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パーティーナイト

「で、なんで耀子さんはここまでついてきてるんだ?」

「さあ? どうしてだと思いますか?」

 あまりにも自然に部屋の中まで入りこまれたので、シンは止めることすら思いつかなかった。

 アニマはアニマで椅子に後ろ前に座って楽しそうに様子を窺っている。

「それがわからないから聞いてる」

「女の口から言わせる気ですか? シンさんはどえすです。こんな辱めを受けるなんて」

 しなをつくって泣き崩れるふりをされると、演技だとわかっていても対応に苦慮する。シンが困って何も言えないでいるのを、耀子は楽しんでいる節がある。断固とした態度で決然と追い出したいが、すでに日は落ちて外は暗闇に閉ざされている。

「まさか泊めてくれ、とか言わないよな」

 身近に前例があるので、その可能性にはすぐに思い当たった。口に出したく無かっただけだ。魔法使いは非常識だ。数日の間で骨身に染みている。

「まさか泊めてくださらない、なんておっしゃらないでくださいな。据え膳食わぬは男の恥です。覚悟はできております。今夜は乱交パーティーです」

「ら……乱交。耀子は過激だね」

 赤くなった顔を両手で押さえてアニマが呟いた。

「アニマさんも私が泊まることには賛成してくれています。掃除、洗濯、料理とひと通りの花嫁修業は終えています。お買い得の押しかけ女房です」

「好きにしろよ、もう」

 シンはまともに相手をするのが馬鹿らしくなってきた。押し問答を繰り返しても、結局は押し切られそうだ。それなら早めに折れてしまったほうが時間の節約になる。

 それにアニマとはぎくしゃくしたままだ。耀子がいればおかしな空気にならずにすむ。それがわかっているから、アニマも何も言わないのだろう。耀子と仲良くハイタッチしている。

「それでは寝所を用意いたしますのでしばらくお待ちください」

 耀子はそう言ったものの、なかなか動き出さない。部屋の中をうろうろと歩き回りながら、小首を傾げている。

「シンさん。つかぬことを伺いますが、屏風はどこに?」

「虎退治でも始めるつもり? 耀子は芸達者だね」

 アニマは目を輝かせているが、シンには全く意味がわからなかった。

 屏風というのが、東洋の伝統的な家具であることはかろうじて知っている。しかし、寝る前に探し始めた耀子の行為と虎退治がどうしても結びつかない。

「私の国の有名な昔話です。夜中、屏風に描かれた虎が抜け出して困るから退治して欲しいという王の無茶な訴えを、まずは絵から出してくだされば倒してみせると答えて退けた坊主がいたという話なんですけど……」

 耀子は説明しつつ一枚の紙を取り出した。何度か折りたたみ広げると、それは鶴の姿になっていた。

「実はこの話には続きがありまして」

 手のひらに乗せた折鶴に息を吹きかける。すると、紙細工は羽を広げ、ぱたぱたと部屋の中を飛び回り始めた。

「少し腕の立つ魔法使いにかかれば、屏風の中の虎を退治することくらい朝飯前です。余興を楽しみたかったんでしょうね。無粋な坊主です」

 嬉しそうに拍手するアニマに合わせてシンも拍手した。耀子は微笑を浮かべ丁寧に一礼した。

「さて、小話はこれくらいにして肝心の屏風です」

「残念ながらそういうものはないんだ」

 シンが答えると、耀子は目を丸くして、それからにわかに慌てだした。

「屏風も無しに、若い男女が同じ屋根の下で一晩過ごすのですか? 男女七歳にして同衾すべからず。それは困ります。その……やっぱり困ります」

 頬を赤く染めて縮こまってしまった。アニマのそばに歩み寄り、なにやら耳打ちする。アニマの顔まで赤くなってきた。

「ちょっといいかな?」

 部屋の隅に手招きされる。

「凄く言いにくいんだけど、なんか勘違いしてるみたい。ボクらのこと」

 いまいち要領を得ない話に曖昧にうなずく。

「つまり?」

「だからさ。耀子の国では男色の文化が根付いてるそうなんだ。屏風は寝所を仕切るのに使うんだって」

「屏風があるなしの問題なのか、それは……」

「そんなのボクに聞かれてもわからないよ! 本人に直接聞けばいいだろ!」

 理不尽な怒りだとは思うのだが、顔を両手で隠しつつも、嬉し恥ずかしな表情で指の間からばっちりこちらを窺っている耀子を見ると、シンは何も言えなかった。

「ご……誤解です。外国の女というだけで法外な宿泊料をふっかけられるので仕方なかったんです」

 言い訳がましく耀子が言う。

「殿方同士で仲良くされているのなら、問題は起こりようが無いでしょう? ですから、いえ、その。あー、もう。何を言ってもドツボです。どうしたら……」

「どうもしなくていい。耀子さんはベッドで寝てくれ。俺たちは床で寝る。いいよな?」

「う、うん」

 ぎくしゃくとした動きでそれぞれ眠る場所を確保していく。

 明かりを消して一息ついた。しかし変に気が高ぶってしまって眠れそうに無い。目を開くとアニマの背中が目に入った。折れそうなほどに細い。シンは邪念を振り払うようにして寝返りを打った。

 物音一つしない静かな夜だった。

「シン、起きてる?」

「ああ」

 振り向かずに短く返事をした。アニマは何も言ってこない。

 沈黙が時を支配する。

 シンは待った。ひたすら待ち続けた。それは永遠とも思えるほどに長い時間のように感じた。

「ボクが女の子だったら……やっぱりいい」

「アニマはそれでいいのかもしれないけど、俺はつらい」

「やっぱり女の子のほうが良かったんだ」

「男とか女とか、それよりも何も話してくれないのがつらい。俺はアニマのことを何も知らない。魔法使いのことも何もわからない」

「そっか」

 アニマが深く息を吐いたのがわかった。シンは半身だけ体をアニマのほうへ向けて、天井を眺めた。

「来てくれないかもしれないと思った。何の音沙汰も無く十年間。ボクたちが一緒だったのはほんの数ヶ月だったし……ボクはいつも一人だ。誰といても、誰といなくても。それはたぶん一生変わらない。変なんだよ。ボクは」

 アニマの横顔には泣いているような、笑っているような、そして多分に自嘲を含んだ微妙な感情が表れては消えていた。

「シンにはどんなふうに映る?」

 その問いかけは単純だが、それだけに答えるのが難しい問いだった。

 答えは簡単に一言で表せられるようなものではないような気がする。

「……アニマといるとこっちまで変になってくる。でも嫌じゃない」

「そっか」

 答えになっていない。けれどもアニマの声は穏やかだった。

 小指の先に温もりが触れた。アニマは天井を眺めたままだ。シンも気づかないふりをして天井を眺めた。絡めた小指の先が熱かった。

「もう少しだけ待って。決心がついたらきっと話すから。それまでそばにいて欲しい」

「わかった。それと……いや、ありがとう」

 シンは謝ろうとしてやめた。

 裸を見てしまったことはいつか謝らなければならない。その時、アニマは許してくれるだろうか。決心がつかないのはシンも同じだった。核心に触れるのが恐かった。

 その日、シンは夜が更けるまでアニマのことを想い続けていた。


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