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深まる謎

 シンは気合を入れ直した。パルマコは嘘をついているようには見えなかった。彼女を信じるなら、耀子の話とは齟齬が生じる。

 異国の姫君。

 心情的には味方でいて欲しいが、先入観は判断を鈍らせる。シンは願望をいったん封印し、いくつか仮説を立ててみることにした。


 仮説その一。

 耀子こそが黒幕。デッドは某国のスパイで国家転覆を企てている。彼女がアニマに接触を図ったのも、ミレニアとの関係を知ったうえでのことだった。

 

 仮説その二。

 ミレニアこそが黒幕。死者の書の正当な所有者。先の戦争ではネクロマンシーを巧みに操り、自国に勝利をもたらした。


 仮説その三。

 教会こそが黒幕。デッドは教会の工作員。魔法使いの評価を貶めるために、連続殺人事件を仕組んだ。いわゆるマッチポンプ。


 仮説その四。

 ミレニア、耀子、教会、デッド、全て裏で繋がっている。ケートの街は巨大な実験場。


 そこまで考えたところで、シンはふう、と一息ついた。

 仮説その一から三までなら手を結ぶ相手に気をつければ良い。だが、その四の場合は最悪だ。孤立無援。クリーンとともに絞首台に吊るされるのが関の山だ。

 魔法使いの後継者として、たとえそれ以上の感情を持ち合わせていなかったとしても、ミレニアがアニマを特別視していることに違いは無い。

 アニマこそが切り札だ。

 彼の生の声が聞きたかった。

「ただいまー」

 ちょうど都合よく本人が帰ってきた。さっそく声をかけようとしたところで、シンはその姿に面食らった。

 アニマはどういう風の吹き回しだろうか。真っ白なおろしたてのブラウスに紺色のロングスカートという格好で、ぱっと見は清楚なお嬢様のようだった。漂う気品は本物、ただし性別は偽物。だが、似合っている。シンはパルマコの来訪とその理由を知らせるのも忘れて見入ってしまった。

「明日からお祭りだからね。少し本気出してみました。どう、どう? 可愛い?」

「それ以上可愛くなってどうするつもりなんだ……」

 シンは頭が痛くなってきた。人の気も知らないで、アニマの能天気さはどうだろう。スカートをひらひらと翻して、お辞儀をして見せる。きらめく白銀。頭頂部には天使の輪が浮かんでいた。

 確かに可愛い。道ですれ違えば、老若男女の別なく振り返るだけのことはある。男性でも女性でもなく、しかし中性的というのとも違う。外見は女にしか見えないが、ときおり見せる表情は凛々しく、十二分に男を感じさせる。

