<11-4>存在の確認
「魂とは、幽霊とか霊魂とか、そういうイメージが強いがのぉ、もっと哲学的で科学的な存在なんじゃよ」
下駄の男は、焚き火の中のまだ燃えていない破魔矢を手に取り、焼き残った御札や紙くずをかき回し、空気を入れて火の回りを強くした。パチッ、パチッと音がする。
「つまり、ボクらが見たものは全て現実の世界に存在すると……」
鳴門刑事は一歩前に詰め寄る。「そんな馬鹿な事が……」と真壁が鳴門刑事の言葉をさえぎる。「……あるはずが、ない。あっても、ワタシは、信じない」
「ふん!それじゃよ、その『あっても信じない』というのがことの真理じゃ!」
下駄の男が吐き捨てる。
「あるような、ないようなという、曖昧な解釈ならばそれは障らない。障ることはほとんどないんじゃ。だがのぉ、お主のように、客観と主観をはっきりと使い分けるような輩の前では、かえってその存在を際立たせるんじゃよ。拘りといってもいい。それも無用の」
「わかんないなぁ、どうにも、拝み屋のオッサンの言ってることは、矛盾してないか、そのぉ……無用の拘りは、霊魂とか、幽霊とか、そういうものを否定しているわけだから――」
「否定?ならばなぜ、この男は、傘を持って出かけたんじゃ?雨の急に降りそうな晴れた日に?」
「そ、それは、それは……」
真壁が言葉を詰まらせる。
「魂など存在しない。幽霊など、呪いなど、そんなものは存在しないと思いながらも、そのくせ、その力による効果を観測し、考察し、利用した。そうであろう。お主はこうなるとわかって、あの傘をもって出かけたんじゃ」
真壁はヒザから崩れ、両手を地面につけて、頭を垂れた。後藤と鳴門刑事はそれを見守るしかなかった。
「魂というのは、魂そのものだけでは存在できん。まず、最初は体が必要だ。おぬしらのようにな。しかし肉体はいつか滅びる。魂がそれを認識していれば、肉体と同時に魂も滅びる。しかしなぁ、魂が肉体が滅びたことを認識できない状態、そして、その魂の存在を客観的に観察するものの存在。その二つの条件がそろわなければ、今日見たような現象は何一つ起きやせん!」
「あー、それってつまり、アイデンティティの確立ってことですか、自己認識と社会的客観性での存在証明みたいな」
「鳴門刑事、お主はなかなか勉強しとるな。関心、関心」
下駄の男は明らかに後藤に対するあてつけで鳴門刑事を褒めた。それがわかるだけに、後藤も、そして鳴門刑事も無関心を装った。
「じゃ、だとして――だとしてですよ、さっきの公園でのあれはいったいどういう意味が?」
鳴門刑事にはもっと聞きたい事が山ほどあったが一つ一つ手順を追わなければ、この老人は話をはぐらかすだけだと考えた。そしてその判断は正しかった。
「うん、そうじゃな。悪いことをしている人間に、お前は悪人だ。悪いことはやめろといって、犯罪がなくなるなら、お主ら、職を失うことになるじゃろう?そういう輩には、子供の一言が一番効くんじゃよ。誰しも純粋な少年時代はある。悪者と言われて傷つかない子供はおらんじゃろう。わっぱに恐れられ、忌み嫌われれば、自分がどういう存在か認識するというものよ。そして、ヒーローに退治される」
「自分の中の凶悪な部分を純粋な子供の持つ客観性で認識させ、それをステレオタイプのヒーローに退治させることによって、邪悪な部分――凶悪なアイデンティティを崩壊させる。理屈ではわかりますが、そもそもが信じられないというか……」
考え込む鳴門刑事を見ている下駄の男の顔は、さながら自分の生徒にいやらしい宿題を出すときの教師の顔そのものだった。
「なんだって、あいつら、なんだって、あんなやつらが……」
真壁は再び困惑の中に彷徨っていた。