<10-6>後始末
「おい、大丈夫か?」
「あー、畜生、まだビリビリした感じがするぜ。なんなんだよ、あのジジィ」
そこは笠井町の中心地から車で15分ほど行ったところで、大きな工場や倉庫が並ぶ工業地域。誰も使っていないような空き倉庫や廃工場が少なからずある。そういう場所は都会の死角であり、闇に生きる者が暗躍する場所でもある。
「どうします?このままじゃ俺たち、ヤバイくありません?」
「知るかよ。大体話が全然違うじゃねぇーか。本来なら、畳み掛けるところなのに、一旦待機しろだなんて、上のほうでなんか手違いがあったんじゃねぇか?」
「まさか、そんで俺たちを口封じするためにここに呼んだとかないッスよねぇ」
「おいおい、そんなのテレビドラマの見すぎだ。アメリカとか中国とかならまだしも、ここは日本だぜ。そんなことできっこねぇって」
2台のバイクのうち1台はあちこち傷だらけになっている。真壁と下駄の男を襲った際に失敗し、転倒したのである。『40代くらいのサラリーマンとそれに付きまとう老人、これを襲撃し、引ったくり強盗を装って、場合によっては死亡事故になっても構わない』というのが指示内容であり、見返りとしての金銭の授受はその事が確認され次第と言うことだった。どうということはない。いつもの仕事である。
「あれー、おかしいですね。携帯、つながらないっすね」
「ジジィにスタンガンかまされたからな。携帯、いかれちまってんだろう」
リーダー格の男が自分の携帯を確認する。
「あれ、さっきまで繋がってなのになぁ、ここって電波悪いのか……」
「橘さん、マジ、これってヤバくないっすか?」
「ふん、ビビッてんじゃぁねぇよ。携帯がつながらんぇくらいで!」
嘘であった、明らかに虚勢であり、大丈夫だという態度をとりながらも、橘という男は、いざとなれば、どんくさい相棒を置き去りにして、その場を逃げるつもりでいた。
「一応、エンジンは入れて置けよ」
そう言って橘はエンジンをかけた。
「ブルルルン」
しかし、エンジン音は一つしか鳴り響かない。おかしいと思い、橘は声をかけた。
「おい、マツダ、エンジンかけておけって、おい、きいてんのか!」
マツダと呼ばれた大男は、微動だにしない。いや、できないのであった。
「あ、あああ!」
もし、橘がエンジンをかけるのがもう少し遅かったら、マツダの最後の声を聞けたかもしれない。橘がエンジンをかけた瞬間を見計らうようなタイミングで、一発の銃弾がマツダの分厚い胸を貫いていたのである。マツダは、「ヤベーじゃん、これ、マジかよ」と胸元の急激な熱さと痛みに溺れながら口を動かした。が、その言葉はマツダが思ったようには口からは出なかったのである。
「パスーン、パスーン」
マツダの額と喉元に弾丸が滑り込み、マツダの巨体は地面に崩れ落ちた。
「畜生ー!」
橘は、思い切りアクセルを吹かし、バイクを走らせた。が、走ったのはバイクだけだった。橘の肩口に弾丸が当たり、ハンドルから手が離れ、橘の身体は地面に引き倒された。
「いっ、痛てー、痛てーよー」
地面でのたうち回る橘。ほんの数メートルのところで橘のバイクが横転する。橘はなんとかバイクに乗ろうと、もがきながらバイクのところまで駆け寄ろうとする。
「俺の単車が、俺の単車が……」
橘にとって、バイクは唯一信頼できるものだったと、橘をよく知る人物は口をそろえてそう語る。だが、橘の身元を後藤が調べ、そのことを耳にするのは、随分、後のことである。
誰もいない工場跡に主をなくしたバイクのエンジン音が、むなしく響いていた。