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<9-4>ことの始まり

「その夜は、いろいろと用事があってのぉ。そこに行く前についでに借りたDVDを返そうと雨の中、駆け足で北口にあるレンタルビデオ店に行ったんじゃがな。こともあろうにワシの傘をくすねた奴がおったんじゃ」

「突然の雨、傘の盗難、まぁどこにでもある話です。運がいいか悪いかみたいな……」

「ふん!そんなことじゃからお主等の仕事は減らんのじゃよ!たかが傘一本、しかしなぁ、盗んだ側の罪の意識よりも、盗まれた側の恨みの意識が強いから犯罪がなくならないと知るんじゃな!」


 下駄の男は珍しく語気を荒げて後藤を睨みつけた。後藤はそれを真正面から受け止める覚悟を見せた。


「まぁ、それは今話すことじゃないじゃろうが、結局のところすべては原因はそこにあるんじゃよ」

「そべての原因?なんですか、どういう……」

「つまり罪に見合った罰などというものは、人間が秩序ある社会を維持する為に作った方便であって、傘を盗んだことが死刑に値するという『人の思い』が世の中にあるということを無視するからそういう思いがどんどん淀み溜まっていくんじゃ。そしてそうした淀んだ思念が固まりになって、大きな事件を引き起こすと言っておるんじゃよ」


 後藤は火のついていないタバコをくわえたまま力なく首を横に振った。


「それは、確かに……確かに、そうかもしれませんね。最近の事件は、短絡的というか、唐突というか、『すぐに切れる』というか、こちらでも理解できないような動機で傷害事件がおきています。このごろじゃぁ、すっかり慣れてきましたが……でも、それじゃぁ、その傘を盗んだやつを拝み屋のおっさんはどうしたんです?まさか、それって今回の?」


 後藤はくわえていたタバコを右手の親指と人差し指でつまみ、前のめりになって下駄の男を見つめた。


「その傘にはのぉ、ちょっとした仕掛けがしてあってな。まぁ、置き忘れたりしないようにするまじないみたいなもので、場合によってはそれを持ち去ろうとする不貞な輩に罰が当たるような効果もあるんじゃがな」


 下駄の男はまるで嘘をついて悪戯を企んでいる子供のような目で後藤を見上げた。どことなくうれしそうにも見えた。


「で、じゃあ、たまたま、偶然、呪いの仕掛けたワシの傘が、不貞な輩に、盗まれるところを見てしまったのが、この真壁直行で、ワシの盗まれた傘を捜すのに協力してもらったんじゃよ」

「協力?」

「なに、たいしたことじゃないわ。真壁はワシが特殊な能力で傘がどこに持ち去られてかを知ることができたと思い込んでいるかもしれんがのぉ。真壁が傘を盗んだヤツがどの方向に逃げていったのか、直接きかなんでも、真壁の挙動をよく観察すればすぐにわかることじゃ。ワシの能力はそんなに便利なものじゃないし、ワシはエスパーでも仙人でもないからのぉ。まぁなってはみたいと思うがのぉ」


 下駄の男は両腕を組み、片目をつぶって見せた。

「なるほど『果たして本当のところはわからないのだ』ということですか?」

 後藤は少しだけわかった気がした。原因の予測としては当たらずも遠からず、だが、真実というのはそう簡単にはたどり着けるものではない。今は、事実から推測される『およその見当』だけで、十分だ。どうせ聞いてもわからない真実など、今解決しなければならない問題に影響がないのなら、知らなくても差し支えはない――今はまだ。


「まぁ、結局、店からさほど離れていない場所で、車に当て逃げされた男を捕まえて傘を取り戻すことができたわけじゃが、そのお礼に真壁の傘にも同じ種類のまじないをかけてやったんじゃよ。まったく、年寄りの戯れじゃ。反省はしとるがしかし、後悔はしとらんがのぉ」


 後藤は考えた。ここから先の話は大体察しがつく。世の中にそんな力が存在するのであれば、真壁のことだから理屈はともかく現象だけを認めてそれを実践した可能性がある。わざと、そう、たとえば、天気予報を調べてわざわざそういう異事が起こりやすい日に、『わざと』傘を無造作に置いておく。思わず手が出てしまいそうな取りやすいところに。その誘惑に勝てないような輩がここに3人集まっているわけか……後藤は脊髄反射的にこの結論に拒否反応を起した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!あんたの話はわかる。いや、その……わかるつもりだ。だが、オレの知る限り、世の中っていうのはそんな単純なものじゃないだろう。第一、そんな力が実在するなら、世の中はもっと……」


 後藤は自分が何をその後言いたいのか、すっかり忘れてしまった。脊髄反射的に何かが無意識から浮上して、否定をしなければという感覚だけで、反論を話し始めたのか、或いはゆるぎない論拠が自分の中にあったのに、あまりに勢いよく吊り上げたものだから、その意識の釣り糸が切れてしまったのか。


「もちろんじゃよ。もちろん、世の中はそんな単純なものじゃないんじゃ。ワシの施したそれは、いわば暗示のようなものだと思ってくれていい。ワシは仙人でもエスパーでもないからのぉ。じゃが、いくつかの偶然が重なった。悪い偶然じゃ。本来、起こらないことが起きてしまうような偶然、負の連鎖じゃよ」


 そういい捨てて、下駄の男は後ろを振り返り、奥の部屋を見つめた。後藤は結局のところ、すべてを下駄の男に、この拝み屋のおっさんに任せるしかないのだと悟った。今は……


「ふー。ところで拝み屋のおっさん。いったいどんな用事で急いでたんだい?この手の……厄介ごとかい?」

 下駄の男はニヤニヤした顔で振り返ると左手の小指を上に立てて言った。

「これじゃよ、これ」

 後藤はもう一度、首を左右に振り、両手を挙げて言った。

「参りました。降参します。ここからはすべてお任せします」


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