幕間劇「魔女のお茶会」
「ふふっ。ふふふっ」
それまで終始無言、無表情を貫き通してきた魔女の薄い唇から嗤い声が零れ落ちた。目は手元の魔術書に注がれたままだが、確かに嗤っている。その笑みには、美しい少女の顔に似つかわしくない老獪さが滲み出ていた。
「嬉しそうですね」
耀子は冷め切った紅茶を一口だけ口に含んだ。香味が薄れ、苦みが強くなってきている。
「それほどでもないですよ。ふふっ」
魔女は魔術書をテーブルへ残し、重い腰を上げると、窓際に寄り、厚手のカーテンを開いた。
優しい色調の青白い光が室内へ差し込むのを見て、ようやく耀子も得心がいった。
「全ては貴女の読み通りですか」
「それはどうでしょうね。あの子たちに期待はしていましたけれど」
魔女は背を向け、表情を読ませない。あるいは正面を向いていたところで、耀子には魔女の心情など読めないのかもしれない。
「今回のこの事件。ただ一人、一方的に得をしている人間がいたことを知っていますか?」
魔女は答えない。
どれだけ街が悲惨な状況へ追い込まれても、ミレニアは一歩たりとも自分の屋敷から出ようとはしなかった。他の要人たちもおそらく無事のはずだ。
記念式典の中止は三日前には決定していたのだから。
「デッドに殺された教会の人間は魔法廃絶派の人間ばかり。現場寄りの人間や魔法推進派の人間は一人たりとも殺されていません。偶然ですか?」
「殺人鬼のやることにいちいち理由を求めるのは無意味だと思いませんこと?」
魔女は振り向かず、ただただ静かに窓の外を眺め続けている。
耀子は怒りを覚えていた。
魔女は知っていた。全てを把握していて、それでも、あえて放置していた。
「貴女なら止められたはずです!」
「止める? 私が、ですか? 蟄居を命じられて久しいのに。可笑しなことを」
魔女は嗤う。嗤い続ける。
彼女にとって街の人間がどうなろうと知ったことではないのだ。
ケートの街の実権は魔法使いの、すなわちミレニアの手に戻るだろう。
孤児院の閉鎖も取り止めになる。
自らの後継者の育成。デッドは相手として適任だったに違いない。強すぎず、弱すぎず。そうでなければ、大切な後継者を危険な殺人鬼と戦わせるはずが無い。
真理を探究する。
その結果として、街を、人を救うことはあるかもしれない。しかし、その逆は決して無い。そう言い切れる。
何故なら耀子も魔法使いだから。
「私に憤るのはお門違いですよ。あなたの国も一枚噛んでいたのですから。何も知らされていなかった。知るべき立場にいなかった。呪うべきはそんなあなたご自身のお立場ではなくて?」
異国の姫君という触れ込みがお飾りなら、魔女の監視という裏の役目もまた飾りに過ぎなかった。悔しいが魔女の言う通りだ。耀子には何もかもが足りていなかった。
「どこまでが」
「一つだけ教えて差し上げましょう」
魔女は振り向くと、妖艶に笑ってみせた。
「この街は私の街です。他の誰でもない。私の街なのです」
魔女は静かに嗤い続ける。
耀子はティーカップに僅かに残った紅茶をゆっくりと飲み干した。
香味が薄く、ひたすら苦い。その味を耀子は決して忘れないと固く心に誓った。




