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<10-1>王道と邪道と

 うつろな状態の真壁を公園まで連れていくのは、思った以上に手間のかかる作業だった。それは裏を返せば、それだけ真壁の状態が良くない――危ないということだろう。いろいろと聞きたいこともあったが後藤は黙って下駄の男についていくことにした。「真壁、大丈夫か、しっかりしろ」後藤の呼びかけに全く反応しないわけではないが、気力というもの目に見えて消失していた。憔悴しきるまで、さほど時間はかからないだろう。


「なーに、ここまでくれば心配はいらん。よい依代が手に入ったおかげで、スムーズに事が運んだ。お主の部下……鳴門刑事じゃったかのぉ。いい仕事をしてくれたわい」

「よりしろ……ですか?」

「そうじゃ依代、これはこれでな、なかなかに深いものがあるのじゃが、まぁ、いろんな呼び方もあるが、たとえばじゃ、ありがたい仏像にはありがたい仏の御心が宿るように、邪悪な像には邪心が宿る。奴らの魂はまぁ、具現化するとこんな醜い姿に似ているということじゃ」


 だったら本当は専用の道具があるに違いない、と後藤は思ったが、この老人、下駄の男はそういった型にはまった事よりも、より実践的な方法を選ぶのだろうと、直感的に理解した。そして同時に、下駄の男なら『普通のやり方ではつまらない』というくらいの考えはあるのだろうと。


「しかも、今回はあの場所――真壁の部屋から追い出すだけでなく、払わないといかん。短期間にできる方法など、そうはない。これは自慢でもなんでもないぞ。わしレベルでなければできんことよ。最近の術者はどうも型にはまっていかん。世間もそうじゃが、こっちの世界でもマニュアル至上主義が浸透して来ておってのぉ……まぁ、なにも今に始まった事ではないのじゃが、なんというか、つまらんことよ」


 後藤は思わず苦笑した。


「なんじゃい、そういうお主も、わしの見たところ、同じ穴の狢じゃよ」


 再び後藤は苦笑した。


「しかし、拝み家のオッサンや俺みたいな者ばかりじゃまずいでしょう」

「おー、だから鳴門くんのような素直な若者が大事なんじゃ。王道行くべきものは王道を行けばよい。なにもわざわざ邪の道に誘い込むこともあるまい。その辺、お主はちゃんとわきまえておるか?わしゃ、心配でしかたがない」


 先を急ぐ下駄の男は、一連の会話の中で始めて後藤の方を振り向いた。その顔はしわくちゃの満面の笑み、しかしその肌艶はどこか神々しく、もし仙人というものがこの世に存在するのなら、こういう人物なのだろうと思った自分を、後藤は笑うしかなかった。


「おー、おー、おるわい、おるわい、めんこいわっぱがたくさんおるわい。子供はいいのぉ。それに……」後藤は目の前に広がる光景に正直、悪寒が走った。どんなに恐ろしい目にあっても、例えそれがこの世のものとは思えないようなものでも、まだましに思えた。後藤は子供とその母親が大の苦手であった。


「やはり若い人妻はええのぉ、女性が美しく見えるのは、やはり母としての強さとやさしさを身につけてからじゃ。そして、その過程にある女子は可愛らしさも兼ね備えておる」この件に関しては、後藤は下駄の男に同調はできなかった。


「後藤君、君にはまだ、わからんかのぉ。ものの美しさと愛しいさは完成形にではなく変化の過程にあるんじゃよ。蛹から蝶々になる姿やガニからセミになる瞬間を見た事があるかね。あれは本当に美しいぞい」


 後藤は頭の中で理解はした。しかし物事の道理と自分の生理的な感情は必ずしも一致する必要性も感じなかった。そこが自分の長所でもあり、また短所でもある。自分のような人間には、つまりはそういう役割があり、鳴門刑事のように道理と生理が一致している人間には、進むべき道がはっきりとしている。そしてできることであれば、多くの人間がそうあるべきで、『そうでない側の人間』が、他の誰かが王道に行こうとすることを妨げたり、違う道に誘い込むようなことはしてはならないし、後藤はそれを許してはいけないと思った。それはもしかしたら自分が今、刑事であることの理由のひとつかもしれなかった。


 そういうことを考えたことはなかったが、下駄の男との出会いは、後藤に少なからず影響を与えているようだった。それを不愉快には思わなかったが、手放しで喜べる後藤ではなかった。

「拝み家のオッサンには、どうりでかなわないわけか。手出し無用、口出し無用を今は貫きますよ」


 下駄の男はニコニコと笑いながら後藤の申し出を聞き入れ、鳴門刑事がこちらを見つけると手招きで呼びつけた。「ご苦労じゃのぉ、では、これからワシが言うことを、うまいこと伝えてくれんかのぉ」そう言うと下駄の男は後藤に目で合図をしてまわりに話が聞こえないような距離に呼び寄せ、これから何をするのかを簡単に説明を始めた。真壁は相変わらずうつろな目をして、回りの風景を眺めている。おそらくここがどこかもわからないような状態なのだろうが、心配しても始まらない。全てはこの男、拝み屋、下駄の男に任せるしかないのだから……


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