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旅立ち

 シンはさっぱりと片づけられた部屋をもう一度だけ確認のために一回りした。

 床の上に残った布製のバックパック一つ。

 シンが宿へ戻ると、アニマが持ち込んだ私物は塵一つ残っていなかった。

 空から地上に降り立った直後、二人はなし崩し的に引き離された。

 アニマは街を救った英雄で、シンはあくまで一般人だった。アニマはミレニアを演じるのに忙しかった。だから仕方がない。納得はしている。

 容疑そのものは晴れたものの、クリーンは重要参考人としてスペンサーの手によって連行された。

 耀子の行方はわからない。

 レリックは混乱した街を日常へ引き戻すために奔走している。連絡はつかない。

 アニマがいなくなったと知るやいなや、宿の主人の態度は一変した。

 シンは一人だった。

 シンは旅人で部外者だった。何の後ろ盾もない子ども一人に構っていられるほど、ケートの街は優しくなかった。

 シンはバックパックを担ぎ上げると、密やかに宿を出た。

 空気が沈んでいた。数日前まで記念式典の準備に浮かれていた街と同じ街とは思えない。

 乾いた風に砂塵が舞い上がり、目に染みる。

 街のはずれを目指し、とぼとぼと歩いていく。

 特に行くあてなど無いが、これ以上ケートにはいられなかった。宿に泊まり続けるだけの手持ちも無いし、いる意味も無い。

 別れの挨拶もなしに街を出て行くことには若干の引け目を感じる。せめてアニマとはもう一度会って、きちんと挨拶をすませたかった。

十年前、自分の前から忽然と姿を消したアニマ。十年後の再会もまた突然だった。

 出会いと別れはいつだって突然で必然だ。時計の針が回り続けるように、決して待ってはくれない。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを見返している、とは誰の言葉だっただろうか。

 アニマは魔法の世界の住人だ。現実との彼岸で足踏みしていては、彼(女)とは一緒にいられない。

 追いかけよう。今のままでは振り向いてさえもらえない。アニマははるかな頂にいる。魔法の世界に飛び込むには遅すぎるかもしれない。それでも追いかけずにはいられない。

 だから、これは旅立ちだ。新たな門出だ。たった一人、人知れず街を出ていく。自然と足が速くなった。

 街外れまでやってきた。

 寂れた風景の中、白いワンピース姿の若い女が一人、木製の柵に腰掛けていた。幅の広い白帽子を目深に被っているせいで、顔は見えない。

シンには関係なかった。おそらく男と待ち合わせか何かだろう。見なかったことにして通り過ぎることにした。シンには立ち止まる時間すら惜しかった。

「お兄さん、少しお話していきませんか?」

 横から鈴を転がしたような可愛らしい声で呼び止められたが、シンは無視を決め込んだ。

 止まってしまうと未練に足を引きずられかねない。一刻も早く、ケートの街から離れたかった。

「ちょっとちょっとちょっと! 待ってくださいよ! ていうか、待て! 止まれ! こっちは何時間も前から!」

 離れるにつれ、声が大きく乱暴になっていく。けれどもシンは立ち止まらなかった。むしろ気持ち歩幅を広げた。

「もう怒った」

 背後で怒気が急速に膨れ上がるのを感じる。シンはついには走り出した。

 初対面の女に釣られて出立を遅らせるくらいなら、そもそも街を出ようとはしない。非人情だとは思うが、タイミングが悪かった。女もほどなく諦めてくれるだろう。何しろ面識が無いのだから。

「古の契約に則り、炎雷の魔術師が命じる」

「?」

 どこかで聞き覚えのある呪文の詠唱に足が鈍る。

 炎雷の魔術師。ケートの街を支配する女魔法使いの別名だ。

「吹き荒れろ。焦がし尽くせ」

 完璧に組み上げられた魔術は、中和はおろか干渉すら許さない。

 シンは身の危険を感じ、戦闘態勢に入るとともに、魔術の妨害を。

 ダメだ! 間に合わない!

 彼我の速度差には絶望的なまでの開きがある。干渉は片っ端から打ち消され、魔術は完成に近づいていく。 

「地獄の業火をその身に宿し、開闢の時を」

「アニマ!」

 術者の顔は帽子に隠れ、いまだ予断を許さないが、シンは確信を持ってその名を呼んだ。

「やっとこっち向いた」

 小さな太陽が両手の内に生まれ出でようとしていた。しかし、あっという間に霧散した。少女は構えを解くと、帽子を脱ぎ、白銀に輝く長い髪を晒した。

「黙って出て行くなんて水臭くない? それともあんまり女の子らしくしてたから気づかなかった?」

 帽子を持った両手を後ろに回し、照れくさそうに言う。

 涼しげな純白のワンピースは実に良くアニマに似合っていた。

 どうしてアニマがここにいるのか。どうして何時間も前から街はずれにいたのか。どうして、とびっきりのおしゃれをして、しかも女物の服を着て。どうして、どうして、どうして。

 疑問は次から次へと湧き上がってくるのに、何一つとして口から出てこない。ときおり吹きつける風に砂塵が舞い上がり、目元が霞む。

「あれ? シン、もしかして……」

「何でもねーよ。こっち見んな」

 急いで目元を拭う。無遠慮に入りこんだ砂が鬱陶しかった。

 アニマはしたり顔をしたまま、シンの準備が整うのを待っている。完全に女になったせいかどうかはわからないが、また可愛さが増したような気がする。

「女のボクにも慣れてもらわないと困るよ。これからしばらくは、ずっと一緒なんだから」

「ずっと一緒? なんで? 仕事は?」

 アニマの言った言葉の意味が現実感を伴って脳に浸透してこない。

 別れる決心をして、それこそ一大決心をして街を飛び出してきたのだ。一人で早合点して、先走って、あまりにも格好悪かった。

「仕事はクソババアに押しつけてきた。一緒にいる理由は、シンの魔術指導をするため。それがクソババアの提示した交換条件。不細工な魔法を乱用されたら、一族の名に傷がつく。形式的とは言え、シンはボクらの一門だから。だってさ」

 まるで用意された台本の台詞を読まされているような感じだ。何か裏があってもおかしくはない。おかしくはないが、シンはアニマになら騙されても良いと思ってしまっていた。体の内側から湧き上がる衝動を抑えられない。

「ひとまず東がいいかな。行ったことないし」

「どこでもいい! 俺たちの冒険はこれからだ!」



魔法使いの男の娘 「Living Dead」END


……to be continued.


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