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贈り物②

「シンの言いたいことはわかった。それはそれとして。今日は面白い見世物があるのを忘れてた。付き合ってよ」

 祭典を間近に控え、表通りはにわかに活気づいていた。道行く人々の声も明るく弾んでいる。そんな街の雰囲気には目もくれず、アニマは狭く薄暗い裏通りへ入り込んでいく。ステッキに座り、スピードを上げた。シンは追いかけるのがやっとだ。声をかけるタイミングを完全に逸した。

 アニマはさらに加速する。空中を自由自在に翔け昇る。抜けるような青空にたなびく白銀の軌跡。その航路には点々と水切りのような波紋が広がっていた。空を飛べないシンには追いかけられない。

シンは波紋の中心に片足を乗せた。軽い反発力。波紋には微量の魔力が流れていた。炎が渦巻いている。風を付与すると反発力が増した。

 シンは跳んだ。波紋の中心から中心へ。跳躍する。アニマはスピードを緩めない。けれども、シンを振り落すほどにはスピードを上げない。それはさながら鬼ごっこのようだ。

「またこのパターンか!」

 シンの脳裏を過ぎるのは、先日ミレニアに街中引きずり回された記憶だ。あのときは、最終的にスタート地点に戻らされた。血は争えない。シンは笑ってしまった。アニマは空中でくるくる回る。曲芸飛行の観客はシン一人だけだ。まさに特等席。

 思考がクリアに透き通っていく。

 生まれながらの魔法使い。白銀に彩られた玻璃色の理想。純粋で美しく、しかしそれゆえの脆さを併せもつ。

 アニマには許せないのだ。魔法を穢されることが。何故ならそれは彼にとって世界そのものだから。生粋の魔法使いでないシンには理解できない世界だ。けれどもアニマが守ろうとしている世界をシンも守りたいと思う。見ている世界をもっと知りたいと思う。いつか同じ世界を見たいと強く願う。それは行き過ぎた願いだろうか。

 より高く、より遠くへ!

 そんなシンの思いに呼応するかのように、波紋の間隔が広がった。

 アニマの魔力はシンからすれば無尽蔵のように思える。だから鬼ごっこの終わりはシンの魔力が尽きたその時だ。シンはそれでいいと思う。いまはまだ。

 心地よい疲労が体内に蓄積されていく。全身の細胞ひとつひとつが共鳴し合い、歓喜の歌声を響かせる。シンは無心で大空を駆け抜けた。

 アニマの背中を無我夢中で追いかける。終わりは見えない。されど終わりは近づいてきていた。それも急速に。

 シンは終わりたくなかった。一分一秒でも長く。それでも体は正直だ。波紋の中心に足が沈む。飛び立つまでの間隔が伸びてきた。終幕の予感。

 シンは跳んだ。最後の力を振り絞って。跳んだつもりだった。しかし、投げ出された体は宙を舞う。空をつかもうと必死にあがく。アニマの背中が遠のいていく。重力の支配する現実に引き戻される。自由落下。四肢を投げ出して落ちるに任せた。光が眩しかった。

 ああ、終わってしまった。

 時間にすれば数分にも満たないだろう。シンがアニマと共有できた時間はそれだけだ。魔力の総量に絶望的な開きがある。ともに飛ぶことすらできない。それが現実。

 それは初めからわかっていたことだ。だからシンは現実から目を背けることだけはしなかった。せめてもの抵抗だ。白銀に輝くアニマの勇姿を網膜に焼き付けた。

「シン、掴まって!」

 陽光に陰りが差した。太陽を背に急速反転したアニマが慌てふためきながら迫ってくる。ステッキから身を投げ出して伸ばされた手をシンは掴んだ。重力の楔から解き放たれる快感。けれども、それは一瞬で、ゆっくりと高度は落ちていく。

「ごめん。楽しすぎて手加減するの忘れちゃった」

「俺も楽しかった」

 アニマはちょっと意外そうに目を見開き、それから嬉しそうに微笑んだ。シンも笑っていた。そのまま二人で穏やかに地面に降り立った。

「見せたかったのはコレか」

 シンが問いかけると、今度は本気で驚いた様子だった。

「魔法の魅力を体感させるために一芝居打ったんだろ?」

 シンはてっきりそう思い込んでいたのだが、アニマの様子がどうもおかしい。目を合わせようとしない。

「……違うのか?」

「ち、違わない。そうだよ! シンの言うとおり。さすが!」

 口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。アニマにはどうやら別の目論みがあったらしい。気にならないと言えば嘘になるが、シンはもう少し余韻に浸っていたかったので、深く詮索しないことにした。

「あなたたち! 二人でいつまでもいちゃいちゃしてるんじゃないわよ!」

 全てをぶち壊しにする罵声が路地裏に轟いた。面倒くさい声の主は中指を立てて息巻いていた。小さな体をいからせて仁王立ち。舌足らずな話し方。背中からはトレードマークの木杖がにょっきり生えていた。孤児院の少女パルマコだった。

