかにもきな臭そうだ。本心では引き受けたくない。

 難しくない仕事にも関わらず人が集まらないと言うからには、きっと何かそれなりの理由があるに違いないのだ。

「話だけでも聞いてみたら? どうするかはそのあとで決めればいいだろ?」

 判断を保留することにした。

 それを肯定と受け止めたのか、老紳士は話を続ける。

「なに、本当に簡単なお仕事ですよ。『社会奉仕活動』みたいなものです」

「社会奉仕活動?」

「ええ。そうです。求人元も確かなところですし。『掃除』だそうです。お得ですね」

 シンには老紳士の笑顔が怪しさ満点に思えてならないが、アニマはどうやら乗り気らしい。地図をもらって、詳しい説明を受けている。

「シンも一緒にやろう! 凄くいい話だよ、これ」

 人を疑うことを知らない純真無垢な笑顔を見せられて期待を裏切れるほどシンは心が強くなかった。アニマは薔薇のように美しく、蝶のように可憐だった。

「あっ! この話、ばあちゃんには……」

「私は何も見ていませんし、興味もございません」

 老紳士はそう言って一礼すると離れていった。


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