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合流

 西の空から赤光が降りそそぎ、噴水の湖面を赤く染め上げる。

 シンはベンチに座り、アニマたちを待っていた。

「ふぁあ」

 隣で修道士に扮したクリーンが大あくびをしている。伊達眼鏡をかけているが、それで人相が大きく変わるわけではない。追われている自覚は無いのだろうか。

「灯台下暗し、と言うだろ? 木の葉を隠すなら森の中、とも言うな。それに向こうも本気で捕まえる気なんてさらさら無いのさ。体裁を整えるために手配書は出しているがね」

 自信たっぷりに断言した。

 孤児院で子供たちの遊び相手をするクリーンは、穏やかでにこやかで爽やかで、まるで聖人でも乗り移ったようだった。シンは何度も目を擦ってみたが、そこにいるのは誰がどう見てもクリーンその人に違いなかった。信じがたいことだが、クリーンは子供たちから慕われているようだ。邪魔をして子供たちに恨まれたくない。見なかったことにしてシンは立ち去ろうとした。ところが呼び止められてしまった。

 アニマの容態をはじめ、根掘り葉掘り事情を尋ねられた。シンは答えられる範囲で答えたが、クリーンは不満たらたらだった。

 直接会わせろと迫られ、そのままの流れで男二人、噴水の前で時間を潰している。

「しかし、想像していたよりも動きづらい状態に追い込まれているのも事実だ。俺としたことが……っと悪い。お前たちを責めてるんじゃない。そこは勘違いするなよ」

「どうして俺たちを?」

 これ以上、クリーンの足手まといにはなりたくない。

「使える手駒は戦術の幅を広げる。チェスや将棋においても歩兵は重要だ」

「……雑兵扱いか」

 クリーンはわざとらしく指を振った。

「金の卵だ、くらい言って見せろよ。お前がそんなんだと嬢ちゃんまで暗くなるぞ。あの娘はお前なんかよりずっと繊細だ」

「偉そうに」

 もしかするとクリーンのほうがアニマのことは理解しているのかもしれない。それがシンには面白くなかった。

「天才は天才を知るってやつだな。彼女は紛れも無く天才だ。ちゃんと捕まえておかないと後悔するぞ。じきにお前の手は届かなくなる」

「アイツ、男だぞ」

「それこそ些細な問題だ。そのうち誰もアニマには近づけなくなる。俺はそんな気がするよ」

 クリーンは意地悪くほくそ笑んだ。

 シンは目の前の男が苦手だった。

 出会ってからというもの、クリーンには自分の矮小さを思い知らされてばかりいるような気がする。

 アニマと耀子が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。

 耀子は落ち着いた色のシャツと吊りスカートに着替え、白い帽子を被っている。そのせいで一瞬誰かわからなかった。二人とも普通の格好をしていれば、目立った特徴は無いように思える。美人が二人並んで歩いていると、それだけで充分人の目を引く理由にはなってしまうけれど。

「お待たせいたしました」

 帽子を脱いでお辞儀した。顔を上げた耀子は小首を傾げた。

「あら? こちらの方は……どこかでお会いしたことがあるような……」

「お互い無事で何より」

 クリーンは颯爽と立ち上がった。

「気のせいですね。きっと初対面です。私は葛ノ葉耀子と申します」

 儀礼的に差し出された右手を、しかしクリーンは足元に跪くと笑顔で受け取った。対する耀子も満面の笑顔だ。

「クリーンさんですよね。冗談がわかる男の人は好きです。その節はお世話になりました」

「食えない子だ。君みたいな子はわりと好きだよ」

「それはどうも」

「二人は知り合い?」

 事情が飲み込めていないアニマが横から口を挟んだ。クリーンと耀子はお互いに牽制しあっているのか、自分からは話し始めようとしない。

 仕方なくシンが説明を肩代わりすると、ことあるごとにクリーンは「そうだったか?」と首を傾げ、耀子は耀子で「私の知っている話と違います」と茶々を入れる。そのたびにアニマが真に受けるので、話は遅々として進まなかった。しかし、ついにおもちゃにされていることに気づいたアニマが頬を膨らませた。

