<11-3>笠井稲荷
「さて、ついたぞ。ここからのことは一切ワシに従ってもらうが、依存はないのぅ?」
今更、何を、という言葉を飲み込みながら、後藤と鳴門刑事はうなずき、真壁もそれに従った。笠井稲荷――笠井駅から北へ徒歩で30分ほどのところにある神社は、古くからこの土地にあるが、その存在を知るものは意外に少ない。笠井町は、もともと新興住宅街として、昭和40年代終わりから50年代にかけて駅の南側……埋立地に巨大な団地が建設され、発展した町である。駅の南側には歴史ある神社などは当然似なく、また北側は、中小零細工場が立ち並ぶ町であったが、それも次々とマンションに変わっていった。古くからこの地に住むものは少なく、寺や神社というものはほとんどない。
「この神社はのぉ、これで結構なもんなんじゃよ。無礼があってはバチが当たるというものよ。人知れずこの笠井の町を治めているのじゃ。農業、漁業、商業の神様じゃ。そのおかげでこの町はこれだけ発展しておる」
「つまり商売の神様の力を借りるというわけですか……そんなんで大丈夫なんですか?」
「罰当たりなものいいをするでない!機嫌をそこねたら困るのはお主らぞい!」
その佇まいは、どこにでもある普通の神社である。隣には大きな公園があり、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。後藤たちは下駄の男に従い、鳥居で挨拶をしてから神社の中に入る。正しい作法で参拝したのは、いつのことだったか……カラスが不気味に騒ぎたて風に木々がざわめく。全く、絵に描いたような不気味な空気が流れ出す。
「やはり、あまり歓迎はされておらんな。招かれざる客を連れておるからのぉ」
下駄の男は意地悪そうに他の3人の顔を眺めた。いつものいららしい笑みを浮かべながら……「冗談じゃよ。神様というのは、ワシら人間一人一人のことを気にするほど人間社会に関心は持っちょらんわい」
三人は顔を見合わせたが、笑う気にも怒る気にもなれなかった。間違いなく、鳥居をくぐってから何か雰囲気が違う。後藤は初めてここに来たわけではないが、とてつもない違和感を感じていた。
「ご、後藤さん……」
「わかってる。なんてことはねぇ。いつものことさ。いつだって俺たちは招かれざる客さ」
「そ、そうですね」
「さて、こっちじゃ、こっち、とっとと済ませないと日が暮れてしまうわい」
下駄の男は、手水舎で左手右手の順に清め、次に口をすすぎます。再び左手を清め、残った水で柄の部分を流した。3人がそれに従う。正中を避けて拝殿に向かう。しかし兵殿には入らずに、右に曲がった。煙が立っている。拝殿の横の細い道を通るとそこに巫女が立っており、火を焚いていた。
「おー、おー、すまんのぉ、待たせたかのぉ」
「お待ちしておりました。いえ、さきほど準備が整ったばかりでございます。どうぞお遣いください。お炊き上げが終わりましたら、声をかけてください。では、私はあちらで人払いをしておりますので」巫女は静かに頭を下げ、下駄の男に微笑みかけると拝殿の方へ姿を消した。
「人払い……ですか?」
「いやなに、ワシは別に構わんのだが、それこそ、おぬしら、こんなところでふらふらしてるところを誰かに見られたくはあるまい。さて、はじめるかのぉ」
後藤の肩をポン!と叩くと下駄の男は焚き火の前にしゃがみ、レジ袋から三体の怪獣のソフビ人形、ベムスター、エレキング、ゴモラを取り出した。
「あ……ま、まだ、そこに、いるのか、あいつら」
真壁が口を開く。少し震えているようだ。
「あー、そうとも、そう簡単には、こいつらは払えはせんわい。だから、ここできっちりとしておかんとなぁ、うん?なんじゃ?なんか納得いかんか?」
「それって、じゃあ、最初からここにくればよかったんじゃ……」
鳴門刑事がかみつく。
「ふむ……なるほど、たしかにそれも一理あるがのぉ、しかし、こういうことはやはり、慎重に慎重をかさねないといかん。それにアレにはちゃんとした意味があるんじゃ」
「差し支えなければでいいんですが、できたら、そのあたりもお話いただけると、こちらも目覚めが悪くなくていいんですがね」
後藤が鳴門刑事を援護する。
「そうじゃなぁ、まぁ、タネをばらしたところで、すぐにそれを真似できるものじゃないあらのぉ……手品と同じじゃ」
下駄の男は、とても楽しそうに笑いながら三人の顔を見上げた。