<12-5>闇の塔
下駄の男が去った後、入れ替わるようにひとりの男がしわがれた声の主を訪ねた。
「お呼びでしょうか?」
「7代目、すべて終わったよ」
「は?」
「7代目の抱えていた問題はすべてあの下駄の男が解決してくれた」
「そのことと、関係があるかどうかはわかりませんが、白鷺組の……」
「お前が引き継げ」
「は?わたしが、ですか?」
「回りくどいのは好かん。わかっておるだろうが、ワシの意に沿わんことはくれぐれもしないことだな」
「はい、肝に銘じて」
榊原はずっと気になっていた。しわがれた声の主が手に持っているもの。子供の頃に見た記憶がある。もしかしたら持っていたか?怪獣の人形。ソフトビニール製のそれは、しかし、とても作り物とは思えないほどに生々しく、しかも禍々しい。「それはなんです?」と一瞬聞こうとしたとき、しわがれた声の主が先に口を開いた。
「後藤からは眼を離すな」
「はい、すでにひとりつけております」
「ふん、手回しのいい」
「ただし、手は出すなよ。白鷺組も加賀組もワシにとっては取るに足らん。白鷺組のようになりたくなければ、今から言う3つのことを守るのじゃ」
「3つ」
「逆らうな、謀るな、侮るな」
しわがれた声の主は合図をして榊原に帰るように促した。不思議な感じがした。あの人形、以前どこがで見たか、或いは……不思議と知っているような感覚、懐かしい知り合いに出会って、でも、名前も誰なのかも思い出せないようなもどかしさを感じていた。
なぜだ?
余計なことを聞くことは、命に関わる。榊原が諦めて部屋を出ようとしたとき、不意に呼び止められた。
「あと、ひとつ。塔には関わるな。いいな」
榊原はしわがれた声の主に深々とお辞儀をして部屋を出た。帰りの車の中、窓の外は闇だが、空に突き刺さる鉄の塔が眼に入った。
なぜだ?
「なぁ、東京スカイツリーは、いつ完成だ?」
「たしか、来年の12月とかだったと」
「そうか、来年か?」
「そういえば、最近あのあたりに妙な噂があるのご存知出すか?」
「妙な噂だと?」
「えぇ、なんでも、あの塔の周りで最近妙なことが起きているようで――」
運転手の話に耳を傾けながら、榊原は塔を見ながら呟いた。
「逆らうな、謀るな、侮るな……そして、塔には関わるな、か」
下駄の男は、荒川の土手にいた。そこから東京スカイツリーは実に良く見える。闇に突き刺さる鋼鉄の塔は、いつになく禍々しくその姿をさらしている。
「このまま、何事もなく、というわけにはいかんじゃろうな。猫が一匹、下駄の男の足元で甘える。白と黒の模様が見事に左右に分かれた変わった猫である。
「団十郎、どうじゃ?今日も変わりないかのぉ」
団十郎と呼ばれた猫は、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、額を下駄の男の足にこすり付けてくる。
「そうか、そうか。おぬしが見ていてくれるおかげで、ワシも安心して仕事ができる。今のところは大きな動きはないようじゃな。しかし、ワシのシキガミでは近づけないほど、禍々しい気を発しておる。どうにも、困ったことじゃ」
カラン、コロン、カラン、コロン……
誰もいない荒川の土手を、下駄の音が鳴り響く。
カラン、コロン、カラン、コロン……
そして、闇の中に消えてゆく。
終わり