「もう! みんな真面目にしてよっ!」

 シンは最初から真面目に話しているのだが、横の二人が協力してくれないことにはどうしようもなさそうだ。

日が沈み始めている。いつの間にか人通りも少なくなってきていた。

「詳しい話は飯でも食いながら話そうぜ。おあつらえ向きのところへ連れて行ってやるよ」

 クリーンの提案に意義を唱えるものは誰もいなかった。


 案内されたのは街の中心部から少し外れたところにひっそりと佇む小料理屋だ。慣れた様子で暖簾をくぐるクリーンのあとにぞろぞろと続く。

 店に入り店主の顔を見るなり、シンは立ち止まった。

「いたっ!」

「悪い」

 背中に顔をぶつけたアニマが鼻の頭をさすっている。

「あっ! レリックじゃない。こんなところで何してるの?」

「料理長兼店長だ。ここは俺の店だ。そこの男から何も聞いていないのか」

 レリックは皿を磨きながら憮然として答えた。

まさか料理人だったとは。その筋肉の鎧に守られた体からはとても想像できない。体に張り付いたエプロンがはちきれそうになっている。

「上、使わせてもらっていいか?」

「それは構わんが……面倒ごとは困るぞ。なにせこちとら客商売なんでな」

「はいはい。わかってますって」

 気楽に答えて階段を上るクリーンを胡散臭そうに見送ってレリックはため息をついた。

 静かな店だった。

 シンたちの他に客はいなさそうだ。経営が成り立っているのが不思議なくらいだ。おあつらえ向き、とクリーンが言っていたのもうなずける。内緒話をするにはうってつけの店のように思えた。

「さて、情報交換といきますか」

 クリーンの話によると、孤児院の襲撃計画は彼とレリックの二人で企てたものだったらしい。

「俺はあの孤児院で育ったんだ。場所が場所だけに色んな生まれのやつがいたけど……シスターは平等に愛してくれた。たぶんな。だから閉鎖されると聞いて、いてもたってもいられなかった」

「あの銃撃はクリーンが?」

 シンが尋ねると、クリーンは力なく首を振った。

「その予定だった。しかし俺が撃つ前に弾丸は放たれた。驚いた俺は狙撃犯を追った。路地裏に追い詰め、戦いになった。もちろん敵じゃなかった。そこまでは良かったんだが……」

 クリーンは目を伏せ、少し考えるそぶりを見せた。

「死なない敵を相手にするのは骨が折れた。そのあとはお前らも知っているとおりだ」

「死なない? それって……」

 優秀な魔法使いであるアニマにはそれだけでピンときたらしい。

「いや、そんなはず無いよ。死体を意のままに操れるなんて聞いたことが無い。ネクロマンシーはお伽噺だっていうのが通説だよ。誰も成功したことが無いんだ。ミレニアだってそう言ってた」

「ミレニアに会ったことがあるのか?」

 クリーンがやや意外そうな顔をして言ったが、それはアニマも同じようだった。ミレニアの名前に食いつかれるとは思いも寄らなかったらしい。

「ああ……うん。遠い親戚、だったかな。何回か話をしたことがあるくらいで、あまり親しくはないんだけど……」

 一度出した名前を引っ込めるわけにもいかず、それとなくお茶を濁そうとする。

「ミレニアという人は有名人なのか?」

 それはアニマの祖母のはずだ。

シンは銀行で名前を聞いたのを覚えていたが、アニマが関係を隠したがっているようだったので、あえてそこには触れないように注意を払いつつ、耀子に話を振った。

「ええ。有名ですよ。極東の地まで名前が知れ渡るほどに。またの名を炎雷の魔術師。何百年に一人の天才だと言われています。それこそ伝説の中の人物です」

「たいしたこと無いと思うけど……若作りのいけ好かないババアだし」

 まるで興味がなさそうな雰囲気を醸し出しつつ、しっかりと聞き耳を立てている。アニマにとっても、ミレニアは特別な存在のようだ。身内だけに余計複雑なのかもしれない。

「伝説上の人物も嬢ちゃんにかかれば形無しだな。今度紹介してくれよ」

「だからババアだよ? 話聞いてた?」

 しつこく食い下がるクリーンにアニマはうろんそうな目を向けた。

「嬢ちゃんが俺をどういう目で見ているかはわかったよ。大丈夫、俺はゆりかごから墓場までいける男だ。任せろ」

 居並ぶ全員から白い目で見られていても、クリーンは全く気にならないらしい。運ばれてきた料理に、呑気に舌鼓を打っている。

 つられたわけではないが、シンも出された小皿に手をつけてみた。

 新鮮な野菜を適当な大きさに切って、ドレッシングをかけただけのように見える。しかし一口食べて評価を覆さざるを得なかった。見た目通りあっさりしている。だが、適度に酸味が効いていて非常に食欲をそそられる。前菜としての役目を立派に果たしていた。

