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いきなり難しい話をされましたよ!
粛々と座敷に案内してお茶を出すと、青髪男は湯飲みに手もつけず、いきなり頭を下げた。
なに、手みやげ忘れたお詫びなの? と驚く私を無視して、彼はお母さんに「力を貸して欲しい」と告げた。
もしかして、これは異世界トリップにありがちな勇者フラグ? と思い至った私がにやにやするのを尻目に、青髪男は「我は魔王『ほにゃらら』だ」と名乗った。
『ほにゃらら』部分は本当に『ほにゃらら』としか言いようがないんだけど、とにかく由緒正しい日本人には発音できないような音だった。
「ほ、ほにゃらら?」
「違う。『ほにゃらら』だ」
一生懸命似た音を出したつもりなんだけど即座に否定された私を見て、お母さんはにこりと笑った。
「私たち、お名前はうまく発音できないみたいだから、魔王から取ってマオと呼ばせて貰うわね」
「そうだね! ほにゃららとか、練習したって一生無理っぽいし!」
猫を飼ったら付けたい名前だったねそれ! マオって呼びたいだけなんだね、お母さん! とは口に出さずに尻馬に乗ると、青髪男改めマオはむむむ、と眉間に皺を寄せ、いきなり私のあごを掴んで口を開けさせた。ふがっ? なにこれ乙女の危機? お母さん助けて! ともがく私のあごが疲れてよだれが出そうになるまで咽を覗き込み、それからおもむろに仕方がないと頷いた。
「原始的な咽の形状だから『ほにゃらら』の発音は無理だろう」
「……それで、マオは何の為に力を貸して欲しいの?」
親から貰ったこの体を羞恥プレイの末原始的なんて言われてむかついたけど、細かいところにこだわってたら話が進まない。ここはひとつ、オトナのオンナのヨユウってやつで、なんとか話を元に戻すと、マオはちらりと私を眺め、お母さんに向かってもう一度頭を下げた。
「こちらの世界に、魔族の移住を受け入れて頂きたい」
「は?」
あれ? 勇者は? 巫女は? 花嫁は? 異世界トリップのお約束は?
ぽかんとする私を放って、マオは話を続けた。
「我が魔族を統治している世界では、長年人族と魔族が対立しつつも共存してきた。だが五百年前、人族が勇者召還の魔術を開発してから、魔族領に侵攻してくるようになってきた。もちろん、一般的に魔族と人族では魔族の方が強いが、初代勇者は魔王と相打ちになるほどの力を持っていた。魔王が倒され、次の魔王が立つまでの隙に魔族は狩られ、領土は奪われた。それに味を占めた人族は、その後も勇者を召還し、人族の領土を拡大するようになった。幸い、と言っていいのか判断しかねるが、勇者召還の魔術には天体の位置が密接に関係していたので、百年に一度しか発動できないのだが……」
一息ついたマオがお母さんの顔を見ると、お母さんは大丈夫よ続けて、という顔で頷いた。
でも私はもうお腹いっぱいって気分だ。受験勉強でそれなりに世界情勢とか経済とか、新聞読んで勉強してるけど、異世界の情勢まで入れる隙間は残ってないよ。容量ちっちゃいんですよ、私の頭! あ、自分で言っちゃった……。
「もうじき、五回目の勇者召還の時期になる。今回の勇者が我を倒せば、魔族領は全て奪われ、生き残りの魔族は人族に隷属させられるだろう。我は、そうなる前に魔族を率いて逃げだすことにしたのだ。……腰抜けと誹られようと、矜持も誇りも、命あっての物種だからな」
「それは、とても素晴らしい決断だと思うわ」
暗い目をして言うマオを、お母さんが慰めるように肯定した。さすが白衣の大天使。こういう自暴自棄一歩手前の人のあしらいが上手いよね。
「でも、ねえ……」
なぜそこで私を見るのお母さん……。そうですね、お母さんが慰め役で、私はけしかけ役って事ですね。
素早いアイコンタクトで理解した私は首をかしげて口を開いた。
「でもさ、日本って難民の移住に厳しい国だよ?」
「難民ではない。移民だ」
頑張って違いを主張するマオをちらっと見てわざとらしくため息をついてやる。
「だって、髪とか青いしさー。まさか羽根とか角とか隠してない?」
「……我には、ない。が」
「ああ、そういう人もいるんだ。やっぱり」
「こちらの人族も魔族を差別するのか」
「差別以前に、こっちには魔族っていないから、角とか羽根とかついてたらみんなびっくりするよ」
そう、地球には知的生命体は人間しかいないし、日本人は大多数が黒髪黒目だ。
羽根とか角とか、差別以前に研究対象になっちゃうよ! 髪を青く染めてる人はいるけど、自前で青い人とかいないし。
でも、さっきの話だと、このままだとマオとゆかいな仲間達は殺されてしまうらしい。
知り合ったばかりだとしても、押しかけられてて結構迷惑だとしても、死なれるのは後味悪いよねえ。
どうしたらいいんだろう。お母さんは何か考えているのかな。
ちらっと視線を送ると、お母さんはお仕事用の笑顔を顔に貼り付けていた。
ノープランってことですね、分かります!
あるぇ? 話が動かない?