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贈り物

 結局のところ、アニマはシンの父親の失踪については何も知らなかった。

「ボクの家によく出入りしてたみたいだけど、関係ないんじゃない?」

 と、にべもない。

 アニマの祖母のミレニアなら、あるいは何か知っているかもしれない。

 シンはふと思い出して彼女から貰った分厚い本を取り出した。漆黒の装丁が物々しい。表紙には五芒星が鎮座ましましている。ぱらぱらとページをめくるが、とても理解できる代物とは思えなかった。

 アニマはおそるべく集中力でひたすら魔術の基礎訓練を続けている。シンの部屋はたちまち魔術に適した空間に作り変えられた。外部からの魔術的干渉を妨げる結界が張られ、要塞化まで施されたが、見かけ上は何の変化もない。

「あ、誰か来たみたいだよ」

 アニマがそう言った数秒後に扉がコンコンとノックされた。いち早く気配を察知したアニマがそのまま応対に出たが、どうも様子がおかしい。何度もこちらを振り返っている。気になったシンも戸口に出てみることにした。

「もしかして双子の兄弟とかいたりする?」

 アニマは訪問者とシンの顔を見比べながら、そんなことを言った。

 部屋の前では、シンとうり二つの少年が大きな荷物を抱えて無表情で棒立ちしていた。

 シンは天地神明に誓って兄弟はいない。しかし見れば見るほどその男はシンに似ていた。率直に言って気味が悪かった。

 少年はアニマに向かって無言でぐいぐいと荷物を押しつけようとしていた。

「え、ちょっと待って。渡されても困るー」

 アニマは涙目になっていた。

 シンは自分でも不気味だと感じたのだから、その反応もいた仕方ないと思う。だが、自分のそっくりさん相手にアニマが本気で嫌がっているのを見て、いい気分はしない。

 シンはひょいっと横から荷物を取り上げた。すると、使いの少年は役目を終えたのか、ポンと小気味の良い音を立てて姿を消した。あとにはひらひらと人型の紙が舞うばかり。

「これって耀子?」

 床に落ちた人型をまるで汚いものでも触るみたいに指先でつまみ上げて、アニマが言った。

「たぶんな」

「そっか。でも何だろ」

 アニマは人型の両手を持ってまじまじと観察している。

 祝祭の開催に合わせ、親族が顔を見せるのは自然の成り行きのように思える。身元を隠すためにカモフラージュを施した。いかにも耀子の考えそうなことだ。

 大仰な配達をされたわりに意外と荷物は軽かった。

 シンは部屋に持ち帰り、早速封を解いてみた。二人で顔を突き合わせて箱を開ける。中には黒地の布のようなものが折りたたまれていた。一目で上等な生地だ。けれどもシンに思い当たる節はない。さらに詳しく調べようと手を伸ばした。しかしそれは叶わなかった。アニマが横から凄まじい勢いで引っ手繰ったからだ。

「アニマ、それお前の?」

「違うよ! そんなわけないじゃない!」

 大慌てで否定するが品物を後ろ手に持って隠すのがいかにも怪しい。

「それなら見せてくれてもいいだろ。何か問題でもあるのか?」

「問題はないよ」

 そうは言うものの、シンが回り込もうとすると、アニマは体をずらして絶対に見せようとしない。それどころか追い詰められた手負いの獣のように唸って威嚇してくる。シンは是が非でも知りたくなってきた。所詮小さな部屋だ。逃げ場はすぐに無くなる。

「問題無いならいいだろ」

「問題無くても問題あるの!」

 意味不明な供述。

 やはり問題はあるのだ。それも必死になって隠したいほどの大問題が。アニマの態度が如実に物語っていた。

「シンの鈍感!」

 浴びせられる罵声にシンは少しだけ躊躇した。アニマはぎゅっと品物を抱きかかえて睨みつけてくる。嫌がっているのを無理やりというのは美しくない。美しくないが、隠されれば隠されるほど気になってしまうのもまた確かだ。気を取り直し、じりじりとにじり寄って部屋の隅に追い込んでいく。

「もう! そんなに見たいなら見せてあげる!」

 アニマは両手を乱暴に突き出した。

 その先にぶらさがっていたのは漆黒のモノトーン。最低限の装飾しか施されていない。だが、それだけに素材の美しさを十二分に引き立てそうな代物だ。

「綺麗だと思うけど」

「そうだね」

 ふてくされてそっぽを向く。

 シンには意味がわからない。

 アニマからドレスを受け取り、隅から隅までチェックしてみた。特におかしなところは見当たらない。もしかすると、優秀な魔法使いの目には看過できない落ち度が映るのかもしれない。けれども、素人の自分ならいざ知らず、あれほど魔法に精通していそうな耀子がそんな初歩的なミスをするとはどうしても思えなかった。

「耀子じゃない?」

「耀子だよ。一緒に買い物に行って、ボクの目の前で選んだんだから。どこかから秘密が漏れてなければね」

 シンはますます首を捻ることになってしまった。

 不機嫌を露わにするアニマと漆黒のドレスがどうしても結びつかない。耀子の見立てに文句があるわけでも無さそうだ。

「アニマなら似合うんじゃないか?」

「やっぱり似合うって思ったんだ!」

 アニマの過剰な反応にシンは驚いた。しかし、叫んだ本人も一瞬間を置いて首を捻り始めた。片手を差し出されたので、シンは何も言わずにドレスを返した。

「似合うかなぁ。女物だよ、これ」

 アニマは受け取ったドレスを広げ、半信半疑で眺めまわしている。うっかり漏らしてしまった本音を疑っているらしいが、体の前に合わせた段階で既に確信した。絶対に似合う。あとはアニマをその気にさせれば、耀子から託された任務は完了だ。そんなことを頼まれた覚えは無いが、彼女なら間違いなく賛同するに決まっている。

