夢
「本当のボクを知って欲しい」
細い紐のような服とも言えない薄布を素肌にまとったアニマが覆いかぶさってくる。
申し訳程度に局部を隠しているだけで、ほぼ裸体を晒している。しかし、シンの記憶とは微妙に体つきが異なっていた。
「ね、触って」
言われるままに豊かな乳房に手を伸ばした。薄布の上から揉みしだくと、アニマは熱っぽい吐息を漏らした。体を押し付け合い、互いにまさぐり合う。どちらからでも無く、自然と顔が近づいていく。濡れた唇を意識させられる。
そのまま無言でくちづけを交わした。最初は短く啄ばむように。それから少し長めにキスをする。
「女だったのか」
シンが尋ねると、アニマは小さく首を振った。
「男だよ。確認して」
手を取られ大事な部分に導かれたが、触れる直前で解放された。最後の一線はあくまでシン自身の意思に委ねるつもりのようだ。潤んだ瞳で催促するように見つめてくる。
見る限りにおいてアニマのそこに男の象徴は影も形もないように思える。そのせいか、抵抗なく触れることができた。
「ボクも触るね」
言いながら既に触れている。興奮に体がさざめいた。
ブラックアウト。
意識を取り戻すと、安らかな寝息を立てて眠るアニマの横顔が目に入った。
きちんと服を着ている。
抱き合ってもいない。
己が身に起きたことを理解するにつれ、シンは恥ずかしさのあまり声にならない悲鳴を上げた。不可抗力とはいえ最悪な目覚めだ。
その類の夢を見たことがないわけではないが、しかし同性の友人が女になって出てくるのは反則だ。気まずいどころの騒ぎではない。
「全く、なんて夢だ……」
「どんな夢だった?」
寝転んだままでアニマが話しかけてきた。
「起きてたのか」
「いま起きたとこだよ。ボクは久しぶりにいい夢だった気がする」
布団からよつばいで這い出したアニマの姿に違和感を覚えた。薄水色のパジャマの胸元から谷間が覗いている。シンは目のやり場に困り、視線をはずした。
「シン、どうしたの?」
本人は寝ぼけているのか、気づいていないらしい。そのまま女豹のように擦り寄ってきて、シンの上に覆いかぶさった。零れた髪の先から微かに甘い匂いがした。懐かしい香り。薔薇の匂いだ。現実感が乏しい。まるで夢の続きを見ているようだ。
「顔赤いよ」
間近で見るアニマは夢とは比べ物にならないほど鮮明だった。紫めいた赤い瞳と見つめ合っていると、何もかも見透かされてしまいそうで、シンはたまらなくなってくる。薄いパジャマを内側から窮屈そうに押し上げている胸の形が手に取るようにわかる。が、そこでシンは違和感の正体に気がついた。
「お前、男だよな?」
「いまさら何言ってるの? 確認したいの?」
夢とは微妙に異なる問答。
眉をひそめて困惑するアニマの両肩を押して座らせた。
「自分の胸元を見てくれないか?」
アニマは言われたとおりに頭を下げて、それから数秒固まった。ぎちぎちと油が切れた機械のようにぎこちない動きで顔を上げる。
「膨らんでいるように見えるよ」
引きつった笑みを浮かべながら、襟元を開いて中を覗いている。何度か繰り返したあと、おもむろにボタンに手をかけようとしたので、シンはその手をつかんでやめさせた。
「脱ぐのは、その……」
「ああ。うん。そうだよね。え? 男同士だし、平気。それに確認しないと」
今度は自分の胸を両手でつかみ揉み始めた。けれども、服の上からでは納得できなかったのか、すぐに内側に両手を入れて行為を続行する。めくれた服の隙間から乳房の丸い輪郭が見え隠れしているが、本人にそれを気にしている余裕は無さそうだ。
「無い! 無くなってる! なんで!?」
シンが止めるまもなく、アニマは下を脱いでしまった。
下着を着けていたし足は閉じられていたので、大切なところまでは見ずにすんだが、それ以外はほとんどまともに見てしまった。アニマは驚愕しているが、突然の出来事にシンも驚きで声が出ない。
「朝から騒々しいです。いったい何事ですか?」
目をこすりながら現れたのはパジャマ姿の耀子だ。しかし、アニマの姿を見るやいなや瞳を輝かせて渦中に飛び込んできた。
「アニマさん! 女の子だったんですね!?」
「違うよ! 昨日まではちゃんと男だったんだ!」
あわてふためくアニマとは対照的に、耀子はおっとりと小首を傾げた。
「そうですか。それはそれは。ところで、シンさんはいつまで視姦し続けるおつもりですか? いくらお二人の間のこととはいえ……私としてはそれもありですけれど」
「で……でてけーーーーーーーっ!」
飛んできた枕を顔面で受け止めた。魔法使いが飛ばすものとしては可愛いものだ。エスカレートしないうちに退散するのが賢明だろう。
部屋の外に出て扉にもたれかかった。
中からは耀子のはしゃぎ声とアニマの悲鳴が聞こえてくる。シンは額を押さえ、へなへなとへたりこんだ。
「アイツはいったい……」
シンの疑問に答えてくれる親切な人間は近くにはいそうにないが、探しに行く気にもなれなかった。まるで混乱と誘惑の坩堝に叩き落されたようだ。理性で否定したくても、眼前で繰り広げられた光景は強烈だった。
「シンさん。もう入ってきてもいいですよ」
黄色い声が聞こえなくなり、しばらく経ったあとで、耀子から声をかけられた。
部屋の中では女の子座りをしたアニマが涙目になっていた。
「どうしよう。ボク、ホンモノの女の子になっちゃったみたい」
弱々しく呟くその姿は、不謹慎だが、異常な可憐さと艶やかさを合わせ持っていた。