「シン、どうしたの? 気分でも悪いの?」

 赤く紫がかった澄んだ瞳に見上げられると、危ない世界に引きずり込まれそうになる。シンの心はかき乱されてばかりだ。

「か、可愛くなってどうするつもりなんだと聞いている」

「お祭りに浮かれてるバカップルに見えるかなって。色んなところからマークされてるわけだし、見かけだけでもそれっぽくしたら、相手も油断するかも」

「一理ある、のか?」

「あるある。実際シンはびっくりしたでしょ」

 とびっきりの笑顔で言われてしまっては反論できない。女装が似合いすぎるというのも考えものだ。シンはめまいがした。

「それよりホントに大丈夫? 顔赤いよ」

「今日は暑いから」

シンは両手で顔をあおいだ。

 アニマは不思議そうに小首を傾げている。

「大丈夫だからな!」

「え。あ、うん。そうだね」

 どこか気の無い様子で返事をすると、アニマは部屋の中を一回りした。袖口を掴み、くんくんと匂いを嗅いでいる。

「何してるんだ?」

「何でもないよ。家から事件の手がかりになりそうなものを持ってきたんだ」

 アニマはテーブルの上に一枚の紙を広げた。

レテの噴水、ミレニアの屋敷、スターシュ教会大聖堂など、街の主要な建造物が網羅されている。ケートの街の地図だった。

「これをこうして、こうすると・・・・・・」

その上に半透明のシートを被せ、手早く×印を書き込んでいく。ぱっと見たところ、法則性は特に無さそうだ。

「うん。やっぱりそうだ」

 アニマは最後に赤色で×印を付け足した。

黒い×印が四つ、赤い×印が一つ地図上に書き加えられた。さらに×印同士を一本の線で結ぶと、正五角形が描かれた。

「シン、魔法の属性はいくつあると思う?」

「四つだろ。火、水、風、土。基本中の基本だ」

 シンの答えに満足したようにアニマは頷いた。

「じゃあ、耀子の使ってた魔法は何だろね? 紙を使って人形を動かしたり、鳥を飛ばしたり」

「それは・・・・・・紙を媒介にしてるだけで、基本の四属性を使ってるはずだ、と思う。俺には魔術の流れが見えなかったけど」

 シンは話の展開についていけない。質問に答えるだけで精一杯だ。アニマは再び満足そうに頷いた。

「実はボクにも見えなかったんだ。耀子の魔術は。それで聞いてみたら、どうも体系が違うらしい」

 アニマはさらに五つの×印を結ぶ青い線を付け足した。今度は互いに交差し合って、五茫星を描いていた。

「陰陽五行説って聞いたことあるかな。東方の地ではメジャーなんだって」

「ちょっと待ってくれ。突然魔法の話をされても困る。耀子の魔法と今回の事件は関係無い、関係無くない、のか?」

 パルマコの話――血液をデッドに渡した――を聞いたときに、シンは耀子の魔術を連想した。さらに耀子の魔術は全く別の体形に根ざしたもので、ネクロマンシーは実在しないことになっている。

「耀子が怪しいと思ってる?」

 血液を媒介とした魔術を操る異国の魔法使い耀子。彼女の正体は戦勝記念式典に招かれた国賓だった。

「彼女はどうして記念式典に呼ばれたんだ?」

 一見事件とは何の関わりもなさそうだが、シンは妙なひっかかりを覚えた。

「功労者だから、じゃないかな」

 即座に答えたものの、アニマは少し考え、静かに切り出した。

「耀子のことはわからないけど、ばあちゃんが呼ばれてるのはそんなところだと思う」

 先の戦争。奇病の蔓延。

それは耀子自身が語っていた。

「だとしたら変じゃないか? 彼女が功労者なら、デッドとの繋がりを真っ先に疑われてもおかしくない。ネクロマンシーが東方の魔術に根を発しているとするなら」

「それを言うなら、教会がデッドを追わず、クリーンを追いかけ回していることのほうが変だよ。少なくとも国の上層部はデッドを容疑者として睨んでるはずでしょ」

 アニマはむすっとして声を荒げた。

「一番わからないのがそこなんだよな。パルマコの話だと教会は魔法使いを弾圧してるらしいし。その辺りの話、なんか聞いたこと無いか?」

「教会と魔法使いはずっと仲悪いの!」

 叫んでから、アニマはきょとんとした顔をした。

「ああ! なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだろ。そうだ。教会とボクらは犬猿の仲だった。ボクとしたことが……」