「これ、おいしい」

「意外とやりますわね」

 女性陣――アニマをどちらに含めるかは大いに議論の余地が残っているが――にも好評だ。

「あいつ料理うまいんだよ。あんな強面でどちらかというと青龍刀でも振り回しているほうが似合いそうなのに」

 馬にまたがり大刀を勇ましく振るうレリックの姿は確かにいかにも絵になりそうだ。刀の一振りで何人もの首を飛ばしかねない。

 素直に誉めないのがクリーンらしいが、その顔はとても嬉しそうだった。

「それはどうも。今日はクリーンのおごりだそうだ。みんな好きなだけ食っていいぞ」

 タイミング良くレリックが皿を抱えて入ってきた。

「お前ね。俺がコイツらから金を巻き上げるようなちっちぇえ男に見えるのか?」

「……巻き上げられたような気が」

「あれは嬢ちゃんがいかにも金持ちのボンボンで苦労知らずに見えたから。お灸をすえてやろうとね。悪かったよ。忘れてくれ」

「鼻垂れの頃から知ってるが、悪いやつじゃない。俺も手を焼いてるんだが……」

「誰も頼んでねーよ」

 助け舟を出されてクリーンは面白くなさそうに言った。けれども、それは信頼の証のようにも見えて、シンは少し羨ましく思った。

「それはそうとありがとな」

シンには思い当たる節が無い。アニマと耀子を見るが、二人にも心当たりはなさそうだ。

「一緒に馬車に乗ってきた女の子がいただろ? 無事に街まで送り届けてくれた」

「会ったのか?」

 思わず聞き返していた。彼女はいまだに謎だらけの人物だ。

 アニマとも何らかの接点がありそうだが、シンは結局聞けずじまいだった。もしかすると何か重大な見落としをしているのかもしれない。

「孤児院にパルマコっつー、クソうるせぇガキんちょがいるんだけどよ。そいつと仲良く遊んでるところを見た」

 クリーンはさほど重要視していないらしい。食事に戻ってしまった。

「さすが揺りかごから墓場までいけると豪語するだけはありますね」

「きみも俺のストライクゾーンに入ってるよ。今度二人だけで遊びにいかない?」

 耀子はにっこり笑顔を返すだけで何も言わない。クリーンも満面の笑顔だ。

 水面下で行われている二人の駆け引きには目もくれず、アニマは料理を頬張り続けている。美味しいものを食べている時のアニマは本当に幸せそうだ。

「それで、これからの方針についてなんだけど」

 シンが口を開くと全員が手を止めた。まるで奇矯なものでも見るような顔だ。

「あー……、シンは仕方ないかも……」

 珍しくばつが悪そうにアニマが言う。

「方針は決まってるんだ。異端者は刈り取る。手段を問わず、生死も問わず。彼にどんな事情があっても関係ない。魔法使いの不始末は魔法使いがかたをつける。だから」

「だから、俺たち全員で捕まえる。だろ?」

 引き継いだクリーンの言葉にアニマは明らかに驚愕していた。

「カビの生えたような掟はこの際忘れろって。それも魔術衰退の原因の一つだ。血統、一子相伝、門外不出。どれもこれもろくなもんじゃ」

「そんなことない!」

 アニマの剣幕にシンをはじめ全員が息を呑んだ。しかし声を荒げたアニマ自身が一番驚いているようだった。

「ごめんなさい。クリーンの方針にはボクも賛成だよ」

 すぐに謝ったが、とても納得しているようには見えなかった。

 誰もアニマを咎めない。それはつまり暗黙の了解が成立する類の話で、おそらく魔法使いの常識に違いなかった。

「お前たち、何かあったのか?」

 微妙な空気のなか、クリーンが訝しそうに尋ねた。

「……べつに」

「それならいい」

 アニマの答えに満足したのか、クリーンはそれ以上突っ込んでは聞かなかった。

 自分で蒔いた種とはいえ、アニマから避けられるのは想像以上に応えた。できることなら以前のような関係に戻りたい。

 しかし、シンは知ってしまった。そしておそらくそれはアニマも同じだ。

 一度ほつれた糸は簡単には直りそうに無かった。

 食事会が終了したあとはつつがなくお開きになった。


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