「試しに着てみればいいんじゃないか」

 シンはおそるおそる提案した。アニマは仏頂面をしたままだ。けれども、その顔は単に迷っているだけのようにも思える。もうひと押しすれば着てくれるかもしれない。

「気に入らなかったらすぐに脱げばいいんだしさ」

 アニマにじっと見られて、シンはそれ以上強く言えなかった。いくら女の子のような外見をしていてもアニマは男だ。女装することに抵抗があったとしてもおかしくはない。

「……シンがそこまで言うなら着てみてもいいけど、絶対笑わないって約束する?」

 シンは一も二もなく頷いた。

 そのまま見つめあうこと数秒。

「やっぱりやめた。なんか癪だし」

 雑に放り投げられたドレスはふわりとベッドの上に着地した。

 シンは諦めきれずにドレスを拾い上げた。見れば見るほど上等な代物だ。肌の露出が少し激しいような気もするが、アニマなら絶対に似合うと断言できる。大事なことだった。

「それよりも、ほら。これ見てよ。どうもこっちが本命っぽい雰囲気」

 アニマの手には封筒が握られていた。アニマの興味はもはやそちらに移っていたが、シンはドレスに固執していた。耀子の本命はドレスだ。何が何でもアニマに着させてやりたい。しかし、あまりしつこくしても逆効果だろうとシンは思い直した。

 アニマは封筒とにらめっこを続けている。

「むう。ボク宛ではないみたい。無理に開けると爆発する仕掛けになってる」

 勢いよく差し出された封筒をシンはおっかなびっくり受け取った。しっかりと封蝋が施されていた。流麗な葛の葉の印璽。

「早く開けてみて」

「爆発するんじゃないのか?」

「ボクが開けたらね。シン宛だから爆発しないよ」

 シンは一抹の不安を感じた。

「爆発しないよ?」

 まるでさっきまでの仕返しをされているみたいだとシンは思った。もしかすると耀子はいまの状況を見越して、二種類の贈り物を用意したのかもしれない。

 アニマは興味津々でシンの挙動を見守っている。

 シンは目を閉じて一気に封を解いた。おそるおそる目を開く。爆発はしていなかった。非難がましくアニマを睨むが、舌を出して知らないふりをしていた。

 封筒には綺麗に三つ折りされた手紙が入っていた。開くと青草の香りがほのかに立ち上り、異国の文字が毛筆で書き連ねられていた。判読できないが、その分文字の美しさのみが際立って感じられる。達筆だ。けれども困ったことに、アニマもその手紙を読むことはできなかった。

 二人して頭を抱えていると、紙の上から文字が起き上がり始めた。

 それらは中空を漂い、文字の形を失い、お互いに繋がり合って、ひとつの姿にまとまると、真っ白な紙面に降り立ち、ぺこりとお辞儀をしてみせた。

 それは簡略化され、丁度手のひらに乗る大きさではあるが、耀子の似姿に相違なかった。

「ごぎげんよう。シン様、アニマ様」

「わお! しゃべった。すごいね」

 驚くアニマにシンも目を大きくしてうなずいた。

 毛筆で描かれた似姿は典雅な仕草で笑っている。その振る舞いひとつが何よりも雄弁に語っていた。耀子直筆の手紙だ。

「ひとつ趣向を凝らしてみました。私が一方的に話すことになるのは、普通の手紙と同じですけれど」

 シンは喉まで出かかった声に急制動をかけた。機先を制されて助かった。話しかけようとしていたのはアニマも同じらしい。お互い顔を見合わせて苦笑した。

「まずは私のことを少々お話しさせていただきます」

 耀子は少し間を置いて咳払いした。

「しがない観光客を装っていましたが、実は式典に招かれた国賓です。しかし、当初はほかの人間が渡来するはずでした。つまり代理です。なぜ私に白羽の矢が立ったかと申しますと、あまりにキナ臭い噂が立ち上っている国にわざわざ行きたがる酔狂な人間はいなかったからです。当然ながら私も乗り気ではありませんでした。だからせめてもの反抗の印として、式典当日まで雲隠れして観光でもしながらのんびり過ごすつもりだったのです。私の事情はどうあれ、何の関係もないあなたたちを騙すようなかたちになってしまったことについては、心苦しく思っていました。ごめんなさい」

 耀子は地につきそうなほどに深々と頭を下げた。

 彼女の素性は既に周知の事実だったが、本人から改めて告げられると、なにか釈然としないものを感じた。前後が逆になったせいで、うまく受け止められていないのかもしれない。

「さて、私の話はほどほどにして。連続殺人事件についていくつか掴んだことがあります。当局には既に報告済みですので、私としてはここで終わりにしたいのですが、続きをお知りになりたければ、私の頭を撫でてください。手紙を畳めば、私の似姿も折りたたまれて元に戻ります」

 迷わず頭に触れようとしたアニマの手をシンは横から押し留めて首を振った。アニマの顔に疑念が広がる。

「もうこれ以上関わらなくてもいいんじゃないか? 教会の私兵団に目をつけられて自由に動けないんだ。彼らに任せるのもありだと思う」

「本気で言ってるの?」

 アニマの逆鱗に触れるであろうことは薄々感づいていた。

 途中で投げ出すような真似はシンもしたくない。しかしそれ以上にアニマを危険な目に会わせたくなかった。アニマには向こう見ずなところがある。それが気がかりだった。

 アニマは何も言わなかったが、シンの目を捉えて離さなかった。そして静かに手紙を折りたたんだ。耀子の似姿は折り目に吸い込まれるようにして消えた。


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