 頭を抱えてうずくまる。

 教会と魔法使いは蜜月の関係ではなかったのか。孤児院が魔法使い養成機関としての側面を持ち合わせていた話と矛盾する。

「昔はね、良かったんだよ。戦争が終わるまでは。と言っても、ボクもばあちゃんから聞いただけだからね。ボクの感覚だとずっと仲悪いよ」

「つまり……クリーンは、スケープゴートにされた?」

 孤児院の閉鎖。魔法使いを弾圧している教会。その関係者を狙った犯行。クリーンに冤罪を被せ、犯人に仕立て上げるための状況証拠は充分に揃っている。

「だから教会のやつら嫌なんだよ。陰謀好きで陰険で、利用できるものは何でも利用するって感じ。今回なんて同胞が殺されてるんだよ。信じられない」

 アニマの怒りはもっともだと思うが、シンはそれよりも他のことが気になっていた。

「デッドの動機は何だ? 教会に恨みを持つ人間の犯行と見せかけたかった。捜査を攪乱するために。それだけなのか? 本当に?」

「快楽殺人者ではないと思う。魔法使いは真理の探究者だ。デッドの行動には全て意味があるはずだよ。彼が魔法使いなら、ね」

 アニマはテーブルに広げた地図上の線を指でなぞった。

「さっきから気になってるんだが、その×印」

「うん? ああ、ここはわかるよね」

 アニマが指さす一点。そこはシンとアニマがデッドと鉢合わせた場所だった。言われるまで気がつかなかった。

「もしかして、他の場所も殺人現場か!」

「その通り。黒い×印はね」

 アニマは満足そうにうなずいた。

「陰陽五行説では火、水、風、土、これらに金を足した五要素を基軸としているらしい。街全体を魔法陣に見立てているとしたら、次に殺人事件が起きるのはここだと思う」

 赤い×印の上をトントンと指で叩く。

「何かを生贄に捧げる行為は呪術的効果を生むからね。ボクだってそうだ。男性的な性質を犠牲にして、魔法使いとしての力を格段に上昇させている。ボクのことを同類だと言ったのが嘘じゃないなら、やつのたくらみは予想できる。いや、看破してみせる」

 シンは街の地図を俯瞰した。

 赤い×印はレテの噴水の上に書かれている。街で一、二位を争う観光名所。そんな場所で殺人事件を起こそうというのだろうか。正気の沙汰とは思えない。

「最後の事件が起こるのは記念式典当日の可能性が高そうかな。ボクならそうする。実行しようとしている魔術の特性上、生贄は多ければ多い方が良さそうだ。戦場なら死体に困らなかったんだろうけど……」

 淡々と事実の確認をするように話すが、アニマの目は爛々と輝き、妖しい光を湛えていた。

 アニマが魔法使いとしてデッドの思考をトレースしているのはわかる。しかし、新たな殺人事件が起こりそうな状況で、その被害者を生贄と言い切れてしまう冷淡さ。人形めいた美貌はミレニアを想起させる。シンは背筋にぞくりとしたものを感じた。

「シン? ボクの推理なにか変かな? 何か穴がありそう? 考えるのはあんまり得意じゃないんだ。自信も全然無いんだよ」

 子供のように屈託のない笑顔には純粋さと狂気が同居していた。アニマには「なにか」が欠落している。その「なにか」がシンにはわからない。

「いや、どこにも穴が見当たらなくて感心してたんだ。凄いな」

「シンのお墨付きかー。当てになるような、ならないような。どうかなー」

 どことなく嬉しそうだ。顔がにやけている。

 いつものアニマだった。考えすぎかもしれない。

「まとめるぞ。明日はレテの噴水を中心に警戒網をしく。デッドの狙いを阻止するために」

「待った!」

 アニマは片手をつきだし、首を振っている。

シンはアニマと地図を見比べた。レテの噴水の上には確かに赤い×印がついていた。

「不思議そうな顔しない。それじゃあ、いかにも待ち伏せしてますーって、言ってるようなものじゃない。ボクがわざわざ手の込んだ女装をしてきた意味を考えてよ」

「・・・・・・趣味?」

「誰が女装趣味だ」

 アニマは盛大にため息をつくが、一分の隙すら見当たらない完璧な女装をしてくる理由は、女装をしたかったからだとしか思えない。

「ボクが好きで女の子みたいな格好してると思ってたんだ。あー、傷ついたー。心外だー」

 胸に両手を当てて泣き崩れた。シンはあまりの棒読み大根役者ぶりに吹き出してしまった。

「ま、冗談はこれくらいにして」

 アニマ自身も笑っていた。

「何が言いたいかと言うと、別々に出て待ち合わせしようってこと」

「お祭りに浮かれてるバカップルみたいに?」

「そそ。今回ばかりは女の子に見えないと意味ないからね。まぁ心配するほどでもないかな。うーん、どうだろ」

 アニマの心配をよそに、スカートの裾をつかんでくるくると回る姿はどこからどう見ても男には見えなかった。

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