<8-1>再会
「ターアーアーイーム、イゾンマイサーイ、イジユー」
真壁はローリングストーンズの『Time Is On My Side』を口ずさみながらレンタルビデオ店から出てきた。
「ご機嫌だなお主、悪魔にでも取り付かれたか?」
一瞬真壁は耳を疑った。振り返るとそこには、真壁がよく知る……いや、よくは知らない。だが、忘れることのできない男、下駄の男が立っていた。
「そんなにあわてる顔を見ると、やはりお主、やはり踏み外したようじゃのぉ」
下駄の男は、ひょうひょうとしながらも、しかし、しっかりとした足取りで、男の方に向かって歩みだした。
「ワ、ワタシは、何も……何も悪いことはしていない」
カラン、コロン、カラン、コロン
下駄の男は傘を持った男の目の前まで行くと、足を止めた。
「悪いことはしていない…・・・か、ではいいことをしておるのかな?町のゴミを拾い集めるような?」
「あ、あぁ……」
真壁は、すっかり下駄の男の放つ気迫に飲み込まれていた。
「もう、十分じゃろう。これ以上関われば、お主、元の場所に戻れなくなるぞい」
「そ、それが、どうかしたか……いや、だからなんだっていうんだ」
下駄の男は真壁の顔をしげしげと眺めた。
「それがどうしたはともかく、だからなんだというのは嘘じゃな。お主、それほど愚かな人間ではないように見えるがのぉ」
見透かされている。言い知れぬ敗北感。だが、憎悪や嫌悪といった負の感情を伴わない心地の良い劣等感……最初に出会ったときからそうだった、この男、只者ではない。かなわない。
「相変わらずやりにくいな」
真壁は苦々しく思ったが、どこかうれしくもあった。それは自我が芽生え始めた青年が、自分のことを少しでも理解してくれる圧倒的に尊敬できる大人を見つけたとこのような懐かしい感触であった。
「あんた、一体……いや、すいません……あなたはいったい何者なんですか?」
真壁は、積年の思いを打ち分けるようなまなざしで下駄の男を問い詰めた。
「まぁ、そう焦るでない。少し歩こうかのぉ、あの日の夜のように、あの雨の日の……」
カラン、コロン、カラン、コロン
一日の中で一番長い時間、夕方の3時を過ぎたくらいというのは、どこか間延びして、1分1分が長く感じる。下駄の男と真壁の間に流れる時間もまるで空間が歪んでしまったかのようにゆっくりと流れている。
「だいぶ顔色が悪いのぉ、何があったか……いや、何が起きているのか、話を聞かせてもらえぬかのぉ」
真壁は意外そうな顔をした。顔色が悪い事ではなく、自分がなにをしたかではなく、何が起きているかと尋ねる下駄の男は、いったいどこまで自分のことを知っているのか?
「そ、その前に、一体どうして、いや、あなたは一体全体なんんですか?」
真壁は少しばかり語気を強めて下駄の男に詰め寄った。下駄の男は黙って腕を組みながら下を向いて歩いている。やがて思いついたように口を開く。
「お主は陰陽道とかまじない、呪い、そんなものは信じないじゃろう?」
真壁は即答を避けた。避けざるを得なかった。なぜなら今、真壁が直面している問題は、そういうことを認めてしまったほうが説明が楽な部類の話だからだ。だが、真壁には拘りがある。
「ふん、即答しないところを見ると、やはりそういうことが身近に起きているということじゃな」
下駄の男はニヤニヤと笑いながら真壁を見つめている。真壁は圧倒されていた。そしてそれがどうしようもなく悔しかった。まるで大人に手の届かないところにオモチャを掲げられたような気分だった。
「これは、あなたの仕業なんですか!」
思わず大きな声を上げてしまったが、下駄の男は怯みもしなかった。
「そうじゃな、ワシの仕業じゃ。だが、選択肢はお主にあった?最初はともかく2回目からは」
真壁は返す言葉がなかった。そして真壁は自分が犯罪者であることを始めて自覚した――自覚せざるを得なかった。