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<11-2>赤く染まる街

「な、なんで、こんなことを……」

 橘は死を覚悟していた。ほんの数分前までは、『明日』という日が来ることになんの疑いもなかった。自分は、この街、この笠井町でのし上がり、今まで自分をゴミのように扱ってきた連中をいつか見返してやりたかった。バイクが好きだった。ただひたすらにバイクが好きで、思いっきり街の中を、アクセル全開にしてぶっ飛ばしたい。そう思って、そうやっていたら、いつの間にか社会のあらゆるものが自分の敵となっていた。教師も、親も、仲間までも……それに抗う術を暴力に求めたことへの悔いは、何かの拍子にどこかへ捨ててしまっていた。


「良かったよ。キミには謝らなきゃいけないと思っていた。それもかなわないかと思ったが、これも神の思し召しだ。私は神に感謝する。そしてすまないね。キミ、キミはちっとも悪くない。どうかワタシを許して欲しい。キミへの償いに、ワタシからのプレゼントだよ。どうしてこんなことになったのか、キミがあの世で恨むべき人の名前を教えてあげようか?」


 サイレンサーを装着した銃を持った男は橘のそばを慎重に歩きながら、巨漢の男が確実に死んでいる確認をした。マツダは白目をむき、口を大きく開けたまま夕日に真っ赤に染まった空を睨んでいた。


「聞きたい?聞きたいかい?」

「武井さんか」

「ちがう、ちがう、武井は何も知らないよ。それにこんなことはね、上の許可なしにはできないことだよ」

「じゃ、じゃぁ、組長自らが?」

「いやいや、もっと上さ、あー、そうそう、時期にね、組長にも合えるからさぁ。組長もヘマやったね。クックックックッ……まぁ、組長のヘマの責任をキミが取る筋合いはないよね」

「だ、誰だよ、いったい何者なんだ」

「うーん、やっぱ教えない」


 シュッポ、シュッポ


 乾いた音が2回


 んがぁぁ


 嗚咽が1回


 コツ、コツ、コツ、コツ


 足音が遠のいていく。そして数人の足音、大きな2つの袋を担ぎ、車のトランクに押し込む。車は何事もなかったようにそこから立ち去り、大量の血痕と2台のバイクだけが残された。


 車の中。携帯のボタンを押す音数回……呼び出し音

「あー、どうも、ワタシです。はい、順次滞りなく。えー、指示通り痕跡は残しました。これから港のほうへ、はい、あそこに沈めれば、まず発見は難しいかと……えー、そっちのほうは夜になってから、えー、動きは掴んでおります。協力者も得てますので、はい、信用はできます。今回の件、ある程度予測していたようなので、今の組長よりは、頭の切れる男です。多少、切れすぎることもあるかもしれませんが……えー、監視は別途、はい、はい、では、後ほどまたご報告に上がります」


 ピッ 電子音。携帯切れる。

 パンッ 携帯を閉じる音。


「ふー、まったく、明日はわが身、開ける扉を間違えると、生きては外に出られない。組のトップといえでも、あの方にとっては単なる捨て駒。おっかねぇ、おっかねぇ」

 車は夕暮れていく街の中に溶け込み、闇の中へと向かって消えていった。街はいよいよ真っ赤に染まっていった。


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