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<2-4>目撃者

 カラン、コロン、カラン、コロン


 夜の笠井町、小気味よく、軽快なリズムで下駄の音が響く。下駄の主は、作務衣に身を包み、身のこなしは涼しげで優雅。頭髪はなく、見事に磨き上げたといった感じだ。一見仏門のようにも見えるが、その眼光は鋭く、肉欲に縁がないようには見えない。肉食獣というよりは猛禽類といった感じか。もちろん死肉食いではない。


 下駄の男


「まったく不始末じゃわい」


 下駄の男はひどく機嫌が悪いようだ。下駄の男がイライラしているのは夕方の雨。それは予報どおりの雨だったので自分は傘を用意していた。昼間の用事を済ませ、帰り道、駅から程なく歩いたところでそれは起きた。


「しかし、あれほどのものとはのぉー」

 下駄の男の目の前で一人の男が車に引かれ命を落とした。即死だった。下駄の男にとって人の生き死になどたいしたことではなかった。彼にとっては日常茶飯事であり、これまでに幾人もの人間が命を落とすところを目の当たりにしてきた。それは下駄の男の生業ゆえである。しかし、今回のような偶然は、それほど多いことではない。ただ、問題は死んだ人間ではなく、下駄の男の目に留まったひとりの男。


「戯れがすぎたではすまんな。これは」

 下駄の男が見たもの。それは事故で死んだ男が持っていた傘を別の男が持ち去るところ。その傘にも男にも見覚えがあった。


「まぁ、狭い街じゃからのぉ。会うことはあってもなぁ」

 下駄の男は以前、ビデオレンタルショップで傘を盗まれた事がある。しかし、その傘にはある特殊な呪術が施されており、盗んだ若者は傘を盗んでから数百メートルのところで車に引かれて足を怪我した。下駄の男にはそのような能力があるのだ。それはいい。下駄の男はそういったことを生業としているのだから。


「余計な事をしたとは思わんが……」

 その際、傘を盗まれたところをたまたま通りかかった男が目撃していた。雨に濡れるのが面倒だった下駄の男は、傘を盗んだ男を捜すのに、この男を手伝わせたのだった。そしてその礼に、その男の傘にも同じような呪術を施した。


「厄介ごとは、早めに手を打たないとのぉ」

 自分の大事にしているものを置き忘れたり、持ち去られたりしたときにそれを持ち主に知らせ、紛失しないようにするための呪術であり、物に対する執着が強ければ強いほど、それは効果を表す。雨の日に傘がないのは困る。しかしそうでないときには、普通傘を大事に思ったりはしない。執着がそれほど強くは働かない。つまり効果もかなり限定的なはずである。


「しかし、よほどの拘りがあるのか、それとも……」

 普通は傘にこの呪術を使っても、それを奪おうとしたものを殺すほどの力はない。下駄の男のお気に入りの傘を盗んでもせいぜい軽い怪我程度で済むのだから、普通の人間であれば、そこまで強い効果は期待できない。思い入れのある人からの贈り物、形見、思い出の品……一般的にそれは傘に当てはまることは稀有であろう。しかし人間のなかには極端に強い「こだわり」を持っているものもいる。その場合、拘りが強ければ強いほど、呪術の効果は上がるのである。


「まぁ、本来、拘るということは、いいことなんじゃがのぉ」

 これは下駄の男がまいた種である。男はそれを回収しなければならないが、今はそれどころではないのだった。


「まったく、忙しいときに……ふん!厄介じゃ」

 下駄の男は、ある仕事の依頼を受けており、今日はその大事な日であった。


「早いところ済ませないとなぁ。また今日みたいな天気の日には、人一人死ぬかもしれん。まぁ、それによって多少はこの街も住みやすくなるかもしれんがのぉ」


 カラン、コロン、カロン、コルン、カルン、クルン……

 下駄の音は闇の中に消えていった。


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