<10-5>ゴモラVSタクマ後編
果たしてこれで、本当に終わるのかという疑問を抱きながらも、後藤は下駄の男のやることを見守るしかなかった。鳴門刑事はどう考えているだろうか。やはり、少しは説明をしたほうがいいのか。後藤は自問自答を繰り返していたが、真壁の様子が刻々と回復に向かっているようだし――まずはこの茶番ともいえる儀式を最後まで見届けるしかないか――と、そう腹をくくった。
「いいか、坊主、次にゴモラが現れたら、ゴモラの角めがけてチョップじゃ」
下駄の男の言葉に促されて、タクマ君はソフビのウルトラマン人形の腕を前に上げ、ゴモラの出現に備える。真壁も子供たちと同じように身構えている。下駄の男は砂の中に手を突っ込み、ゴモラが砂の中から頭を出す。
「グガァァァウオォォ!」
ゴモラが雄たけびを上げて砂の中から這い出てくる。下駄の男が操り、声を出しているとわかっていても、本物の怪獣が凶悪な牙をむき出しにして暴れだしているような錯覚に陥る。いや、錯覚ではないのかもしれない。この男ならそんなこともやってのける。後藤にはそう思えて仕方がなかった。
「ウルトラチョップじゃ!」
下駄の男の声に、タクマ君は我を取り戻す。ゴモラのあまりの迫力に目を奪われていたようだ。「エイ!ウルトラチョップ!」タクマ君の操るウルトラマンの右腕がゴモラの頭に数回当たる。ゴモラは苦しそうな様子で怯むとゴモラの鼻先の角と左の角がちぎれ落ちた。
「やったー!」子供たちの歓声が上がる。
「よし、止めじゃ。みんなでスペシウム光線じゃ!」下駄の男が叫ぶ。
「スペシウム光線!」タクマ君、ユウキ君、ミィちゃんそしてほかの子供たちが右の胸の前で十字を構えてゴモラめがけて叫んだ。
「パパッ!」閃光が走る。
「ひぁあぁ」少しはなれたところから様子を伺っていた母親の何人かも反応する。確かに何か光った。ゴモラはすっかり精気……いや、邪気を失い、右側に崩れるように横たわる。
「やったー、ゴモラを倒したぞー!」タクマ君が歓喜の勝どきを上げる。
「パチパチパチ」子供たちの拍手。
「坊主よくやったな」
ゴモラの屍骸――角と尻尾の取れたソフビ人形をレジ袋に入れると下駄の男は優しく、そして力強く子供たちの頭を撫でて回った。ふと、その不自然さに後藤が気付く。単に頭を撫でるというよりは、どうやら一人一人になにやら呪いをかけているような様子に見えた。
「消えた……やつら……みんな、どこかに行っちまいやがった」
「真壁……」後藤は確信した。世の中にはこういうものもあるのかもしれない。いや、あったほうが、良いのかもしれない。
「ご、後藤さん、これっていったい、何なんでしょうね。真壁は回復したみたいですし、あの怪獣のソフビもウルトラ兄弟にやられる前と後じゃ、なんだか全然違う感じがするし、僕等の目の前で、いったい何が起きたんでしょうか……」
「何も起きちゃいないさ!報告書に書けるようなことはな」
後藤は鳴門刑事の肩をぽんと叩くと真壁に歩み寄った。
「真壁、よかったら話してくれるか?お前さんが見たもの、お前さんが感じたものを、そして――」
「ワタシがやりました。全部ワタシのせいなんです。でも、ワタシはただ、雨の日に傘を持って出かけただけなんです。ただ、それだけなんです」
「さてと、ここに長居は無用じゃ。これから笠井稲荷にいくぞい。話は道々すればよいじゃろう」
下駄の男は懐から何かを取り出し、砂場にまいた。白い粉……塩のようだ。
「わっぱどもの遊び場所に変なものがつかんようにしておかんとな。さてまいるぞい!」
鳴門刑事が母親に挨拶をし終わると、後藤、鳴門刑事、真壁、そして尾上弥太郎と名乗る自称拝み屋――下駄の男の4人は西港公園を後にし、そこから2キロほど北にある笠井稲荷神社に向かった。陽はすっかり傾き、街は赤く染まっていた。