<12-4>蠢く闇
カラン、コロン、カラン、コロン……
夜の街に下駄の音が響く。その音はあるビルの中に消えていく。
「お待ちしておりました。どうぞこちらに」
美しい、若い男がひとり、下駄の男を部屋の奥へ案内する。
「失礼致します。お客様を御連れしました」
小さなノックの後に、美しい、若い男は静かにドアを開ける。なんともいえない圧迫感が、部屋の中からあふれ出る。
「終わったぞい」
部屋に入るなり、下駄の男が声を上げる。その越えは老いてなお闊達であり、部屋の淀んだ空気を一瞬振り払った。
「すまない。こちらで手違いが合ったようで、すこし迷惑をかけたようじゃな」
「いやいや、ちょっとした運動になった。かすり傷一つ負っておらんわい」
「それは良かった。で、首尾はどうじゃ」
「フン、それよりも2~3、聴きたい事があるんじゃがな」
「聞きたいこと?さて、どんなことかのぉ、わしの、すぐに答えられることならいいんじゃがな」
しわがれた声の主は、下駄の男とは正反対の声の質をしていた。しわがれた声の主の放つ波動は、話す相手を圧倒するような威圧感、それになんとも言えないいやらしい視線にさらされる。普通の人間であれば、吐き気を催すようなプレッシャーだ。
「依頼のとおり、事件は解決じゃ。ことの真相を知りたいか?」
「いや、その必要はない。お主が解決したというのなら、そうなのじゃろう。なにか、証拠の品でもあれば、それでいい」
「ふん、どうせそう言うと思っての。ほれ、これじゃい!」
下駄の男はレジ袋から何かを取り出した。それは怪獣の人形のようだった。
「ほう、それは?」
「触れてみるか」
「おー、触れてみるかのぉ」
下駄の男はゆっくりとしわがれた声の主に歩み寄り、手に持ったもの――ソフトビニールの人形を手渡した。
「ほー、ほー、なるほど、これはなんとも禍々しい。タイラントというのか、これは」
人形の足の裏には怪獣の名前が記述してある。普通の怪獣の人形とは明らかに違う雰囲気をもつそれは、まるで生きた怪獣のようであり、それは怪獣というよりは、悪魔のようであった。
「これはなかなか面白いものを見せたもらった。で、もう片方の手に持っている傘には何か意味があるのか?」
「ふんん、あざといのぉ。そうじゃ、あの三人は、この傘を盗んでのぉ、バチがあたり、その有様よ」
「おぬしの仕業か」
「まぁ、そういうことになる」
「ちがうな」
「あー、ちがう」
「で、どうなのだ」
「だから、おわったと、言っておる」
恐ろしいほどの静寂。何一つ動かない、いや動けないような空気の中で、美しい、若い男は思わず窒息しそうになった。
「まぁ、よい、で、聞きたいことというのは?」
「ワシを襲ったあの二人組み、どうした?」
「始末した。その監督責任者にも、しっかりと責任をとってもらった」
「惨いのぉ」
「あぁ、惨いが、これがワシのやり方じゃ」
「で、これで終わりか?」
「あー、終わりだ」
「後藤の件も」
「あー、後藤か、後藤な……それはわからん」
「わからんか?」
「あー、まだ、わからん。あのもの次第じゃ」
「そういうことか」
「そういうことじゃ」
「頼みがある」
「なんだ、珍しいな」
「それをくれてやる代わりに、後藤の件、わしに預けてくれんか?」
「ほれたか?」
「ふん!馬鹿なことを!」
「まぁ、いい、主が見込んだのであれば、それならば、よい。じゃが……」
「わかっておる。ルールはルールじゃ」
「そういうことじゃ」
「用事はそれだけじゃ」
下駄の男は、しわがれた声の主にくるりと背を向け、出口に向かって歩き出す。ドアのそばまで来ると振り向かずに呟いた。
「闇の力は増してきておる。本来、ここまでのことにはならん。人の世が乱れるのは勝手じゃ。ワシには興味のないことじゃ。じゃが、そんなものを増幅しようなどと、そういうことには、加担する気はない。今も、これからもじゃ」
「塔はまもなく完成する」
しわがれた声の主は、静かに答えた。
「誰にも止められんし、誰にも邪魔はさせん。たとえそれが……」
「失礼するよ」
下駄の男はドアを開けて出て行った。その後姿に向かってしわがれた声の主は小さな、小さな声で言った。
「かつての同士であろうともな」