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<12-1>街を離れる

「では、これを、お願いします。でも、大丈夫ですか、この傘は……」

 真壁は下駄の男に傘を渡した。愛着のある傘だが、未練はなかった。しかし他人にこの傘を託すのは、たとえそれが下駄の男であろうと心配である。なんと言っても、この傘には不思議な力が宿っているのだから。

「ふむ、心配はいらん。わしを誰だと思っちょる」

 下駄の男は、傘を受け取ると、その場で傘を開いた。傘の中心部分、骨と柄が集まる一点にひとさし指を滑らせ、くるくると小さく回した――まるでトンボを捕まえるときのように。するとその指先に黒い、糸のようなものが巻きついている。髪の毛――それはあの日、真壁の頭髪から引き抜いた一本の髪の毛であった。下駄の男は指先にふっと、息を吹きかける。髪の毛はどこかに飛んでいき、所在がわからなくなってしまった。真壁の目には、空中に溶けていってしまったように見えた。


「これで終わりじゃ。あとはお主次第じゃよ」

 下駄の男は、真壁の肩に手を置いて真壁を見つめた。肩に置いた手は力強く、眼光は鋭い。

「わかりました。この部屋はもう、引き払おうと思います。この街を、東京を出ようかと思います。」

「そうだな。いい結論じゃ。後藤よ、かまわんな」

「え、ええ、別に具体的な容疑者というわけではありませんし、連中も東京を出てまで、この件は追わないでしょう」

「ご、後藤さん、いいんですか?」

「鳴門、どう考えたって、真壁の名前が出るような報告書はかけないだろう。それに二人を襲った連中だって、もう手出しをしないだろうし、それに……」

「なんです?後藤さん」

「い、いや、なんでもない、少しばかり、考えすぎかもしれんが、あの二人は別件でも十分に引っ張れるだろう?」

「まぁ、それはそうですが……」

 鳴門刑事は不満であった。この事件の真相が、明るみになる事がないのはわかる。しかし、頭でわかるからといって、感情や感覚がそれをゆるさないこともある。たぶん、後藤もそうに違いないのだ。が、自分よりもこういうことへの割りきりは後藤は早い。そしてむしろその事が、鳴門刑事を苛立たせているのかもしれない。


「よし、いくぞ。やはり気になることは先に片付けておかないとな」

「え?なんです?気になることって」

「もういちど白鷺組に行くぞ。署に戻るのはそれからだ。じゃぁ、拝み屋のオッサン、世話になりました。いろいろと面白いものも見せていただいて、また、近々お会いすることもあるかもしれませんが、今日はこれで引き上げます」


 下駄の男は、後藤に近づき、真壁にしたように後藤の肩に手をおいた。

「なかなか面白い男よ。後藤、また会う日も、そう遠くはないじゃろう。なにかワシに頼りたい事があれば、つぶやけばいい。すぐに駆けつけてやるわい」

「な、なんですか、それ、呟くって?」

「鳴門刑事、あとで主にメールをするから、それで後藤に教えてやってくれ」

「は?で、でも、僕のメールアドレスなんて」

「ワシを誰じゃと思ちょる。袴田元気じゃぞ!わしは少し、この場所に用事がある。さぁ、とっとと行かんか!」


 下駄の男は部屋から二人を追い出した。

「な、なんだ、『はかまだ げんき』って?まぁ、いい、いくぞ。車拾うぞ」

「は、はい」

 後藤と真壁刑事は、急いで真壁のマンションを出た。そして、大通りに出たところで車を拾う。不意に鳴門刑事が笑い出した。

「な、なんだよ鳴門?お前までおかしくなったのか?」

「い、いえね。後藤さん、あの老人は本当に食えないというか……『はかまだげんき』って、もしかしたら、ハッカー、まだ現役とか、そういうことじゃないかって」

「フン、拝み屋が!」


 車は白鷺組の事務所があるビルに向かっていった。一方下駄の男は、真壁を連れて、部屋を出ていた。一階のロビー。

「わるいがのぉ、管理人に話しかけてくれんか?部屋に誰か侵入した形跡があるとか何とか行って、部屋まで連れていって、そう5分くらい足止めしてくれんか?」

「はぁ、でも、なんで?」

「ちとな、防犯カメラの映像に細工をな」

「ちょ、ちょっとそれは……わ、わかりました。もしかしたら、これで」

「そうじゃ、これでお別れじゃ。主とはもう、二度と会うこともあるまい」

「そうですか。こういうとき、お礼を言うべきなのか、お詫びを言うべきなのか、ワタシには……」


「礼は形のあるもので、詫びは誠意でするものじゃ。ワシは誠意でことに当たったわけでも、礼でもない。これは仕事じゃ。詫びも礼も不要じゃよ」

 真壁はしばらく下駄の男を見つめ、そして頭を下げた。

「お疲れ様でした」

「うん、お疲れじゃな」

「では、失礼します」

「あー、失礼する」

 真壁と下駄の男はそこで別れた。下駄の男は管理人室の中に入り、ビデオに細工をし、下駄の男が出入りした時間の映像を消去した。


 その後真壁は、東京を離れ、地方勤務へ写った。以来、真壁は二度と下駄の男と会う事はなかった。なにも変わりのない生活を送り始めた真壁であったが、一つだけ、変わった事がある。


 それは、ビニール傘を使うようになったことだ。

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