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<9-6>三体の怪獣

 下駄の男は、ソフトビニールの怪獣の頭や尻尾を胴体からはずし始めた。後藤はその様子をただじっと、いぶかしげに眺めていた。下駄の男は懐から何かを取り出す。ハンカチのような布のようなものの中に何かが入っているようだった。下駄の男はテーブルの上にそれを広げた。中から小さな三つの透明なビニール袋。袋にはそれぞれ何か書いてある。『加藤』『三上』『山本』、中に入っているのは――後藤は思わず口にした。


「おい、拝み屋のオッサンそいつはまさか!」

「あー、そうじゃよ。あの3人の遺骨の一部じゃよ」

「あんたそれをどうやって!いや、そんなことはこの際どうでもいい。どうするんですかそんなもの?」

「手順をなるべく省略するために、ちょっと本物をな。」

「本物って、悪い冗談は――」


 後藤は下駄の男の表情を見て取った。これは嘘じゃない。どうやら、とんでもないことを始めるらしい。刑事の目の前で拝み屋が呪術をやろうとしている。

「怖いか?」

「こう見えても信心深いんですよ、俺は。罰が当たるのはあんただけなんでしょうね」

「その点は心配いらん、なんせワシはこの世界のプロじゃからのぉ」

「なんかその、塩とか酒とか身を清めるようなことしなくても大丈夫なんですか?」

「そんなに心配するのなら、ほれ、台所に行って酒でも探してこい。まぁ、真壁の部屋にはそんなもの、置いてあるとは思えんがのぉ。せいぜい食卓塩じゃろう」


 後藤はもう、口を出すのはやめようと思ったが、どうしても言わずに居られなかった。

「で、なにか、行事の前の注意事項とかないんですか?」

「ふん、簡単なことじゃよ。口出し、手出しをせんこと、それだけじゃ!」


 後藤と話しながらも下駄の男は手を休めずに小さなビニール袋の中身――遺骨をソフトビニールの怪獣の中に入れて頭や尻尾を元通りにしていった。

「まずはベムスター、加藤三治よ、ドラゴンスケールの12代目!お前の居場所はここじゃよ!」

 部屋の奥から冷たい視線が下駄の男に向けられた。それは歪んだ心、闇に沈み行く魂の、もがき苦しむ慟哭。後藤はなんとも不気味なうめき声が聞こえたような気がした。すると次の瞬間、下駄の男は手に持っていたベムスターのソフビ人形を闇に向かって投げつけた。後藤は息を呑む。闇の中に蠢く、何者か――影のようなものがベムスターのソフビ人形に絡みつき、人形の腹から中に吸い込まれるような錯覚を見た。いや、見たような気がしたのか?


 部屋の奥のどんよりした空気が、少しばかり軽くなった気がしたが、同時に何かザワザワと騒がしいような気もする。下駄の男はすでに右手にエレキングを握っていた。

「次はこれじゃい。三河剛よ!お前は組織の飼い犬だな。エレキングが御似合いじゃわい!」腹のそこから響くような唸り声。憎悪、非情、愚直……加藤のときとはまた違う負の感情の波紋が部屋中に広がる。その波紋の中心めがけて下駄の男はエレキングを投げ入れた。エレキングは一瞬空中で静止したかのような錯覚のあと、波紋が渦のようにエレキングの角めがけて集まるような幻影。


「最後はこれじゃ、山本茂よ!凶悪で攻撃的、しかも貪欲。ゴモラほどの威厳はこれっぽちもないが、貴様はゴモラのそれと同じ邪な魂を宿した目をしておるわい!」ドーン!と突然地響きがしたような波動が襲い掛かる。思わず後藤はよろけそうになる。幻覚ではない、はっきりとした輪郭で不純な魂を宿した邪ないやらしい視線を感じ、思わず身震いをした。下駄の男はゴモラのソフビ人形を右手に持ち、正面へ突き出した。その手が震える。ぶるぶると震える。まるで何かの圧力が下駄の男の正面にあるような……いや、きっとなにかあるに違いない。「ふん!」下駄の男が気のこもった息を吐き、その圧力を押しのけた。「己の姿に憤怒しおったか!たわけめ!これが貴様の姿じゃ!」ついに下駄の男はゴモラを闇に向かって投げつけた。


「なに?」後藤は目を疑った。投げられたゴモラの人形は奥の壁に当たる軌道を描くのを突然やめてしまったのだ。今度こそ、それは一瞬静止した。次の瞬間まるで何かが下から突き上げたように天井に向かって飛び上がり――いや、カチ上げられ、ぐるぐると回転しながら天井にぶつかると、今度は何かに叩きつけられたかのように勢いよく床に転がり落ちた。一瞬の静寂のあと、後藤は何が起きたかよりも、今実際に身の回りで起きている変化に驚いた。


「あの、いやな感じが……なくなっている」


 不意に後藤の携帯がけたたましく鳴る。後藤は慌てたが下駄の男は微動だにしなかった。


「もしもし、鳴門です。指示通り、準備できました。西港公園です」

「あー、あー、鳴門か、そうか、わかった……」

「後藤さん、どうかしましたか?」

「あー、いやー、なんでもない。こっちも片付いた。すぐにそちらに向かう」


 後藤は携帯を切ると。助けを求めるような目で下駄の男を眺めた。

「あー、すいません。勝手に準備できたとか、いっちゃいましたが……」

「いや、構わんよ。準備はできておる。さて、最後の仕上げじゃ。真壁も連れて行くぞい」


 下駄の男は、奥の部屋に転がった3体の怪獣のソフビ人形を拾い集めると、何も省みずに玄関までまっすぐに歩いて出て行った。後藤は真壁を抱きかかえ、その後を追うしかなかった。



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