<12-2>壊滅
「武井はいるか。江戸川南署の後藤だ」
後藤と鳴門刑事は白鷺組の事務所の前にいた。
「お待ちください。すぐにお呼びします」
先ほどとは、明らかに対応が違う。それだけじゃなく、なにか様子がおかしい。
「どう思う?」
「なんか、あったみたいですね。どうも様子がおかしい気がします」
事務所の前には数台の車が止まっている。どうもあわただしい感じがする。やがて武井が現れた。
「後藤さん、どうも、実はちょっと、問題が起きておりまして……あー、ちょうどよかった、警察にご連絡しようかと思っていたところです」
「どういうことだ?なにがあった?」
「失礼」
武井は胸のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。眉間に寄せた皺は厳しく、吐いた煙を疎ましく睨んでいた。
「組長が死にました」
「なに?」
「組長が死にました。自殺です。どうしましょう?」
「自殺?自殺だと!どういうことだ!」
武井が言うには、こういうことらしい。後藤の要請で武井が組長に電話したあと、20分位してから、組長は事務所にもどり、何本かの電話のあと、人払いをして、5分もしないうちに、銃声がし、中に飛び込むと組長の頭は吹っ飛んでいたということらしい。
「おい、その何本かの電話って、誰からだかわかるのか?」
「どうでしょう?事務所の通話記録で調べてください。まぁ、それで足がつくような連絡で、こういうことになったとは、わたしには思えませんが」
「お前、予測していたのか?」
「まさか、後藤さん、いくらわたしでも、ここまで事態が急に進むとは……」
「早すぎた、とうだけで、概ね予測できたということか?」
「ヤクザもんの言うことを真に受けちゃいけませんよ、後藤さん。ワシらは毎日タマの取り合いやってんですよ。カタギの連中とは違う。常にこうなる覚悟はしてるってだけです」
後藤は武井の言っていることは理解できるし、実際そうだと思う。しかし、どうも、何か隠しているような気がしてならなかった。だが、あまりにもそれが漠然としすぎていて、どうにも攻め手がなかった。
「まぁ、いい、ともかく、現場を……いや、すまんが警察に連絡してくれるか?そのほうが動きやすい、それから……」
「えぇ、今日、あなたがたがここに来たことは、必要がない限り、しゃべりません。そういうことでよろしいですか?」
「あー、片付けたいものがいろいろあるなら、いまのうちやっておけ。そんなに時間はないと思うがな。で、武井、お前はこれからどうする?」
「まぁ、どうするもこうするも、上次第ですが、多分白鷺組は解散。シマは、他の組に統合されるでしょう。おそらくは……」
「榊原のところか」
「えー、おそらく」
「榊原か……結局、一番得をしたのはやつか」
「まぁ、あちらも3人も立て続けに不慮の事故で人材を失ってますからね」
「榊原の下につくか?」
「さぁ、私と奴の間には、少々因縁がありましてねぇ……私は、そういうことを、簡単に割り切れる男ではありませんから、では、やらなきゃならないことが山積みなのでこれで失礼します。今回の件、感謝はしてませんが、一応礼だけは、言っておきます。世話になりました」
鳴門刑事は黙ってことの成り行きを見守っていた。こういうとき、自分はどうしていいのかわからない。いや、じっくり考えれば、いいアイデアが出るかもしれない。後藤は判断が早い。しかも、こういうときの後藤の判断が間違っていたことはなかった。
「行くぞ、取り急ぎ署に戻って、体制を立て直す。お前は先に戻って、署長に報告しろ。途中で俺を見失ったと」
「ご、後藤さん!」
「心配するな。ちょっくら行って、アリバイを作ってくる。なぁに。この街には俺に借りがある連中なんざ、五万といる……いや、正確には5人か」
「知りませんよ。どうなっても……じゃ、キヨのママの店で見失ったってことで良いですか?」
「あー、それでいい。あとは俺のほうで絵を描いておくから」
鳴門刑事は署に戻った。後藤は駅の繁華街にある「キヨ」という店に行き、口裏を合わせるように頼み込んだ。昼間は喫茶店、夜はカラオケバーをやっている店で、このあたりではかなりの古株だ。ちょっとした情報屋でもある。
「ママ、いつもすまないなぁ。ところで、サラマンダーって昔あった暴走族が復活したって話、あれは本当か?」
見た目は40歳くらいだが、実際にはもっと歳をとっている。後藤が始めてこの店を訪れたときから、ほとんど見た目が変わっていない。噂では、若い恋人をとっかえひっかえにしているらしいが、その噂が本人から出ているもので、他からは聞こえてこない。これはきっとガセだろうと、後藤は思っている。
「その話は聞いた事があるけど、以前のサラマンダーとは、どうも違うみたいね。表立ってはほとんど動いていないって話よ。だから、噂だけで、本当の所はわからないわね。前は、うちみたいな店にも、勘違いした連中が来たりしていたものだけど……」
「そうか……何かわかったら、連絡を、じゃ、あとはお願いします」
「えー、たまには飲みに来てね」
店を後にする。後藤の携帯に連絡が入る。署からだった。
「わかりました。現場に急行します」
翌日の新聞に小さな記事が載る。
『笠井町の暴力団幹部、拳銃で自殺』
当然に銃刀法違反で捜査が入り、事実上白鷺組は消滅した。様々な捜査が行われたが、それ以上、何ひとつ事件の証拠になるようなものは出てこなかった。『謎の死』ではあるが、自殺ということは疑いようもなかった。