<9-2>お遣い
「加藤、三河に山本って、そんな馬鹿なことが……あぁっ!」
後藤は下駄の男が言った事を信じられなかった――が、すぐに理解した。なぜなら下駄の男が三人の名前を言った瞬間、3体の気配から、こちらへの意識の集中……視線を感じたからである。結果、後藤は言葉を詰まらせた。それはなんとも不愉快な感覚、鳥肌が立ち、背筋からゾワゾワと沸いてくる、いや這い上がってくるような感覚、後藤ほどの男でも思わず身震いをしてしまうよな悪寒。
緊迫する中にも、下駄の男は後藤に対して感心せざるを得なかった。「ほぉぉ、お主にもわかるか。『殺気を感じ取る』というやつか。どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか、物騒な世の中じゃのぉ……まぁ、これだけはっきりした形で現れることは、そうめったにあることではないがのぉ」
後藤は頭に来ていた。わかったからといって何ができるわけではなし、それは見えようが聞こえようが同じことである。「こいつは全くもって、こっちの領分じゃないな。畜生、吐き気がする」後藤が刑事になってから、人間の魂の失われた姿――遺体――を普通の人間より、数多く見てきた。どんな酷い状態でも気持ちが悪くなったことはないが、怨恨がらみの被害者の遺体は、流石に気分が悪い。そういう場合、加害者の攻撃は相手の顔面に集中する。遺体の状態の悪さではなく、そういった人の負のエネルギーのようなものを感じて気分が悪くなることがある、これはまさにそれに似た感覚だった。
「一つ忠告しておく『これはいったいなんだ』とか、『いったい何が起きているンア』そういう無粋なことを聞くのはなしじゃ。お主には『何かいる』と感じられるかもしれんが、わからん奴にはわからんし、見えない奴にはみえない。つまり説明したところでそれが『こういうものだ』とか『どういうことだ』とか、誰にでもわかるように説明できるようなものじゃないということじゃ」
「そりゃぁ、まぁ、わかりますが、で、どうするんです?このまま放置しておいていいものではないのでしょう?なにか退治するような方法があったりするんですか?」
後藤は少しだけ意地悪な言い方をした。そういうふうに少しでも体の中に湧き上がる毒を出しておかないと、腹の中に何かモヤモヤしたものがたまっていくような不快感を感じ、それは後藤が自然にとった行動であったが、下駄の男にはそれこそ感心せざるを得なかった。
「すまんがのぉ、少し手伝ってもらえんかのぉ。なぁに簡単なことじゃ、今から言うものを買ってきてくれんかのぉ。ジャストに行けば全部そろうと思うんじゃろう」そういって下駄の男は手帳に何かを書くしぐさをした。「ジャストってあの大型量販店の……ですか?」後藤はそう言いながら、すぐに胸のポケットから手帳を出し、一枚ちぎってボールペンと一緒に下駄の男に渡した。
下駄の男は紙とボールペンをドアに当てて何かを書き出した。時々遠くを見るようなしぐさをしながら何かを思い出したように書き始める。「よし、たしか、これでよかったはずじゃ」そういうと得意げな顔で後藤にメモを渡す。
「な、なんですか?これは?」
「除霊の道具じゃよ」
「こ、これが……ですか?」
「そうじゃ。急がないと日が暮れてしまう。夜になる前に済ませないとまずいことになるやもしれん」
「は、はぁ、しかしこれは……私はどうも……あー、鳴門、ちょっといいか」
鳴門刑事は、真壁に注意を傾けながら、腕を伸ばして後藤からメモを受け取った。
「どうだ?わかるか?」
「えー、わかるには、わかりますけど……なんですかこれ?こんなときに必要なものなんですか?」
「詳しいことは俺にもわからん。だが、暗くなるまでにそろえたいそうだ。すぐに行ってくれるか?真壁のほうは俺が面倒を見る」
「えー、大丈夫です。僕、こういうの好きなんですよ。子供の頃から好きですし、甥っ子の誕生プレゼントに買ってあげたこともありますから」
「そうか、俺はどうもこういうのはよくわからなくてなぁ」
「じゃぁ、すぐに買って戻ってきます」
「あー、頼んだぞ」
そう言うと鳴門刑事は急いで玄関を出て行った。
「まったく……俺の領分じゃないことばっかりだな」
後藤はぼそりと呟きながら、タバコに火をつけようとした。
「ここでタバコはやめてもらいますか?刑事さん」
「あー、すまない」そういうと後藤はライターをポケットにしまいこみ、火の付いていないタバコをくわえて、苦々しく玄関あたりから部屋の奥を眺めた。後藤の長い一日はまだ終わりそうになかった。