「住む場所は無くなっちゃうし、マックスは指名手配されちゃうし、ぜんぶぜんぶあなたたちのせいなんだからっ! 絶対許さないわ!」

 半分べそをかきながら木杖をふりかざす。魔法陣を描き始めた。体さばきは以前にも増して不安定で、見ているほうがはらはらする。いまにも転びそうだ。

 パルマコの言動は錯乱気味で要領を得ない。むき出しの敵意にたじろぐ。

「落ち着いて。落ち着いて、まずは話し合おう。喧嘩するのはそれからでも遅くはない」

 シンはとにかくなだめようと声をかけた。

「うるさい! 黙って成敗されなさいっ!」

「火に油を注ぐのは良くないと思うな」

 アニマはステッキをバトンのように振り回して挑発する。ポーズを決めてウィンクまでしてみせた。パルマコは怒りに頬を染めてがむしゃらに陣を描いていく。シンは匙を投げた。

 魔法陣が光を放ち始めた。完成は間近だ。アニマは余裕綽々の笑みを浮かべてそれを見守っている。迎撃魔法の準備すら行っていない。アニマなら魔法が発動してからでも十分防御が間に合うのかもしれない。魔法が使えるまでに回復していないシンは、いつでも逃げられるように準備だけはしておくことにした。

「バカにしてーーーーーっ!」

 魔法陣がひときわ強い光を発した。長大な炎の矢が一本、パルマコの胸の前に出現した。

「持ってて」

 ステッキを投げ渡したアニマは拳法家がやるように半身の構えを取った。

 風を切り、唸りを上げて炎の矢がアニマへ迫る。アニマは動かない。今からでは防御も間に合いそうにない。なにしろ、アニマは炎の矢を見つめるだけで微動だにしないのだ。

 直撃する。シンは思った。

 しかし、その予想はあっさりと裏切られた。

 アニマは躱すでもなく、炎の矢を両手で受け止めた。さすがに勢いは殺しきれず、地面を削る。

「ん! 思ったよりも難しい!」

 シンは驚きに目を見張った。アニマには常識が通用しない。頭では理解していても、現実がついていかない。よくよく観察すれば原理は理解できた。水の魔法を使い両手をガード、発生した水蒸気を風の魔法で操り、延焼を防いでいた。原理的には単純だ。だが、同時に複数の属性を扱う技術には舌を巻く。しかも、それをわざわざやってみせたのは、圧倒的な力の差を見せつけてパルマコの気勢を削ぐためだ。防ぐだけなら他の方法がいくらでもありそうだった。

「ほいっと」

 真っ二つに折って投げ捨てた。

「デタラメよ! なんなのよそれ。むちゃくちゃだわ!」

 残念ながらその意見にはシンも同意せざるを得ない。魔法戦において正攻法でアニマに挑むのは無謀だ。それを再確認した。

「無茶を可能にするのが魔法だよ」

 悪びれることなく言ってのけた。パルマコは地団駄を踏んで悔しがっている。

「なによ! そんな力があるなら放っておいてよ! あなたたちには関係ないでしょ! もうやだーーー」

 とうとう泣き出してしまった。

 アニマは目に見えてうろたえ始めた。声をかけようとしているが、そのたびに悪罵を叩きつけられ、撤退を余儀なくされていた。

「え、なんで? ボクなんか悪いことした? どうしたらいい?」

「もう少し前にそう言って欲しかった……」

 完膚なきほどに叩きのめしておきながら、それでもアニマに悪気は無かった。

 ミレニアの教育の賜物だった。アニマはそうやって、つまりミレニアに叩きのめされながら魔術を修めてきたのだろう。しかし、類まれなる才能に立ち向かうには、比肩しうる才能が必要だ。天才の名をほしいままにしているアニマには想像すら及ばないのかもしれない。

「あんたなんか大嫌いよ!」

「うーん。もっと面白いものが見れると思ったんだけどなぁ」

 あまりと言えばあまりな物言いにシンはあきれると同時にパルマコに同情した。問答無用で攻撃をしかけてきた彼女に非はある。しかし、アニマのやり方には容赦が無かった。

「やっぱりあの人の言った通りだったのね。これでも喰らえ!」

 パルマコは懐から小瓶を取り出し、アニマに向かって投げつけた。

 小瓶の中で赤銅色の透明な液体が沸騰していた。禍々しい瘴気が瓶の口から洩れ出ていた。それはパルマコの魔法の腕からは考えられないほど、大量の魔力を内包しているのがシンですら認識できた。泡立つ気泡からは隠しきれない危険の香りが溢れ出していた。まともに浴びればただでは済まない。シンの直観が告げていた。

 アニマの顔色が急変した。

 突如として魔力の渦が巻き起こった。ありとあらゆる元素がアニマに吸い込まれていく。それはまるで竜巻のうねりだった。まさに一瞬。まばたきするほどの間隔。そのはずなのに、魔術を練り上げるアニマの姿は非常に緩やかに流れ、指先の動きまで追えるほどだ。シンは迫りくる危険も忘れ見惚れていた。

 小瓶は空中で静止。口から溢れ出した液体は凝固し、歪な橋を空に投げかけていた。水滴はその形を保ったまま、冷凍されたみたいに浮いていた。まるで時間そのものが切り取られてしまったかのようだ。しかしそれも長くは続かなかった。細かく砕け、砂のようにさらさらと地面に降り積もると、自然発火し、焼け跡も残らなかった。

「……さすがにいまのは焦った」

 アニマは大きく息を吐いた。

 パルマコは驚愕に固まっていた。シンも驚きで声が出なかった。

 ミレニアほどの人物が異常な執着心を示す才能。それはまさしく暴力だった。


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